第三章 帰郷への永い旅路 1
「カール、俺に足りていないものは何だ?」
「筋肉と体力……そのほかの全てだよ!!」
「よし、ちょっと表に出やがれ」
「いいよ? 最近、身体が訛ってたしね。戦士になったマイトがどれほど強くなったか、この僕が見てあげようじゃないか。十秒かかるかどうかってところだね」
いけたかだがに、傲岸不遜に、宿の扉を開け、マイトが廊下に出たところで鍵を閉めた。
「勝った」
「おいこら!! カール!! 卑怯だぞ!! 鍵を開けて出て来やがれ!!」
「他のみんなに迷惑だよ~。もう眠ってる人も居るんだから、宿を追い出されたくなければ静かにしてね~」
無情なるカールの口撃がマイトを打ちのめす。
狩人の師匠は言っていなかった。通訳してくれた魔法の師匠が口にした。
『相手の得意とする戦場に立つな。ゴブリンは闇が得意だ。森が得意だ。身体が小さく……キミたちもまだ小さいけどね? 木の上、藪の中に隠れることが得意だ。夜の闇、森の影、ノワールに抱かれしとき、ゴブリンは本当の力を見せる。その牙は影よりいずるものなりて。……ねぇ、なんで詩的情緒に溢れる言い方なの? あ、もしかして恰好つけて? やめろ! 照れ矢はやめろ!!』と、その後の喧嘩の方が印象に残っているが、確かに口にしていた。
相手の舞台に立って勝つ、これを口にしたのは戦士の師匠だ。戦士の師匠は、『自分の得意なことで負けたら、もうそいつには勝てる気がしねぇだろ? そしてそいつは及び腰になる。つねに自分の敗北を考えながら戦っちまう。だから、ますます勝てなくなる。力自慢を相手には更に大きな力で捻じ伏せてやるのがやるのが一番簡単なのさ」と語った。
矛盾する二つの道があり、どちらも正しい。
言っていることは、自分の得意をぶつけろという一語に尽きる。相手の得意を自分の得意で捻じ伏せる。あるいは、相手の不得意を自分の得意で影から刺し殺す。結局は、自分の得手不得手と相手の得手不得手を正しく見極めるところに、戦いの勝機は隠されていた。
そしてこれが、冒険者にとって一番に恐ろしいところである。
相手が生活する場、つまり相手の舞台に立って、勝ち名乗りを上げなければならないのだ。
扉越しに会話を交わすのは、神官の得意とするところだ。人は生きていればどうしても、その足を泥で汚してしまう。だから、その汚れを落とすためにも、自らの罪を告白しなければならないのだ。
そして神に許しを乞わなければならないのだ。この場合の神はリーベレッテさまである。
「信徒マイトよ、さぁ、罪の告白をするのです。女神ルミナスはお許しになるかもしないかなっ? わたしもお許しになるかもしれないかなっ?」
光の女神ルミナスは、許すときもあれば許さない時もある。妹を邪神扱いした国を、国土ごと焼いて滅ぼすほどにハッキリとした女神さまだ。『人間、何でもかんでも許されると思うなよ』と至極あたりまえのことが聖句としてキッチリ残されている。
では、光の女神ルミナスを邪神扱いした国はどうなったかと言えば、やはり焼き滅ぼされた。妹に喧嘩を売っても滅ぼされるのだ。本人に喧嘩を売れば滅ぼされるに決まっている。
「お、おう……えーっと、俺の罪ってなんだ? 廊下で騒ぎました、ごめんなさい」
「はい、きっと女神ルミナスはお許しになるでしょう」
「じゃあ、この扉を開けてくれよ」
「では、次は、わたしが六歳の頃です。せっかく頑張って作り上げたお花の冠を奪って逃げましたね? そのことで一人の少女がどれほどに傷ついたかマイトは知ってるかなっ?」
「お、おう? ろ、六歳!?」
マイトは昔々、本当に小さな頃からリーベレッテが好きだった。もう、目の前に居ると、意地悪をしたくてたまらなくなるほどに。カールは言った、「いつの日か、後悔するよ?」そしてその日が来たらしい。
マイトオストという不器用で照れ屋な少年が行なった悪行は数知れず。リーベレッテが記憶している被害も数知れず。そんなマイトが格好いいという女の子も大勢いたそうだから、リーベレッテには理解不能であった。リーベレッテ以外にとって、マイトは優しくて頼れる男の子だったのだ。
「さぁ、罪を告白するのです。例えば旅の最中、わたしが沢の冷たき水で身体を清めているところを、覗いたことがありましたね?」
「い、いや、あれは偶然! たまたま! カールの奴が、ついでに小便しようって言うからウッカリ見えちまっただけで……」
「信徒カール? さぁ、神殿の廊下は開かれています、貴方も罪を告白しなさい。女神ルミナスは許すかもしれません。わたしは、許さないかなっ?」
「神官リーベレッテ、許す心こそが神官には最も必要なものだと思うのですが?」
「乙女心は別なのです。それから、あの暖かくなる魔法があれば、あんなに冷たい川の水を相手に寒い思いをしなくて済んだと思うんだけどなっ!」
こうしてカールもまた神官さまの手により部屋から追い出されたのであった。
だが、神官リーベレッテは知らなかった。カールの魔法は、こんな部屋の鍵くらい開けられるということを。そしてウッカリ就寝のための着替えを覗いたがために、一晩廊下の神罰を喰らう破目になるなるとは誰が知りえただろうか……カール以外。
「カール、俺に足りていないものは何だ?」
「いまは毛布かな? あ、僕はアイテムボックスの中に入れておいたから。しかし、100ギルム支払ったのに廊下で寝るなんて、何だか損した気分だね」
「気分じゃなくて実際に損してるだろ……」
この後、≪後の世の春の日≫を使う使わない、一晩あたり幾らかで熱意溢れる交渉を行なっていると、宿の主人に追い出されそうになれ、ようやく神官さまの手により神殿の扉はひらかれたのであった。
そうして一人、カールは独り心の中で呟くのである。
「勝った」




