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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第一部 教官の試練場
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第二章 教官の試練場 3

「では、次に冒険者の必需品であるアイテムボックスについて説明する。これは口で説明するよりも体験した方が早い。知ってる者も知らない者も、アイテムボックス召喚と口にしてみろ」

 アイテムボックス。それは別名カバン屋殺しと呼ばれる、人間であれば誰もが持っている不思議な木箱である。両手なら抱えられる程度の大きさの木箱なのだが、不思議な木箱であった。

 百人からが一斉に、「アイテムボックス召喚」と口にすると、両手なら抱えられるほどの木箱が百個ほど現われて、いきなりの容積倍増である。教室中がパニック状態に陥った。

 ヴァイスメイヤーが悪戯が決まった悪童のようにニタリと笑う。

「はい、静粛に! 目の前に現れた木箱、それはお前たち一人につき一つ、神から与えられた魔法の木箱だ。鞄よりも大きく、生き物以外なら何でも入る。本当になんでも入る。今、自分が腰かけている椅子をその中に入れてみろ」

 お偉い先生の言われることは絶対である。

 とはいえ、椅子の高さに対して、明らかに箱の高さが足りていない。蓋を閉めることなんて出来そうにない。それでも、座っていた椅子を中に入れてみると、ズブズブと木の底板に椅子が飲み込まれていった。それは仰天の光景である。自分が偉い魔法使いになった気さえした。

 椅子が沈み切ったあと、アイテムボックスをヨイショと持ち上げて、底の側から覗き込んでも椅子の姿はは影も形も見えない。

 いったい、自分の座っていた椅子は何処に消えてしまったのか?

 田舎者たちはさすがに動揺し畏怖に慄いたが、同時に喜びもした。なんて便利な箱なんだ。

「では、蓋を閉じてみろ、転ぶなよ?」

 先生の言われるままに蓋を閉じると、三割ほどが何かに押されたかのように転び、七割ほどがいきなりの重さにたたらを踏んだ。

「アイテムボックスは、とても便利な木箱だ。そして、とても不便な木箱だ。いきなり体が重くなっただろう? それは、中に入れた椅子の重さだ。アイテムボックスには幾らでもどれだけでも物を入れることが出来る。水だって入れられる。田舎にも桶はあるよな? アイテムボックスは桶の代わりにも使える。ただしだ。お前らは桶の水を何杯までなら担げる? 五杯か? 十杯か? 千杯でもアイテムボックスには収納できる。ただしだ。蓋を閉じた瞬間にお前らは死ぬ。千杯分の水の重さに耐えられず、身体が潰されて死ぬ。自分がどれだけの物を担げるのか、これをよく考えて物を入れるように。さて、次はアイテムボックスからの荷物の取り出しだが、これは簡単だ。アイテムボックスを召喚して、中の物を取り出そうと思うだけで良い。では、各自で椅子を取り出してみろ」

 そうして百人からの人間が一斉にアイテムボックスを呼び出すものだから、またも大パニックであった。

 それから、椅子が出てくるように念じると、木の芽が生えてくるように箱の底から椅子がニョキニョキと生えてくるではないか。田舎者たちは新しい玩具に大喜びで、沈めてみたり、浮かべてみたり、中には箱の中に入ってみようとして入れない不思議に笑いを浮かべていた。

「先生、なんでこげに便利な箱。みんなは知らんのですか?」

「それにはな、ふかーい理由がある。そのアイテムボックスだがな、壊れると十万ギルムの神罰が降るんだ。いま、十万ギルム持っていない奴がその箱を壊すとマイナス、つまりは借金のギルムが出来るわけだな。神様への借金を返し終えるまでは、パンも買えなければ宿にも泊まれないようになる。それでも遊び足りない奴は、いつまでもアイテムボックスで遊んでて良いぞ?」

 百人からの田舎者が一斉に蓋を閉じた。さすがに一個十万ギルムの玩具はない。喜びが一点、戦慄に変わる。その光景に意地の悪い笑みを浮かべるヴァイスメイヤーであった。

 約一名、眼帯の少年が羽交い絞めにされたまま、強制的に蓋を閉じさせられていた。

「アイテムボックスの説明を続ける。箱の中に入れて箱を消しておけば、その中のものは腐らないし、解けないし、冷めもしない。熱々のスープを入れておけば、いつでも熱々のスープを楽しめる。まだ残っている雪を中に入れておけば、夏に雪を楽しむことも出来る。だが、雪の重さをずっと背負い続けることになる、つまりは一長一短だ……」

「先生、したらやっぱり、うちで獲れた魚を絞めて新鮮なままに王様のところに挨拶へ?」

「行くなっ!!」

 田舎者たちの発想は自由であった。カバンにしても、アイテムボックスにしても、担ぐのは一緒。なら、アイテムボックスが一つあれば良いんじゃないかとさえ思っていた。一個十万ギルムは確かに高いものだけれど、大切に扱えばそうそう壊れそうな木箱にも思えなかった。

