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5.お兄ちゃんとハッピークリスマス

 簡単ではなかった。兄を舐めていた。

 兄の完全なるスルースキルに、わたしは手も足も出なかったのである。

 〈ラブ〉に関する話をしようとすると、ある時は無視され、ある時は話を逸らされ、ある時は脱兎のごとくわたしの前から消え去るのだ。

 そして気付けば今日は終業式。明後日にはもうクリスマスイブが待ち構えている。

 その日の放課後もいつものように香苗ちゃんとお話し、お兄ちゃんのことを相談してみると「柚ちゃんのお兄さんってば腰抜けね~、うふふ!」と楽しそうに笑われた。

「もうこれは、正面突破しかないんじゃない?」

「すでに毎日そうしてるつもりだけど」

 香苗ちゃんは人差し指を立てて「あっま~い!」と可愛らしく頬をふくらませた。

「柚ちゃん! 明日はめいっぱい可愛くオシャレして、もう一度お兄さんに告白するのよ!」

「き、聞いてくれるかなあ……」

 すでにスルーされまくっているのだ。正直自信がない。

 でも香苗ちゃんは自信満々にニコリと笑顔を浮かべた。

「大丈夫! 柚ちゃん可愛いもの! 自分のためにオシャレしてくれて好きって告白されたら、誰だって嬉しくなっちゃうわ! ましてやそれが好きな人からだったら、なおさらね!」

「か、香苗ちゃん……!」

「柚ちゃん!」

 デジャブだが、お互い感極まって抱き締め合う。

 わたしはいい友達を持った。本当にそう思う。

「絶対にハッピークリスマスにするのよ、柚ちゃん!」

「うん! わたし、もう一度がんばるよ!」



 そして翌々日、クリスマスイブの朝。

 香苗ちゃんのアドバイスに従って、わたしはお気に入りの赤と緑のクリスマスカラーのワンピースを着て、少しだけどお化粧もがんばってみた。

「……うん、変ではないはず!」

 とりあえず自分の中で満足できる程度にはオシャレできたと思う。

 あとは本日のお兄ちゃんの行動を把握せねばならない。

 毎年クリスマスイブは家族四人でクリスマスパーティーをすることになっているのだ。

 今日も変わらずその予定ではあるが、その前にはお兄ちゃんとラブな関係を築いておきたい。そしてそのクリスマスパーティーの場でお父さんにも二人の関係を了承してもらうのだ!

 意気込んだところで、部屋のドアがノックされる。

「お~い、柚ちゃん。今日はお父さんと一緒に夕飯の買い物に出かけないかい?」

 お父さんだ。

 わたしは慌ててドアを開くと、背の高い少し強面のおじさんが立っていた。お兄ちゃんのお父さんであり、わたしの今のお父さんである。お兄ちゃんは抜けた顔をしているので、強面のお父さんとはあまり顔は似ていない。

 でも今はとってもいい笑顔だから、まったく恐くない。

 お兄ちゃんには厳しいんだけどね。

「わあ、すごく可愛いじゃないか! 今日のためにオシャレしたのかな?」

 ――よかった、可愛くできてたみたい。

 お父さんの反応にほっとしたけれど、今日はお買い物には一緒に行けないのだ。

 断ろうとすると、廊下の奥でお兄ちゃんがこっそりと階段を下りようとしている姿を発見する。

「あ、お兄ちゃん! どこ行くの!?」

 思わず叫ぶと、お兄ちゃんは「げっ!」と驚いて大慌てで階段を駆け下りてゆく。

 逃がしてなるものか!

「ごめんなさい、お父さん! わたし、お兄ちゃんに大事な用事があるの! 夕飯までには戻ってくるからね!」

「え、弾に!? だ、大事な用事って……!?」

 非常に心配そうというか不安そうな様子で引き止められそうになったけれど、いつの間に現れたのか、お母さんがお父さんの腕を引っ張った。

「あなた、私と買い物に行きましょう。柚、弾くんは至くんの家に行ったみたいよ」

 ――お母さん、大感謝!

「い、行ってくる!」

 しかし母に肩をぽんと叩かれる。

「家の料理と洗濯と掃除、二週間分ね」

 相変わらずの無表情。

「…………は、はい」

 冬休みがすべて潰されたようなもんだが、前の条件に比べれば安いもんである。

 状況が把握できず、お父さんがぽかんと放心状態になっている内に、わたしは颯爽とお兄ちゃんのあとを追ったのだった。



「あらあら、柚ちゃんも来たのね。いらっしゃい」

 クリスマスイブなど関係なく、相変わらず着物美人な至くんママに連れられ、至くんの部屋の前までたどり着く。

 至くんママがわたしの耳元に顔を近付けた。

「柚ちゃん、とっても可愛いわ。本当は至のお嫁さんに欲しかったところだけれど、がんばってね。今日はうちと柚ちゃんの家族で一緒にお祝いするから」

 驚いて至くんママの顔を見ると、素敵な笑顔でウインクされた。

 みんなにバレバレだったわけですね。恥ずかしい。

「ありがとうございます」とぺこりとお礼をすると、彼女はどこかウキウキしながら去ってゆく。

 よし、至くんママのエールも受けたことだし、いざお兄ちゃんのもとへ!

