第二章 教官の試練場 4
クラス、ランク、階級、教室、随分と混同しやすい言葉が並ぶもんだと、今更ながらにヴァイスメイヤーが溜息を吐いていた。
ギルドマスターが一週間後の実戦の内容を自分に教えないのも、ただ、一度の戦場で勝てるだけの冒険者ではいけないからだ。魔物の種類は多岐に渡り、一匹一匹ごとに対応も変わる。
ギルドの相談受付なら過去の情報を呼び出してくれるが、常に傍に居てくれるわけでもない。
魔物には放浪するワンダリングモンスターと、一定の場所に留まり続けるエリアモンスターが存在する。どちらも唐突に、何もない空間から発生することは同じだったが、対処は違った。
放浪する魔物と出逢ったなら、何の事前情報も無く戦わなければならない。強いのか、弱いのかすら判断できぬままにだ。火には強いのに、水には弱い。たったそれだけのことを知る知らないで、どちらが生き残るかが変わってしまう。
ゆえに、もっとも良い手段は隠れてやり過ごすことだった。
定住する魔物は前もってギルドの受付嬢にしつこいまでに話を聞けば、対応が可能である。
そんな二種類の魔物が多岐に渡っていくと、何の魔物から教えれば良いのかすら解らない。
溜息一つ、気合を一つ、ヴァイスメイヤーは生き残るための術を教えるために立ち上がった。
ノルデン王国は寒い国ということもあって、日の食事は三回である。そうでなければ身体が熱を失って耐えられなくなるのだ。そもそも、いまが育ち盛り若者たち、どれだけ食べても腹が減るくらいだろう。
カールたちも、わざわざウサギのおーねさんの店まで出向き、Aコースを平らげてきた。
リーベレッテから、「ふーん、なるほど、おっぱいね」と邪推され、二人で誤解だと言いつくろった。そうではないと言い切れない辺りが思春期の少年たちである。
『子供達を惑わす魔性のAコースっす~』とはウサギのおねーさんの言葉である。
午後の講義はクラスの説明から始まった。クラスと教室、実に紛らわしい。
「では、これより冒険者のクラスについて説明する。いま、お前らのクラスは村人だと思う。だがこれは、冒険者向きのクラスではない。冒険者たるもの、魔物とも殴り合えそうな暴力的なクラスが望ましい」
手で持てる大きさの黒板に、石灰のチョークで『クラス:村人』と書かれると、田舎者たちが眼を閉じて、自分のそれがクラスという読みで、村人という読みであったことを初めて知った。
「冒険者に向いた基礎的なクラスは四つ、戦士、狩人、魔法使い、神官だと言われている。これを手に入れるのは簡単だ。天に祈り、ギルムを捧げ、クラスを購入すれば良い。……まてっ!! クラスを購入するのは話を全部聞いてからにしろっ!!」
四割ほどの気の早い訓練生たちがビクッとする。
偉い先生が言われたことは即実践しようとする。
それは村人の良い癖であり、そして悪い癖であった。
「まずはもっとも簡単なクラス、戦士について説明する。仲間の前に立って、武器を持って、鎧を着こんで、魔物と殴りあう。どうだ? 物凄く簡単なクラスだ。だがな、注意点が一つある。それは魔物と殴り合う以上、一番殴られるのも戦士だということだ。そして、迂闊に避ければ、後ろに控えた仲間を魔物が襲う。敵を絶対に通さない盾であり、ついでに敵を殴り倒す剣。それが戦士というクラスだ。殴り合いをするのだから、筋力と体力が高い方が好ましい。解るな?」
黒板には、『筋力』『体力』と書かれていた。
自分のそれが他人よりも高いのか低いのか、その判断が付かなかったが、基本的に農作業をしてきた田舎者達は問題なく戦士向きである。
なぜかマイトが勝ち誇った顔をしていたので、椅子の下で小さな戦場が発生し、調停官リーベレッテの爪によって止められた。神官さまの言うことには逆らえない。
「つぎはもっとも難しいクラス。狩人について説明する。これは、戦士よりもさらに前、斥候を務めるクラスだ。敵を先に見つけることが出来れば、それだけ有利に戦える。お前らだって後ろから不意打ちされたならどうしようもないだろう? 魔物だって同じなんだよ。逆に言えば、相手の斥候がこちらを先に見つけた場合、一方的に襲われることになる。だから、狩人は身軽な方が良い。大きな剣や金属の鎧でジャラジャラと音を鳴らしていたら、敵に見つけてくれと言っているようなもんだ。弓や短剣を片手に、パーティ全体を守る大事なクラスになる。だから、敏捷性や知覚力が高い奴が向いている」
黒板には、『敏捷性』『知覚力』と書かれていた。
つまりは、隠れん坊の探す役と隠れる役、その二つが上手な奴にこそ向いているクラスだと、戦士と魔法の師匠が二人揃って口にしていた。
心が繊細な狩人の師匠に一度拗ねられると、見つけだすだけでも一苦労だったらしい。
