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4.お兄ちゃんの気持ち

 家に帰宅すれば、当然、お兄ちゃんも帰ってくるわけで。

 わたしは兄とは目も合わさず、言葉もかわすことなく、母と兄とわたしの三人で夕飯を食べ終えた。ちなみにお父さんは仕事で帰りが遅いのだ。

 さすがのお兄ちゃんも気まずいのだろう。何もわたしに言ってはこなかった。

 お母さんが食器を片付け出したので、わたしも手伝うことにする。お兄ちゃんはまるで脱け殻のように部屋に戻ってしまったようだ。

 ああ、これからどうしたもんか。

 母はガチャガチャと音を立てながら食器を洗い、その洗い終わった皿をわたしがキュキュッと拭いてゆく。母はちらりとこちらを見た。

「何かあったの? あんたいつもは学校の話をうるさいくらいしてくるのに今日はだんまりだし、弾くんなんて完全に死んでたわよ」

 他に言い方はないのか。ひどい母親である。

 もういっそ、母にも言ってしまおうか。

「……わたしさあ、お兄ちゃんのこと好きなんだよねー」

「知ってるわよ」

「……ラ、ラブの意味だよ?」

「だから知ってるわよ」

 思えば至くんにもバレていたのだ。母親にバレないわけがない。

 それにしても反応が薄過ぎるっ。この人無表情だよ、無表情!

「お、お父さんも知ってるのかなあ?」

「知ってたら弾くんはとっくに殺されてるわね。あんたのこと溺愛してんだから」

「あはは、そんなこと――あ、あり得るね。笑えないっ」

 実の息子よりも本当の子供のように可愛がってくれるのだ、お父さんは。

 とはいえ、それは二の次に悩むこと。まずはお兄ちゃんと両思いにならないと何も始まらない。

「お母さんは協力――」

「してもいいけど、それは料理と洗濯と掃除一ヶ月分と引き換えになるけどいい?」

 これまた無表情で非情な言葉が飛び出した。

 対価が重すぎるっ。

 そうだよね、こうゆう人だったよ、うちの母親は。

「じ、自分でがんばるからいいもん!」

 半ばヤケクソ気味に答えるわたしだった。



 明けて翌日の放課後。

「というわけで、お母さんよりも数倍心優しいと思われる至くんに協力をお願いしようと思ってやって来ました」

「思ってねえだろ、全っ然」

 ここは至くんの部屋。

 目の前には温かいお茶とようかんが一つ。

 至くんのお母さんは、うちと違ってとても優しい着物美人で、さっき部屋に来て差し入れてくれたのである。

「おもっへるよ。だっへ、おにいひゃんのひんゆうなんだからふぁー」

「モノを食いながら喋るなよ」

 ああ、甘くて美味しいようかんだ。ごっくんと飲み込んで呆れる至くんにもう一度向き直る。

「お願いだよ、至くん。お兄ちゃんをよく知ってる人って家族以外だと至くんしかわかんないし」

 兄をよく知る彼だからこそ、何か妙案を編み出してくれるに違いないと思ったのだ。

「大体さー、マドンナの件は至くんの勘違いだったんだよ。責任取ってよね!」

「いやまあ、それは俺的にはよかったというかなんというか……」

 あれ、なんだかにやけている。

「至くんってもしかして……」

 至くんは、はっとする。

「お、俺のことはいい! 要は弾の気を引けばいいんだろっ? 簡単じゃねえか!」

 話を逸らされたがまあいい。しかし簡単だなんて言い過ぎではないだろうか。

「どうやるの?」

「ちょ~っとばかし、俺が発破をかけてやるのさ」

 にんまりと笑いながら「弾をここに連れて来いよ」と促されたので、素直に従ってみることにする。

 家に戻ろうと立ち上がると、ドアがノックされた。

「至~、ちょっといいかあ?」

 なんというグッドタイミング。お兄ちゃんである。至くんはニヤリと笑った。

「入れよ、弾!」

「い、至くん、どうすんの?」

「柚っこ、ちょっとこっち来い」

「え、うひゃあ!?」

 がちゃり。

 開いたドアからお兄ちゃんが顔を覗かせ、瞬時に固まった。

 当然だ。わたしだって固まっている。

 腰を引き寄せられ、至くんと恋人の距離で密着しているのだから。

「いや~、悪いなあ弾。ちょっと柚っことお楽しみの最中でなあ」

 ――至くんが変態オヤジの顔をしている!