 と思い、ドアノブに手をかけた瞬間、部屋の向こう側から二人の声が聞こえてきた。

「至、おれはもう生きてはいけない。シスコンロリコンの変態兄貴では柚も恥ずかしかろう」

「いやだからって恋敵の俺のとこに戻ってくるなよ」

「安心しろ、お前が年下好きのロリコンじゃないことくらい知っている。橘さんが好きなんだろう、お前は」

「がはげへごほっ! なななな、なぜそれを!?」

「親友だ、それくらいはわかる」

 うわあ、やっぱそうだったのか。マドンナに恋をするなんて、なんて高望みな人を好きになってしまったんだろう、至くんは。

 って至くんのことはどうでもいいのだ。

「お兄ちゃん! そこにいるのはわかってんだからね!」

 改めて気合いを入れ直し、ドアノブに手をかけるとなんと鍵が掛かっていた。

「い、至! 柚を部屋にいれるな!」

「至くん、開けてちょうだい!」

「お前ら、俺を巻き込みすぎだろ……」

 呆れ疲れた至くんの声。

 ため息が聞こえたと思ったら、ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。

「い、至!」

「往生際が悪いんだよ、弾。男なら潔くぶつかって行けよ」

 ドアを開けると、驚いた顔のお兄ちゃんが目に入った。

「柚……か、可愛い」

「ほ、本当!? お兄ちゃん……!」

 掴みはオッケーだ!

「あー、そうだな、可愛いなー。とりあえず二人とも、俺の部屋から出て――」

「柚! 聞いてくれ!」

 お兄ちゃんは明らかに棒読みの至くんの声を遮り、わたしの前へと歩いてきた。

 そして肩をがしりと掴まれ、意を決したように真っ直ぐな瞳で見つめられ、口を開く。


「おれは、お前が――好きだ!」


 わたしは頭の中で、その言葉を反芻する。

 ――嬉しい。嬉しかった。欲しかった言葉だった。

 けれど、そのままの意味で受け取ってよいものか不安になる。

「そ、それは――」

 ラブの意味か。そう聞こうとしたのがわかっていたのだろう。お兄ちゃんは頬を少し染めて「ラブだ! お前にラブラブなんだ!!」と叫んだ。

 ――ほ、本当に?

 わたしは喜びで涙ぐむ。

「お兄ちゃん、わたしも大好きだよ!」

「柚!」

 両手を広げたお兄ちゃんの胸へと感無量で飛び込もうとし――

 寸前で襟首をグイッと何者かに掴まれた。

 振り向くと、額に青筋立てて無理やり笑顔を作っている至くんの顔があった。

「わかったから、あとは自分らの部屋で続きをやってくれねえか?」

「あ、はい……」

 確かに一人者の至くんには刺激が強すぎたよね!

「至、おれは家に帰りたくない」

 お兄ちゃんが困った顔で至くんの服の袖を掴む。

 まさかの浮気フラグ!?

「いやいや帰れよ!? お前にそんなこと言われてもなんの萌えもないぞ!?」

「お兄ちゃんったらいきなり浮気!?」

「ええ!? ち、違うって!」

 何が違うと言うのか。

「……いや、親父に殺されるなーと思ってさ……」

 頭をぽりぽりと掻くお兄ちゃんの様子に、なるほどそういうことかと納得した。

「大丈夫大丈夫! ちなみにお母さんにお兄ちゃんのこと好きって言ったら『知ってるわ』の一言だけだったから!」

「ええ!? すでにカミングアウト済み!? っていうか知ってたのか!? そして反応薄っ!」

 そんなに驚かなくても。

「まあお父さんはまだだけどさ、わたしも一緒にいるんだから、ね!」

 ギュッとお兄ちゃんの手を握る。

 頬を赤くしたお兄ちゃんは「ああ、そうだな」と少し安心してくれたみたいだ。

「だから! 俺の部屋で二人の世界を作るなぁ!」

 至くんの叫び声が聞こえたけれど、今のわたし達には聞こえない。

 ――ああ、なんて幸せなんだろう!



 そして和やかな雰囲気で、うちの家族と至くんの家族でクリスマスパーティーをやったんだけど、わたしとお兄ちゃんが恋人同士になったことをお父さんに告げた瞬間、お父さんが「お前を殺してワシも死ぬー!」とお兄ちゃんを半殺しにしかけたことは、あまり笑い話にできないショッキングな思い出となりました。あはは。

 でも最終的には無理やり了承もらったから、結果オーライ!

 雄鳥兄妹はめでたく恋を実らせ、ハッピークリスマスを過ごせたのでした。

 というわけで皆さん、メリークリスマス!

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