第二章 教官の試練場 10
昼の休憩を挟み、ヴァイスメイヤーは決意を固め、最後の教壇に立つ。
ついに、冒険者として田舎者に最も足りないものに思い至ったのである。
そしてそれは、ヴァイスメイヤーにとっても覚悟の必要な決断であった。
「静粛に! 静粛に!!」
静粛とは静かにすることだと学んだ田舎者たちが黙って、お偉い先生の言葉を待つ。
「これから告げることをよくよく胸に刻め! 魔物に勝てると思ったなら戦え!! 魔物に勝てないと思ったなら戦うな!! 仲間にする者をよく選らべ!! 仲間にしてはならない者は絶対に選ぶな!! 生き残れるように考えろ!! そして戦場において一度決めたことには迷うな!! 以上を持って、ノルデン王国、冒険者訓練所ノイスカステル校における講義を終える!!」
「せ、先生ぇ!? オラ達を見捨てるだか!?」
教室に集う百人近い田舎者たちが驚愕し、慌てふためいていた。
ざわつき声に、何本もの手が挙がるが、ヴァイスメイヤーは無視した。
「そうだ、見捨てる。アイテムボックス、クラス、そして午前にはパーティについて説明した。それ以上にお前たちに教えることは無い。なぜならば、お前たちに足りないものは一つ一つ違って、その一つ一つについて俺が教えることは出来ないからだ。自分たちが生き残るために足りないものは自分たちで考えろ。悩む時間は今日を含めて残り五日。最終日は魔物との実戦が待っている。さぁ、魔物の群れが待ってるぞ!! 生き残るために必要なものはなんだ!! 自分たちで考えるんだ!!」
「先生ぇ!!」
親に見捨てられた子供の目。子供、なのだ。ノルデン王国の習いとして成人したと言っても、彼等の多くはヴァイスメイヤーから見れば子供なのだ。十年前の自分の姿なのだ。
だが、彼等を強くするためには見捨てなければならない。
「冒険者訓練学校を卒業した後はどうするんだ? 俺は傍に居ない。優しく教えてくれる人間は居ないんだ。優しく守ってくれる人間は居ないんだ。冒険者はな、自分と向かい合い、足りないものは自分で調達しなくちゃならない。冒険者にとって一番重要なことは、考えることだ。そして、自分の考えに自信を持たないことだ。お前らにはそれが一番に足りていない。俺がこうしろと教えればそうしてしまう。たとえそれが自分に合っていなくてもだ。残る五日間、相談には乗ってやる、一緒になって考えてやる。だが、俺は教えない」
「で、でも、隣の教室じゃ剣の振り方を教えてるじゃねぇか!!」
「それじゃあ見て盗めば良いだろう? なんなら、こっそり参加してこい。どうせ一人や二人が混ざったたところでバレないぞ?」
「へ?」
ヴァイスメイヤーの答えに理解が及ばなかった。
盗みは、悪いことだ。
「良いと思うものは見て盗んで身に着けろ。隣の教室の教官をやってる冒険者は、棒振りが良いことだと思ったからやってる。弓の教室があれば忍び込んで来い。何が自分の為になるのかを考えること。これが一番に大事だと俺は思ったからこそ、その時間をやると言っているんだ。理解は出来るか?」
「……せ、先生の言ってることは無茶苦茶でわかんねぇよ。オラ達は、見放されたんだか?」
「その通りだ。見放されたんだから、もう自分たちで頑張るしかない。自分で考えて足掻け」
理解できたものが半数。理解できなかったものが半数であった。
それだけ居れば十分だとヴァイスメイヤーは見切りを付け泣き喚く子供達を見捨てた。
ただ少しばかり疎ましいのは、ギルドの技術をつかった集音効果ある壁の傾斜であった。
「先生ぇ!! 先生ぇ!! 先生ぇ!! 先生ぇ!! 先生ぇ!! 先生ぇ!!」
†
昼と夜が変わったかのように、ヴァイスメイヤーの授業態度が一転した。
