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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第一部 教官の試練場
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序章 灰白色の城塞都市、ノイスカステル 1

 天を覆った青空を、さらに覆いつくさんと聳え立つ灰白色の石壁が、彼らの目の全てを奪い去ってしまった。一体、どれほどの高さなのだろう。それを確認しようと目で石壁の高を追えば、口は自然のうちにポカリと開いてしまうものだった。

 城塞都市ノイスカステルの誇る人界最高峰の石壁は、初めてそれを前にした者の眼と心を奪い去る。そして、口をポカリと開けた少しばかり間の抜けた表情をさせるものであった。

「人間って……凄いんだねぇ……」

 カール、カールグスタフ。雪解けの春を迎えて数えの十五、目出度く成人を迎えた少年が石壁よりも、それを造り上げた者達の力の偉大さに震えた。そして自分もまた人間であることを思い出し、肌に粟がたつような寒気すら感じた。カールは、灰白色の石壁に自身の未来を見た。

「でも……なんだか怖いかなっ?」

 リーベ、リーベレッテ。雪解けの春を迎えて数えの十五、目出度く成人を迎えた少女が石壁を前にして感じたのは、その冷たさであった。何物も通さない。たとえ、空を飛ぶ魔物であろうとも通すことはない。巨大な門は巨大な口。まるで、ノイスカステルという巨大すぎる怪物に飲み込まれてしまいそうな、そんな怯えを見せていた。

「街が……俺を呼んでるぜ……」

 マイト、マイトオスト。雪解けの春を迎えて数えの十五、目出度く成人を迎えた少年が誇大妄想を抱くことは常日頃のことなので、放っておかれた。彼は彼なりに、巨大すぎる街に負けないよう自身を鼓舞したのであるが、選んだ言葉がちょっとばかり悪かった。いつものことである。

 三人は山間にある名も無き村の出身であり、簡単に言うならば田舎者であった。

 当たり前のように門を潜っていく商人たち、自分たちと同じようにポカリと口を開けている田舎者を見つけて口を閉じ、そして出入りする人の激流の速さと物量に圧倒された。

 門を潜り中に入るもの、外に出るもの。

 その数は、小さな村のそれを遥かに超えてしまっている。

 一歩、この門から先に踏み入れたなら、自分たちもその流れの一部に溶けてしまう感覚さえ覚えた。桶の中に溜まった水も、川に混ざれば形を失うものだ。ノイスカステルの流れに混じったなら、自分たちは自分たちで居られるのだろうか。

 たしかな覚悟を持って、城塞都市ノイスカステルを目指して村を出た。

 だが、そのノイスカステルの街を目の前にして、三人の田舎者達は立ちすくんでいた。

 門を守る衛兵は、そんな彼らの姿を見つけ、かつての自分の姿を重ね見る。

 巨大すぎるものを前にしながら挑むには、大きな勇気が必要なものだった。

 一歩踏み込めば、ただ大勢の人間が住む街なのだと解るのだが、巨大すぎる灰白色の石壁が、ノイスカステルの街へ神聖な領域に似た不可侵性を与えるのだ。

 最初の一歩は怖い。

 いつだって、なんだって。

 ただ、城塞都市ノイスカステルの一歩目は、石壁の高さにまして特別に怖いものだった。

『頑張れ、若者たちよ』と、心の中で声援を彼は送る。

 そんな、衛兵の彼の心の声援に応えるように、少女がまっさきにその不安を口にした。

「ね、ねぇ? もしかして、門の通行税って物凄く高いんじゃないかなっ!?」

「そ、それだけじゃないよ? 壁の高さは税だけじゃなくて、宿泊費用にも比例していたじゃないか!?」

「お、おう……。カ、カール。いま何ギルム残ってる? まさか、中に入れねぇってことはねぇよな!? まさかここまで来て、俺たちは門前払いになるのかっ!? ひでぇじゃねぇか、ノイスカステルよぉ!!」

 衛兵の彼は、気が抜けて転びそうになってしまった。

 ノイスカステルの衛兵として務めて長く、通行税というものをスッカリと忘れていた。

 通行税や関税とは、その地を治める領主の重要な収入源であり、街に入るなら税を払え、街から出るなら税を払え、橋を渡るなら税を払え、道を歩くなら税を払えと要求されるものであり、街の壁の高さと税の高さは、たしかに比例するものだった。

 一人一人に教えて回っていては自分の仕事に差し支えがあるのだが、日に一度くらいの善行は許されるだろう。

 衛兵の彼は、ノイスカステルには通行税は無いし、宿泊費用も豪華な宿を選ばなければそれほど高価なものではないんだよと、田舎者三人組に優しく教えてあげた。

「よ、良かった~。オジ……おにーさん、助かったかなっ! ありがとうございます!」

「いやいや、オジさんで良いよ。キミたちは、やっぱりアレかな? ノイスカステルには仕事を求めて来たのかな?」

「はい、僕達は仕事を、冒険者になるためにノイスカステルにやってきたんです!」

「おう! 冒険者さ! 男の仕事だぜ? おっと、兵隊も、もちろん男の仕事だぜ?」

 その答えを聞いて、衛兵の彼は一瞬悲し気な顔を見せ、それから笑って見せた。

「冒険者になりたいのなら、街の東側の露店の店主に冒険者ギルドの場所を尋ねながら歩くと良い。間違っても西側に行ってはいけないよ? 冒険者じゃなくて義勇兵になっていまうかもしれないからね?」

「義勇兵?」

 三人が揃って首を傾げた。

 それは初めて聞く言葉。それは村には無かった職業だった。

「国に雇われて魔物退治をするのが義勇兵。冒険者ギルドに雇われて魔物退治をするのが冒険者だ。キミたちが冒険者を目指すというなら、冒険者ギルドに向かうべきだ。だから、ちゃんと東側へ向かうんだよ? 東と西は解るかい?」

「はい、ちゃんと解ります」

「おう、大丈夫だぜ。太陽が昇ってくる方角が東だろう? 今、昼だな。カールどっちだ!?」

「ここはノイスカステルの北門です。マイト? さぁ、どっちが東になるのでしょうか?」

「そりゃあ、お前が行く方向に決まってるだろ」

「それは随分な答えだね。よし、義勇兵になりに行こうか、マイトだけ。魔物と戦えればそれでマイトは満足でしょ?」

「それが良いかもっ!」

 若者たちの未来を見つめる明るい笑顔は、衛兵の彼の心も明るくした。

 笑って、「あっちのほうだよ」と東の方角を指さし若者たちの未来を明るく照らし出す。

 三人は田舎者ながらに礼儀正しくお礼を述べ、ノイスカステルの雑踏の中へと消えていった。

 それから、衛兵の彼は少しばかり複雑な顔をして職務に戻るのだ。

 彼らは冒険者を目指すと口にしたが、冒険者とは魔物を相手に殺し殺されの仕事である。自分の年かさの半分にも満たないような子供たちが、手に剣や槍をもって血を流しあう場所に赴く姿というのは、少しばかり悲しいものであった。

『光の女神ルミナスよ、闇の女神ノワールよ、願わくば彼等三人の未来に幸いなる道を与えたまえ……』

 神官ではない自分の祈りに効き目があるのかは分からないが、日に何度かは祈ってしまう。

 それは、もう彼の癖のようなものであった……。

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