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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第一部 教官の試練場
3/55

序章 灰白色の城塞都市、ノイスカステル 3

「待たせたかなっ?」

「うん、とても待ったよ。痛いっ!」

 リーベレッテいわく、この爪で刺してくる行為は愛のある教育的指導らしい。淑女に対して失礼な行為をとった場合、頬や脇腹などの柔らかい部分を爪で刺して優しく教えてくれるのだ。

 女性の扱いを知らぬ無知なる田舎者には、大変にありがたい愛の鞭である。

 度が過ぎた場合には教育的指導が懲罰に変わる。

 顔面を十の指で鷲づかみである。ちなみに鷲は鋭い爪で獲物を掴む鳥の名である。

「カピカピの黒パンに……わっ、お肉入ってるっ!」

「おう、今日は御馳走さまだぜ?」

 そこに肉があるのならば既に御馳走の三人。

「このスープにはね、店長さんの男気が沢山こめられているんだよ」

「ねぇ、カール? 男気って美味しそう? 汗臭そう?」

 どこかでウサギが噴き出す音がした。

「と、とにかく店長さんの優しさに満ち溢れてるんだよ。ありがたく冷めないうちに食べないとダメなんだよ」

「それじゃあ、その優しさを頂こうかなっ! 光の女神、闇の女神、以下省略で感謝かなっ!」

「……神官志望のリーベレッテがそれで良いの?」

「聖書にも書かれてるじゃない? ご飯は美味しいうちに食べろって」

「書かれてないよ! どこにもそんな聖句はっ!?」

 リーベレッテの中、感謝して食べるということは、美味しく食べろと解釈されるものらしい。

 店長さんの男気の分、村のそれよりも少しばかり塩の効いた味は、確かに美味しく頂かれた。


 †


 冒険者ギルドそのものは多くの街に存在するものであったが、新しく冒険者になるためには少しばかり大きな街まで出向かなければならなかった。

 冒険者の新米になるための研修があり、それは訓練施設のある街でしか受けられない。

 三人の場合は、最も都合の良い街が、この城塞都市ノイスカステルであった。

 そして冒険者になるための長い長い冒険が始まる。長い長い行列との戦いである。

 ここノルデン王国は大陸の北部に位置し、冬には雪の深い国となる。

 道が白雪に化粧されてしまえば、道が道でなくなってしまう国土である。

 冬の旅とは、自分がどこを歩いているのかさえ解らなくなる。そんな白地図の旅。

 春先に半分凍ったゾンビとして発見されるというのが、冬旅のおおかたの結末であった。

 そのためか、冬の終わりとは雪という重しが人の上より一斉におろされる季節でもある。

 雪解け水が川に変わるように、冬の間に溜まりきったものが一斉に雪崩れる激流の季節。

 馬が暴れるように走り回り、人も負けじと歩き回る。それが、春という季節であった。

 ノイスカステルは大きな街で、冬の三ヶ月の間、溜まりに溜まっていた物流や人の流れが大河のように流れ込む、大きな口持つ胃袋でもあったのだ。

 前を向いても田舎者。後ろを向いても田舎者。なかなか進まぬ冒険者ギルドへの道。

 ノイスカステルへの一月半、寒さに耐えながらの旅路の果てに待っていたのは、寒さのなかで凍えながらの行列待ちであった。思わぬ伏兵もあったものだ。

 石畳は冷たく、容赦なく体温を奪う。

 動けないということが、容赦なく発熱の機会を奪う。

 まだ肌寒い雪融かす風は、人の下腹部にこそ容赦なく、脱落するものが多々あった。

 その場合はもちろん、最後尾からの並び直しである。

 運悪く露店の店主に話を聞けなかったものは、その辺で済ませようとして、衛兵さんに連れられていく。まさか、冒険者ギルドに入るという事が、これほどまでの難行だとは思いも寄らないことであった。

 田舎者には旅のさなかも大冒険の連続であったが、行列との戦いもまた大冒険であった。

 長く続く寒さとの闘い。春先の冷たく乾いた風のなかでは、人の心もカサつくらしい。

 時折、喧噪の声も聞こえる。

「そこっ! なにを割り込みしてるです? 友達が並んでた? だからどうかしたです? お前は並んでいなかったです。みんな我慢して並んでるです!! わかったなら、さっさと一番後ろに並びなおすですよ!!」

 そうだそうだと同調する声が続き、なぜかその友達までもが最後尾から並びなおす破目に陥っていた。

 そしてそのぶん自分たちは前に進める。それはとっても良いことだ。

 いつの間にやら行列が戦場に変わっていた。

 自分より前の者が少しでも脱落しますようにと神に祈る、冒涜的な呪いの戦場。

 男女の筋肉量の違いだろう、一番早くに音を上げたのはリーベレッテであった。

「ねぇ、カール。ちょっと寒すぎるかも……」

「ねぇ、マイト。リーベレッテに恰好良いところ見せる機会だよ? ほら、コートを脱いで」

「なぁ、カール。無茶をぬかすなっ!! さすがに無理だろ!!」

「使えないね。まったく使えない筋肉だよ。寒さの一つも耐えられないのかい? そんなことで立派な戦士になるなんて、よくも豪語できたもんだね! 僕はキミに飽きれちゃうよ!」

「くっ……じゃあ、お前はどうなんだよ? その服を脱げるのかよ?」

 カールは勝てない喧嘩は売らない主義だ。

 あるいは、勝てる喧嘩を大安売りする主義だ。

「脱げますけど? 我は求めるもの。魔を求めるものなり。今よりも先なりし春の日和。芽生えし花は咲き誇り、鮮やかなる色を見せることだろう。柔らかく暖かき風よ、一足早く我を包め。其は春の後先、≪後の世の春の日ホットスポット≫」

 現在よりも後の世となる、暖かい春を前借りした優しい風がカールを包み込む。

 効果のほどは、ただ程よく暖かい、たったそれだけの実に贅沢な魔法の使い道であった。

「はい、リーベレッテ、コートを重ね着すれば暖かいでしょ? 痛いっ! なんで刺すのさ?」

「なんでその魔法を、わたしに使わないかなっ? 順番を間違えてるかなっ! さらに言えば、今までの旅の苦労はなんだったのかなっ!? そんな便利な魔法があるなら、さっさと使えばいいかなっ!!」

「痛い! 痛いよ、リーベレッテ! ちゃんと僕は旅の間も使ってきたよ? 僕、寒いの苦手だしね? 痛い痛い痛い!!」

「お前、もうそれで商売できるんじゃねぇのか?」

 半日あたり何ギルムが妥当か、そんな商売の話を続けながら三人はぬくぬくと待つ。

 ちなみに、暖かそうにウサギのコートを脱いだ三人に、周囲は羨望の殺意を向けながら怒りの炎を燃やし、その身体を温めていたのである。路銀のギルムは大事な命の一滴。誰も彼もに大事なものだ。

 カールは喧嘩を安売りはすれど、無償奉仕はしない主義であった。


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