具体的に尋ねれば具体的な答えが返ってくる。曖昧に尋ねれば適当な答えが返ってくる。そして尋ねない限り、何も語らなかった。何を尋ねれば良いのか、それを尋ねることはできない。
ただ一方的に教えを享受する予定だった生徒たちは、足元を救われて大きく転んだ。
だから、自分の足で、あるいは隣席の人間の肩を借りて立ち上がらなければならない。
問。
「どんな魔物と戦うことになるのか? それは俺も知らないが、どんな時でも集団は強いな。それから弱みにもなる。どんな集団が強く、どんな集団が弱いかは自分たちで考えろ。生憎と俺は渡り鳥なんだ。……あぁ、渡り鳥はパーティからパーティに、助っ人として渡り歩く冒険者の符丁だよ。取り分を大きく頂くけどな?」
問。
「魔物と生き物の違い? 殺してみて死体が残れば生き物、残らなければ魔物だ。魔物でなくても野犬や狼だって怖いだろう? そこに危険なものがあれば殺すか逃げる。それが生き延びるための最適解だな。大半は殺すよりも逃げた方が早いがな」
問。
「ゴブリンは強いのか? 人間にも強い奴と弱い奴が居る。ゴブリンだって強い奴と弱い奴が居る。俺はどう答えれば良い? 種族の特徴は教えることはできでも、強い弱いはお前自身の強さ次第ってことになるな」
問。
「どうすれば生き残れるのか? 死ななければいい」
問。
「え? そちらのキツネの耳をしたお嬢さんが魔物かだって!? こちらのお嬢さんはセリアン族のお嬢さんだ。セリアン族とはなにか? 俺よりもセリアンのお嬢さん自身のほうが知っていると思うぞ? ベッピンさんだから声を掛けるのが恥ずかしい? ……そいつは青春だなぁ」
問。
「どうすれば神聖魔法を使いこなせるか? 神殿があるだろう? 神殿で洗礼を受けた際の司祭さまがお前の担当ということになる。専門家に聞いた方が早いだろう? ……は? 神殿に行くとギルムの寄進を迫られるから行けない? ……おい、神殿に行けない神官ってなんなんだ?」
問。
「冒険者は結婚できるのか!? それを独身の俺に聞くか!? ……まぁ、答えてやろう。冒険者としての階級が上がるとモテる。それもギルドの受付嬢のような美人にだ。銀になると良い感じになるな。金になると向こうから迫ってくる。その上となると……言わせるなよ、馬鹿野郎」
問いかけ。
「むしろ俺が聞きたいんだが、何でお前らは命を懸けて魔物と戦おうと思うんだ? ノイスカステルは広い街だ。確かに美味い仕事となれば難しいが、そこそこの仕事なら探せば見つかる。命を懸けることに悲壮な顔をしながら、どうしてそれでも熱心に冒険者を目指すんだ?」
答え。
「オラたちは村から追い出されただ。けんど、冒険者になれば村に帰れる。冒険者になれば冬場だけでも村に帰れる。先生は故郷に帰りたいって気持ちはないだか? 先生は、お強いから、いつでも帰れるんだな。……オラ達が故郷に帰るための方法は、冒険者になるしかないだよ!!」
ノルデン王国は大陸の北部に位置し、雪の深い国だ。そのため、冬場には冒険者に逗留してもらうという慣習がある。ほとんどの村にある。だから、冒険者になれば冬場だけでも生まれ故郷に帰ることが出来るのだ。
ヴァイスメイヤーの故郷は、ノイスカステル自身である。西街の生まれだ。東西南北を走る大通りさえ跨げばすぐに家に顔を出すことも出来る。冒険者になりたての頃は、家族恋しさに足繁く家の近くまで通ったものだった。家業は嫌いだ。でも家族は好きだ。
目の前の田舎者たちはただの田舎者ではない。ほとんどが、故郷を追い出された田舎者たちなのだ。そして、冒険者の道は彼等が無い知恵を絞って考えだした帰郷への道である。それは、大通りを一つ跨げば良い、その程度の距離ではない。物理的にも、精神的にも、経済的にもだ。
彼等を生かして卒業させなければならない理由が、新米教官ヴァイスメイヤーにまた一つ生まれてしまったのである……。