 だが、そんな田舎者たちの幻想をヴァイスメイヤーは先回りして打ち砕く。

「アイテムボックスがあればカバンは要らない、お前らはそう思ったかもしれない。だが、カバンならすぐに取り出せるし放り出せる。椅子が生えてくる所を見ただろう? アイテムボックスに物を入れるにせよ取り出すにせよ、時間が掛るんだ。魔物と戦ってる間、悠長に出し入れをしている暇があると思うか?」

 なるほど、先生の仰る通りだと村人一同が頷いた。

「さらに、アイテムボックスは簡単に放り出すわけにもいかない。荷物を担いだまま、お前らは魔物と戦いたいか? 俺は戦いたくない。ゴブリン討伐の依頼を受けた冒険者の話なんだがな、荷物が重いものだから自分たちのアイテムボックスを放り出して、ゴブリンたちを追い駆けた。逃げるゴブリン、追い駆ける冒険者たち、それからシメシメと現われてアイテムボックスを壊す別のゴブリンたち。アイテムボックスは壊すと中身が飛び出してくるんだよ。残ったものは、十万ギルムの借金と、無価値と思われ放っておかれたゴミの山だ。ゴブリン達にまんまとしてやられた冒険者の洒落にもならない洒落の話だ。カバンにも一長一短、アイテムボックスにも一長一短、その使い分けに関してよーく考えることだ。確かにカバンの中の物は腐るかもしれないが、確かにアイテムボックスの中身は腐らないかもしれないが、何事にも長所と短所がある。それについてよーく考えろ。何をアイテムボックスに仕舞い、何をカバンに入れるべきかだ。……お前らは冒険者、魔物と戦う者達だ。荷物運びじゃない。そこのところをよーく考えろ、良いな?」

 頭の中で未来の冒険者たちが魔物を相手に、これまでの旅路を相手に、様々なことを重ね合わせて思案に暮れていた。カバンはかさばり、アイテムボックスならかさばらない。たったそれだけでも大きく旅は違ったはずだ。

 こうしろと決めつけられればその通りに動く、だが、自分で考えろと放り出されると途端にうろたえる。それではダメなのだ。魔物の種類は幾通り、旅の問題も幾通り、人の立場も幾通り、必ず決まった答えがあるわけではない戦場では、頭を働かせられないものから死ぬ。

 数の扱いすら不慣れな彼らが頭を抱えながら、旅に必要なもの、戦うために必要なもの、その重さと自分の体力を考えて、あれこれと悩み始めていた。

 商家の生まれであるヴァイスメイヤーは、アイテムボックスのもっと効率の良い扱い方を知っていた。それは家業にとても密接した忌まわしい思い出でもある。

 魔法を使えばいつでも氷は得られる。逆に言えば、魔法が無ければ氷は得られない。樽に雪を詰め込んでも簡単に融けてしまう。だが、アイテムボックスであれば融けない。冬場に集めた雪を、夏場に売れば一儲けである。

 その為に使われる樽は、人だった。

 冬場に雪を、これでもかと詰め込まれ、歩くどころか立つことも、這いずることすら許されぬほどに押し込み、価値の高くなる夏場まで放っておく。アイテムボックスを開いてしまえば中の物の時間も流れるため、彼等は親方が命令した時の他に魔法の木箱を出すことは許されない。

 指先を動かすことすらままならず、仰向けに寝そべった彼等の口には磨り潰した粥が流し込まれる。噛むということすらままならないのだ。アイテムボックスの重さは背中だけにかかるわけではない。

 氷だけではなかった。それは野菜であったり、魚や肉であったり、ただ詰めるだけ詰めて、荷馬車に押し込めば新鮮なままに運べる。人を樽として扱う仕事。生きた便利な樽として扱われる仕事。その扱いはもはや平民ですらない。ただの、物だ。

 そして、底なしの樽として扱われる人々の瞳はやはり、底なしの樽の瞳であった。

 多くの人がアイテムボックスについて知らないのは、一個十万ギルムもすることだけではなかった。それに纏わる忌まわしい出来事から眼を逸らし続けているからだ。平民には関係の無い話だろう。貴族の屋敷で便利な食糧庫として使われる樽のことなど。

 春のイチゴを秋に食べられる、それはとても素敵なことだったが、その裏にあるものまでは誰も見たくはなかったのだ。

 ヴァイスメイヤーは樽達の底無しの瞳に耐えられず逃げ出した。

 それを扱う者達とも関係を断ちたく、冒険者になったのである。

 アイテムボックスを前に、試行錯誤を繰り返す彼等の目は、底なしの樽の瞳とは違い、未来をちゃんと見据えていた。なるほど、自分が選ばれた訳だとヴァイスメイヤーは自身の過去を知るギルドマスターの目が確かであったことを理解して、それから思う存分に呪うのであった。


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