第一章 旅の三人 6
困り果てたのは色々な後始末である。
ゴブリンが沢山、村の中で死んだ。その進化体であるオーガすら焼け焦げていた。転がっている死骸の山を前にして、大人たちが悩んでいた。泥棒で強盗だ。殺したことについては気に留めるような事でもなかったが、この先が問題であった。
ゴブリンも、やっぱりゾンビやスケルトンになるんだろうか?
そうすると、街からテイラーさまを呼んできて、遺体を清めて貰わなければならない。
そうすると、テイラーさまに清めて貰った上に、埋葬の儀式を行っていただくための寄進が必要となる。相手は泥棒で強盗だ。そこまでしてやる義理があるのだろうか。
正直に言えば、焼いて骨を砕くのも面倒なくらいだった。
いつもならば、少し追い回せば逃げていった。
なのに、今回ばかりは全滅させてしまった。
「ゴブリンのゾンビなら、ゴブリンの村に行くんじゃねぇのか?」
「あぁ、そだな。きっとそうだ。森ん中に捨てちまえば良いだろ」
「あと、ゲルザの爺さん。自分の歳をいい加減に考えてくれ。アンタ、寝てただろ?」
「いや、ワシは、その……別の方角を見取ったんじゃ!!」
「ゲルザの爺さんは見張り役から外すとして、ゴブリンどもは森に捨てるとしようか」
そして、大人たちが口にしたがらなかった話題にようよう移る。
気が付かぬ間に、立派な蛮族に成り果てていた子供たちである。
「なんか、恐ろしいもの投げとったぞ?」
「あぁ、鋭い棘みたいなもんだ。ゴブリンの大きい奴まで泣いとったぞ?」
「おめぇんところのカールなんか、火の玉を投げてたじゃねぇか」
「そ、村長の息子のマイトも、大人顔負けに暴れてたじゃねぇかよ!」
二年前の一件を通しても、大人たちは変わらなかった。変われなかった。そんな暇がなかったということもあるし、棒切れ遊びは子供のする遊びであった。いい大人のすることではない。
村の大人たちは、いまだに気が付いていなかった。
二年前、三人の冒険者が子供たちを集めて行っていたことは、子供を相手に遊んでいたわけではなかった。完全な軍事教練を施して、彼等は去っていったのだ。
見つけること、見つからないこと。攻撃すること、攻撃されないこと。逃げること、逃がさないこと。六つの要素で成り立つ、もっとも基本的な軍事教練。人間の軍隊を相手にするには力不足でも、ゴブリンたちを相手に回す分には十分な練度であった。
隠れん坊、棒切れ遊び、的当て、雪合戦、鬼ごっこの姿をした二年間の訓練を経て、子供たちは大人顔負けの暴力を手にしていた。さらには魔法まで。大人たちの本音を語るなら、大人としての、年長者としての面目が丸潰れであった。
子供たちの方が動きが良かったのも事実。
野ウサギを当たり前の顔をして捕まえてくるその姿は、いっぱしの狩人だ。
竹槍を持った姿は可愛いものだったが、一斉に突撃する姿は、もう恐れるべき戦士だった。それも、ゴブリン一体に対して、背後から数人がかりで無言の突撃で刺し殺す、怖い戦士だ。
二年前の夜、村を救ってくれた大英雄たちに文句は言えない。
だがしかし、「やりすぎだよ! 先生たち!!」と嘆く他ない大人たちであった。
その冬、大人たちは逗留中の冒険者に頭を下げて棒や弓の扱いを教わるのであったが、覚えの速さではやはり子供に勝てず、子供たちは遊ぶ時間が多い分、さらに腕前の差は広がる一方なのであった。なにごとも、子供のうちから始めた方が良い。
カールは冒険者の中に魔法使いが居ないことに寂しさを覚え、一人泣いた。
「魔法使いはなぁ、そうそう居ないんだよ。大半は星見の塔のなかに隠れちまうし、外に出たら出たで、冒険者同士、あるいは軍と冒険者で引っ張りあいだからなぁ。なんだ、坊主は魔法使いに憧れてるのか? 片目を閉じてるのは魔法使いの真似事か?」
「え? 魔法使いに憧れて……? 僕、まだ魔法使いじゃないの?」
自慢の≪火炎砲弾≫を見せた挙句、春先に連れ去られそうになったカールであった。それほどまでに、冒険者業界では魔法使いが品薄なのである。
なにせ、まず文字の読み書きに始まり数の扱い、さらには十二の構成要素を理解するため星見の塔で勉強してかからなければならない。
今日、魔法使いのクラスを購入したからと言って、明日、魔法が使えるわけではない。
魔法師匠はファイアボールを五十万ギルムと言ったが、実際には五十万ギルムに学費と勉学の時間と優秀な師匠と、そしてなにより本人の素質と努力と根性が必要なのであった。
一つの魔法の有無で、戦局そのものが大きく変わる。
それは、ゴブリンたちとの戦いで既に示されていた。明りを灯す、ただそれだけの魔法でさえ松明を握る片方の手を自由にしてくれるのだ。村を一つ照らし出す魔法使いの子供となれば、なおさらの希少品である。
そんな冒険者たちから逃げ隠れする技は、狩人の師匠から学んでいた。
その冬に逗留していった冒険者たちの感想は、「この村の子供たちはおかしい」であった。