第一章 旅の三人 7
そんなカールの子供時代が唐突に終わりを告げたのも、やはり魔法が原因であった。
お菓子を売りに来るばかりだったモス爺が、子供達からウサギの肉や皮の買い取りを始めるようになってしばらくの後。飴棒が飛ぶように売れるものだから、品薄で子供たちが喧嘩になる頃。カールはとても単純で、今まで気が付かなかったことに気付いてしまった。
飴棒は一本1ギルム。1ギルムを支払えばモス爺は飴棒を売ってくれる。最近は、「値上げしようかな?」なんて酷いことを言っているが売ってくれる。
その飴棒の売買が行われるとき、カールは自分が何も渡していないことに気が付いた。
飴棒を買う時には、カールがギルムを支払った。
ウサギの肉や皮が買い取られるときには、モス爺からギルムが支払われた。
それ自身は理解できるのに、肝心のギルムそのものを目にしたことが一度たりとも無い。そんな自分に気が付いたのだ。払おうと思えば支払える。渡そうと思えば手渡せる。
瞼を閉じれば、ステータスとして自分が持っているギルムもしっかりと見えた。
・ステータス情報
名前:カールグスタフ 年齢:10 性別:男性
レベル:2 クラス:村人
生命力:8/8 精神力:103/103
筋力:6 体力:8 敏捷性:10 知覚力:20 魔力:56
ギルム:2,236
スキル>>
けれど、ギルムそのものは一度も目にしたことが無かった。
『ありとあらゆるものの陰に、新しい魔法は隠されているんだよ? よ~く、観察するんだ』
その教えが身についていたからこその、カールの気付きである。
教えて貰った十二の要素。そのどれにもギルムが当てはまらないことに気が付いてしまった。
一度は自分を魔法使いの道から蹴り落したギルムの壁。こうなれば、その正体を突き止めなければ気が済まない。もしかすると、ギルムを増やす魔法だって作れるかもしれない。
土や水が生み出せるのに、ギルムが生み出せない道理はないはずだとカールは考えた。
そしてそれは、星見の塔においても、伝統派の魔法使いにおいても、禁忌とされる研究の一つであった。ギルムとは神の領域であり、それに挑む者には厄災が降りかかるとされていた。
死者蘇生を試みればアンデッドが発生する。永遠の命を望めば自らがアンデッドと化す。
人が踏み込んではならないとされる魔法の領域は数多く、その一つが、ステータス情報への挑戦であった。
レベルとはなにか、クラスとはなにか、それを疑問に思った魔法使い達は大勢存在し、そしてその多くは挫折した。成功に近づいた者には災いが訪れたのだから、心が折れてこそ良かったのかもしれない。
生命力の1とは、何をもっての1なのか。
一日の1は太陽が示してくれる。だが、生命力の1とは、何をもって1とするのか誰にも解明することは出来なかった。世界は十二の要素で形作られている。だが、要素をさらに分解しようという試みは、常に失敗と厄災に終わった。
その日、カールの身に訪れたのは、失敗ではなく厄災である。
カールの左眼に訪れし厄災の名は魔眼、≪天座主の瞳≫。
それは、神の領域を侵したものに与えられる神罰だという。
知りたがりすぎて、女神たちの世界を覗き見た罰だという。
未来に向けて黒くも輝いていた瞳が、紫紺の輝きを帯び、それでもギルムは見えなかった。
だがしかし、そのほかの要らないものは見せてくれた。
・名称:モス爺の飴棒
効果:甘みを感じさせ、子供達を幸せな状態にする。女性には特に有効。
説明:行商人モス爺の良心の塊。子供たちは蜂蜜だと思っているが、実は大麦を原材料とした麦芽水飴である。麦芽から新種の酒を作り出そうとした際の副産物であり、蜂蜜や砂糖よりも安い甘味として広く普及している。一本売れるごとにモス爺は輸送量を含め僅かに赤字を出しているのだが、子供たちの笑顔も報酬の内と頑張って作り運び続けているのだ。
「えっと……モス爺? この飴棒って売れると、モス爺ちょっとだけ損するの?」
「ん? ……子供は気にせんでいい。笑っとればそれでいい。うん? 何でわかったんじゃ?」
「見えたの。左眼で見ると見えたんだよ」
「左眼? カール坊、その眼を見せてみぃ? …………こりゃあ、アレか? いかんな、誰か若い奴、急いで街から神官のテイラーさまを呼んできてくれんか? ワシの足じゃ、どうにもならん。こりゃ急いだほうが良いぞ?」
「うわっ、カール!? その眼はどうしたんだ? ……カッコいい!!」
「なんかズルいぞ! カールばっかり魔法も使えるし、目も光るとか!!」
「そんなことを言われても僕は知らないよ!! 文字の読み書きを覚えない、お前らが悪いんじゃないか!! せめて文字の読み書きくらい覚えろよ!!」
「だって、めんどくさいもん」
「だって、楽しくないもん」
「あ~あ、カールばっかりだよ。ケチんぼカール!!」
「ケ~チ、ケ~チ、ケ~チ、ケ~チ!!」
「うるさい! この怠け者どもがっ!! お前らテイラーさまに言いつけてやるからな!!」
子供たちは、これから友人の身に起きる惨劇を予想だにしていなかった。その、当人もである。