「そして、冒険者の花とも呼べるクラス。魔法使いについて説明する。が、お前らにはまず関係の無いクラスだ。まず、魔法使いになるためには読み書きと数の扱いが必須になる。さらに、魔法使いたちのギルド星見の塔で師匠について何年間も勉強し、やっと魔法が使えるようになる。読み書きに数の扱いを教わるためのギルム。星見の塔で魔法について教わるためのギルム。魔導書を購入するギルム。魔法自身を購入するギルム。多くの時間と努力とギルムを使って、初めて魔法使いになれる。だが、魔物って奴は汚くてな、こっちは使えなくても向こうは生まれたてでも魔法を使えるんだ! 自分達は使えないが、敵は使えると思っておけ。このクラスに向いているのは、知覚力と魔力が高いお金持ちだ。解ったか?」
「……先生、オラたちは、魔法使いにはなれない……だか?」
「無理だ!!」
田舎者たちは一斉に萎れた。魔法は花形。魔法は楽しい。なにせ爆発するのだから。これにくすぐられない男心はない。
ファイアーボール一発で、魔物は一掃、さらに子供たちの人気者だ。
世の中はギルムだよ。なにせ先生が書くまでも無く、ギルムの文字だけは誰でも知ってるんだから。
カールが勝ち誇ると、マイトとの間に戦争が、勃発する前に爪を刺された。
「だが、そんなお前たちに朗報のクラスが神官だ。神官になれば魔法使いと同じように魔法が使えるようになる。仲間の傷を癒したり、敵の魔物を退散させたり、ファイアボールに比べれば地味になるが、それでも魔法は魔法だ。これは、ルミナスかノワールの神殿で洗礼を受ければ誰でもなることが出来るクラスだ。それでも一万ギルム近くかかるが、お前たちでも魔法は使える」
「オラたち、魔法が使えるだか!? オラたちでも神官さまになれるだか!?」
萎れた花が咲きほころんで笑顔を見せた。
その笑顔に、ヴァイスメイヤーも笑顔で返した。
なぜだかリーベレッテが勝ち誇っていたのだが、この先の話で萎れることになるだろうと思ってカールはそっとしておいた。せめてもの思いやりである。
「だがしかし!! このクラスは、最も厳しい茨の道のクラスだ。まず、聖書の教えに従って、清く正しく生きなければならない。弱った者を見つけたなら助けなければならない。毎日毎日、女神への祈りを捧げなければならない。他にも色々だ。もっと簡単に言うとだな、頑張って手に入れたギルムを施して回らないといけないんだ。依頼を達成したからと言って豪遊なんてやってると、すぐに神様に見放されて神聖魔法が使えなくなる。魔法か、ギルムか、さぁ、選べ!!」
村人たちとリーベレッテが一斉に萎れた。神官になるということは聖職者になるということであり、それに相応しい品性や礼節、そして慈愛が求められる。慈愛とは主にギルムのことだ。
冒険者が神官になることは少ない。神官が冒険者になることはある。
魔物を退治する最前線に身を置く彼等を支えることが、神への信仰の現れとなるのだ。
順番としては正しいが、心の在り方として間違っているリーベレッテが項垂れていた。
冒険者の成分は、八割以上が戦士と狩人の同類である。
魔法使いはギルムを喰うし、神官もまたギルムを喰う。
「さて、ここまで説明したところでお前たちに質問だ。答えは口に出さなくても良い。冒険者とは魔物やゴブリン、つまりは人間の敵と戦うことが主な仕事になる。仕事だ。命懸けの仕事だ。敵かお前らの、どちらか一方は命を落とす仕事だ。お前たちがこのノイスカステルに来る前に、何をしていたかは知らない。だが、その仕事はたかだか一週間足らずで身に着けられるものだったか? 敵は人間を見つけることに慣れている。お前らは敵を見つけることに慣れていない。敵は人間を襲うことに慣れている。お前らは敵を襲うことに慣れていない。さぁ、問題だ。敵とお前たちが出会ったとき、命を落とすのはどっちだ? 一週間足らずの訓練でそれが逆転するものか? それを一晩懸けてよく考えろ。今日の訓練はここまでとする、解散だ」
こうして最後にヴァイスメイヤーは彼等の最後の幻想を打ち砕いた。
彼等は、冒険者になれば無条件に強くなれると思っていた。だが、それは幻想でしかない。ステータスにギルムを注いでまわればクラスを得て、レベルを上げることは出来る。
だが、そこまでがギルムの限界である。
戦場においての心構え、立ち回り、一挙手一投足、全てにおいて魔物達は彼等を上回る。
レベルが高いからと油断すれば、奇襲を受ける。
戦いに時間を掛ければ、敵の増援が現われて囲まれる。
そしてなにより、殺し殺されの心構えが出来ていなければ、心の内側に潜む恐怖に足を掴まれて動けなくなる。
そんな仲間を抱えたパーティは、必ず死人が出る。
一人の油断、一人の恐怖、一人の身勝手がパーティを全滅させる。
パーティとは足りない部分を補い合う仲間である。そのことを想像できない奴をパーティに入れてはいけない。それは冒険者の基礎中の基礎であった。
簡単に言うなら、死にたい奴は一人で死ねということでもあった。




