第二章 教官の試練場 8
やがてルミナスの時が終わり、ノワールの帳が降りる頃、光が足りなかった。
月明かりの下では文字は読めず、聖書の朗読会も行われない。ならば、素直に眠るかとなればそれは許されないことであった。
「光の女神ルミナスよ、わたしはここに祈ります。この小さく暗き部屋に、ルミナスの恩寵たる光をお与えください。わたしと他二人の信徒に明るい光が欲しいかなっ? ≪光明≫!!」
そして不発に終わった。
神聖魔法が成功する確率とは、神官自身の生活態度に密接するという。
男たちを爪で刺すのは、デリカシーの無い男たちに淑女の扱いを教えるための愛の鞭だと強弁していたが、果たして女神様はその言い訳を聞き届けてくれたものやら。
「カール、マイト、信仰が足りません。さぁ、わたしに感謝すると良いかなっ!」
カールにとって、リーベレッテの中の神官像が不明であった。
とりあえず、なんだか偉い人ということだけは解っているらしい。
村に来てくれていたテイラーさまは、ちょっとした怪我なら簡単に治してしまう、神聖魔法の使い手あった。ちょっとした骨折すら治してしまう使い手でった。
本来なら一月二月、あるいは変な具合に骨がくっついて身動きが取れなくなる足の骨を癒しながらも驕るところのない方で、名実が伴ったお偉い神官さまであった。
その結果の感謝によって、徳の高いテイラーさまであったのだが、どうにもリーベレッテは原因と結果を逆に見ているところがある。
感謝されるほど偉い神官さまだから、神聖魔法が使える。
神聖魔法を使うためには、感謝されることが必要だ。
都合よく、二人ほど自分には下男が二人ほど居て、感謝させればよい。
理に適っているような、まったく見当違いのような、そんなリーベレッテの修行に付き合わされていた。つまりはルミナスさまへの祈りを三人分、三倍捧げさせられていた。
だが、元々は農村の生まれ、そもそも女神ルミナスには感謝してもしたりない。
なにせ、女神ルミナスが輝いた年は、それだけ作物の育ちも良いものだったからだ。
それを三人分集めても神聖魔法の発動を失敗させるあたり、リーベレッテはとても器用だ。
たしか、聖句の一節に、「信仰を強いることなかれ」という有難い一文があった。その次に続く、「信者が増えすぎて面倒みるの大変だから」が無ければ本当に素晴らしい一文だと思う。
神官は人と女神の間を橋渡ししてくれる大変にありがたい存在ではあるが、奇跡の源泉は女神であり、それを自らの力と勘違いをしたとき、神官としての人生は終わるらしい。
それは依頼者と冒険者ギルドと冒険者の関係に似ていた。
ギルドはあくまで仲介役であり、問題を解決するのは冒険者だ。
神官や司祭はあくまで仲介役であり、問題を解決するのは神の恩寵である。
そうして、不発の原因にカールは思い至った。カールは自身で光を灯せる。なのに、光を寄越せとはいかなることかと自分が女神様の立場ならば思うことだろう。蝋燭代をケチりたいから光を寄越せと祈る神官を女神様はどう思うだろう。
結局、その日、リーベレッテは不貞腐れて寝た。むしろ女神ノワールに宗旨替えした方が良いんじゃないかと思う勢いで眠った。
カール自身、だらしない顔で眠るリーベレレッテにはノワールの方が似合っているような感覚を覚える。太陽の下では見られない、月の下にしか咲かないリーベレッテの花。
人が増えるとそれだけで身を固くする。自分の顔を見られまいと、隠す癖がついていた。
容姿に加えて、≪誘うもの≫によって二重に男心をくすぐってしまう。
常に人目に触れないように緊張しているからこそ、弛緩した寝姿はだらしなく感じる。涎を垂らすほどにだらしない。
カールの魔眼、≪天座主の瞳≫は眼を閉じていさえすれば済む。暗闇の中では僅かに光が零れるらしいが、暗がりに立ち寄らなければ良い。だが、リーベレッテのそれは、本当にどうしようもないことだった。
女だけの国ならば、気楽に生きられるのかもしれないが、そんな国は一代で滅びる。
エルフィン族が確かそうであったとカールは思い出すが、彼女たちは彼女たちなりの苦労があるらしい。自分の目に適うだけの男を見つけるのに苦労するそうだ。どの種族とも交われるが、生まれるのはかならずエルフィン族の娘。
彼女たちの場合は寿命が永遠だからこそ気楽に構えていられるが、人間の女性はそうもいかない。熟れ時に売れなければ売れ残る。数えの15に始まり、20には終わりを迎える結婚期。
リーベレッテの目に適う男が現われればいい。
きっと、嫉妬に狂いそうになるだろうけども。
その時はマイトと二人、自棄になって魔物相手に暴れ回ることだろう。
マイトとカールの約束。リーベレッテがマイトを選んでも、カールを選んでも、祝え。例えそれが他の男だったとしても祝え。そのあとは一緒に泣こう。それが男同士の約束だった……。




