第三章 帰郷への永い旅路 3
訓練、七日目の朝に待っていたのは、馬車の列であった。ノイスカステル中から集めたのではないかと思われるほどの荷馬車の行列。だが、訓練学校に来るまでに何度も荷馬車とはすれ違った。村には一台しかなかった荷車が、ノイスカステルには掃いて捨てるほどにあるらしい。
もちろん、掃いて捨ててあったなら美味しく頂く。
「さて、事前に話していた通りだが、お前たちにはこれからニルダの古戦場に向かってもらう。そしてその場で一晩を明かして貰う。八日目の朝を迎えた時点でお前たちは立派な冒険者だ。その足で冒険者ギルドに向かい、青銅の徽章を受け取れ。それで訓練は終了だ。帰ってきて、徽章を報酬として受け取って、初めて終了だ。途中、訓練学校に立ち寄る必要はない……。だから、生徒と教官として会うことはこれで最後になる。生きて帰れよ?」
「はい、先生ぇ! わしら! 絶対に生きて帰ります!!」
そうやって田舎者達が涙を流すものだから、ヴァイスメイヤーの瞳までが潤みだし、照れ屋な彼が怒鳴り散らして荷馬車に乗り込ませる後姿が、教官として彼を見た最後になった。
†
百人だろうか、五百人だろうか、千人だろうか、数えてみようとしたところで、人は動くので数え難い。カールは、数えるのを、止めた。
ニルダの古戦場。そこはノイスカステルの南西に位置し、ノイスカステルという灰白色の石壁が出来上がるまでホールと戦うための主戦場であった地である。
ホールとは際限なく魔物を生み出す巨大な穴であり、その中に入って帰ってきたものは居ないという。人は飛べないからだ。ぽっかりと大地に空いた穴、それがホールである。
魔物は人を襲うという性質から、ホールから生まれた魔物達はノイスカステルに引き寄せられて、壁上からの矢の雨でギルムに変わる。王家が抱えたギルムの原産地の一つである。今では祝福とも言えるそんな魔物の行軍であったが、ノイスカステルの石壁が完成するまでは血で血を洗う戦場であった。
多くの血が流れた。多くの血が流れ過ぎた。その為に、ルミナスが西の彼方に没すると、彼等は忌まわしい形を持って蘇える。ゾンビ、スケルトン、レイス、ワイト、様々な形をもって仮初の生を受けて立ち上がり、そして、ノワールが西の彼方に没する頃、仮初の死に没する。
ノイスカステルが生まれて尚、彼等はこの戦地で戦い続けていた。
ただし、相手は魔物ではない。相手は人間である。皮肉なことであった。
荷馬車は昼前には到着し、冒険者志望を吐き出して帰っていった。荷車も馬も借り物らしく、今日中に返さないとギルムが掛かるとかなんとか、だから、お前らは歩いて帰ってこいとのことだった。
随分な扱いだと思いながらも、未だ冒険者でもない訓練生の送迎をしてくれるほどに優しくはないのだろう。契約内容を思い出す限り、送ってもらえただけでも感謝である。たしか、依頼完遂にかかる諸経費は冒険者側の負担であったからだ。
「なんだか……寂しいところ」
リーベレッテがそう言うものだから、カールもそのように感じてしまった。百年でも足りぬ時を、この地に縛られ続けた兵士たちの魂。彼等の魂がいまだに彷徨い続けている呪われた地なのだ。
よくよく眼を凝らしてみれば、矢や剣、鎧の残骸のようなものが見える。百年を風雨に晒されながらも、僅かに戦いの跡が残されていた。それとも、新たに犠牲となった訓練生のものかもしれない。
「リーベレッテ、祈ってあげたら? せっかく神官になったんだから」
「うん、そうだねっ! お祈りするよっ!」
マイトもこの寂しい風景を見て思うところがあったらしい。ただの草原。その草すらもまばらな大地。いっそ耕して畑にしてみてはどうだろうか。そうすれば、この地で散った兵士たちの心も癒されるかもしれない。
「マイト、らしくない顔、してるよ?」
「あぁ、そうだな。らしくねぇ。本当にらしくねぇ……」
「何があったって言うのさ?」
「忘れた」
「何が?」
「装備を買って来るの」
これは、マイトだ。もうただのマイトだ。友人でも何でもないマイトだ。
「リーベレッテはさすがに装備を持ってきてるよね? アイテムボックスの中だよね?」
「……信徒カールよ、神を疑ってはなりません」
「どうするのさ!? 馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ!? そういえば、二人が武器とか防具とか買いに行くところを見てなかったよ!!」
「じゃあ、カールはどうなのかなっ!? カールこそ、ちゃんと装備を買ってきたのかなっ!」
「いや、僕は魔法使いだし。装備要らないし? むしろ重たいだけだし?」
「信徒カールよ、神官もまた同じ、女神ルミナスの恩寵こそがわたしの装備なのです……」
「まぁ、大丈夫だ、木剣ならちゃんとアイテムボックスの中に入ってるぜ!」
「どうせ、それしか入ってないんでしょ!?」
とはいえ、ただの鉄剣ですら五千ギルム、革の鎧も八千ギルム、盾や兜を含めれば一万ギルムを超えてしまう。棍棒代わりにはなる木剣があるだけでもマシであった。
装備にギルムを使い果たして飢え死にする訳にもいかない。ただの太い棒を手に、ウサギのコートを重ね着いしただけの訓練生の姿も数多く見受けられた。ギルムを惜しんでこの場で死ぬか、ギルムを惜しまず飢えて死ぬか、それも自分たちの選択の結末である。
そうして日が沈まぬうちから、カールが戦いの準備を始めだした。
朝まで生き残れというなら生き残ろう。ただし、お手製となる土饅頭の砦のなかでだ。
戦いたい奴は戦えば良い。カールは隠れたい奴なので隠れるのだ。何処までいってもカールはカールであった。




