第一章 旅の三人 9
その後のカールの人生を端的に語るなら、することが無かった。出来ることが無かった。
人々がカールの左眼を恐れるものだから、日が昇っている間は人気の無い場所に隠れるほかなかった。他人から拒絶の視線を向けられることに耐えられるほど、幼いのカールの心は強くは無かった。
柔らかな子供の心臓に、無思慮な冷たい視線がグサリグサリと突き刺さる。
カールと共にあったのは、カールの視線を気にしない、自然と魔法だけ。
遊び相手すら居ない。
話し相手すら居ない。
そんな毎日が続く。続く。
ただ他人を不快にさせないように、村のはずれのさまざまな場所にカールは身を隠し続けた。
「僕は、そんなに悪いことをしたのかな? ……テイラーさまからギルムを奪うのは悪いことだけど、そんなに悪いことをしたのかな? じゃあ、マイトは? ……マイトを誘い込んだことが一番に悪い事なのかも。きっと、二人分の罰を僕は受けなきゃいけないんだ……」
自罰、自虐、ときには自分でこの眼を焼こうとして、思い留まった。
神の罰を邪魔したならば、きっとこの左眼は右眼に移る。そして僕は永遠に眼を閉じ続けなければならなくなる。逃れる方法はないだろうか……。許してもらう方法はないだろうか……。
どれだけ考えても、神に許してもらうための魔法をカールは考え付かなかった。
きっと、この孤独こそが神罰なんだとすら思えてきた。
だから、カールは魔法の研鑽を続けた。神様には許してもらえないかもしれない。
だけど、もう一度ゴブリンたちから村を救ったなら、孤独からは解放されるかもしれない。
村に不幸が訪れることを望む心を抱え、カールは頭を振ってその考えを消す。自分が救われるために村が襲われて欲しいだなんて、それこそ許される資格がなくなってしまう。
まだ遊びたい盛りの子供が一人、そうやって、村のはずれで涙をこぼしていた……。
†
時が過ぎた。途中、リーベレッテというさらに不遇な少女と出逢い、二人ぼっちになった。
それから、マイトオストという騒がしい馬鹿が現われて、決闘を申し込まれるようになった。
生憎と、孤独の中で一人研鑽を続けた少年は、ぬくぬくと育ったお坊ちゃまに負けられるほどには弱くなかった。いつか村に災いが訪れたとき、自分には関係なく訪れたときのために鍛え続けた村人の子は、かつての親友、かつての強敵であった彼を軽く凌駕していたのだ。
ただ、村のみんなに認められたい。
それだけの思いと、有り余る時間が彼を強くしていた。
だが、その長きに渡る研鑽すら徒労に終わった。
それは、少年カール十四歳の冬のこと。
「雪が融ければ俺も四十四、長老組の仲間入りだ。……カール、ずっと不自由な思いをさせたな。これからは父さんも少しは守ってやれるようになる。なに、カールには魔法があるんだ。上手いことすりゃあ皆にも有難がってもらえるようになるさ」と口にしていたカールの父が、ある寒い日の朝、起きてくるはずの寝床から起きてこなかった。享年は数えで四十三になる。
こうして不幸があった、そして幸いが少しだけあった。
雪化粧の下に隠された道は道でなくなる。山間の名も無き村から近くの街までは昼間の四分の一になる。だが、道がなければ四分の一が一生となり、辿りつけなくなる。
人は雪に勝てないものだ。魔法使いを除けば。
季節を変えた。冬を、夏に。自分の無力を八つ当たりを、道を隠す白い雪にぶつけ、怒りの炎を身に纏いながらカールは突き進み、雪解け水と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった道を指さしながら、神官のテイラーさまに父の葬儀を頼み込んだのだ。
この地で生まれ、この地で育ち、この地に還ること。農村に生まれた者にとって、これ以上は無い贅沢である。それだけが、カールに出来る最後の親孝行であった。
悲壮な顔をしたカールを前にして、驚きを隠せなかったテイラーだったが、魔法で作り上げられた怒りの道を見て葬儀を快く引き受けてくれた。
こうしてカールの父は、無事に、この村の大地に還ることが出来たのであった。
研鑽に研鑽を重ねた魔法が、村のために、家族のために役立った、たった一つの出来事であった。