 っていうか、お兄ちゃんともこんなに密着することなんてほぼないのに、気安く触らないでほしい。

「てりゃ」

「ぐえ」

 思わず至くんの顎にアッパーを当てた。

「お前、俺が協力してやってるってのに!」

「それはそれ、これはこれだよ!」

 大体、やり方が雑過ぎるのだ。こんなことでお兄ちゃんが――

「……至、本気なのか」

 わたし達の会話が聞こえていなかったのか、固まっていた兄がぽつりと呟いた。

 あれ、まさか信じてる?

 至くんは掛かったなと言わんばかりに偉そうにふんぞり返る。

「おお、本気だぜ。柚っこを嫁にしようと思ってる」

『嫁!?』

 わたしとお兄ちゃんの声が重なった。

 恋人ではなくいきなり嫁までぶっ飛ぶとはさすがは至くん。

「いいか弾、よく考えろ! 柚っこが嫁になるということは、俺とあんなことやそんなことをし放題になるということだ!」

 お兄ちゃんをびしりと指さし、とんでもないことを大声で言い出した。

 お兄ちゃんは衝撃を受けたのか「あ……あんなことや、そんなこと……!」と叫んで顔を青ざめた。

「ちょ、ちょっと! 変な想像しないでよね!」

 至くんに何かされるところをお兄ちゃんに想像されるって最悪過ぎる!

 お兄ちゃんはひどく心配そうにこちらを振り返り、両肩をがしりと勢いよく掴まれた。

「柚! お前はそれで納得してるのか!?」

 するわけない。至くんと結婚するくらいなら迷わず死にます。

 しかしここは至くんに合わせるべきなのだろうか。チラリと至くんを見てみると彼も少し考えている様子を見せてから、

「柚っこも納得してるに決まってる。だろ?」

 目で合図してきた。

「う……うん。……そうかもしれない。いや、そうじゃないかもしれないけど」

「そこははっきり納得してると言っとけよ!?」

 至くんに突っ込まれるが、やはり抵抗があるのだ。

 恐る恐るお兄ちゃんの顔を見上げると、驚いたことに泣きそうな顔をしていた。

 ――こ、これは、どういう意味で受け取ればいいの!?

「ゆ、柚!!」

「ひ、ひい!? お、お兄ちゃん……!?」

 今度はがしりと手を思い切り握られた。

 そして、至くんに敵意の眼差しを向ける。

「いくら至でも、柚は渡さないぞ!」

「お、お兄ちゃ……」

 わたしは驚きと感動で声が出ない。

「帰るぞ、柚!」

「う、うん!」

  手を引っ張られながら至くんをチラ見してみると、親指を立ててニカッと笑っていた。

 ――ああ、今回ばかりは感謝するよ、至くん!

 わたしもウインクして手を振り部屋を出た。

 家を出ると、外はすでに日が落ちていた。

 寒いけれど、繋いだお兄ちゃんの手はあったかい。

 こんなに大きかったんだなあ、お兄ちゃんの手は。

 無言でズンズン歩くから、お兄ちゃんの表情は見えない。

 とにかく家に着く前に、お兄ちゃんの真意を確認しないと。

「お兄ちゃん、焼きもちやいた?」

「…………」

「ねー、やいたの?」

「ゆ、柚! おれ達は兄妹だ!」

 足を止めてようやく振り向いてくれたのだが、なんだか困った顔をしていた。

 ならばどうして『柚は渡さない』と言ったのか。わたしはむくれる。

「むぅ……そりゃ血が繋がってたら少しくらい躊躇するけどさ、血は繋がってないんだから」

「血が繋がってても少ししか躊躇しないのか……すごいな、柚は」

 変なところで感心されても。

「お兄ちゃんはばかなんだから、難しいこと考えなくていいんだよ。シンプルにいこう、ね? 要はあたしを好きなのか、嫌いなのか。おーけー?」

「兄ちゃんをばかにするな。そんなの好きに決まってるじゃないか」

「え! そ、それは……ラブの意味でいいんだよね?」

 お兄ちゃんは腕を組んで神妙な顔をした。

「柚、ラブにも色んな意味があるんだぞ。親兄妹にもラブは使う!」

 こんなとこだけ賢くならないでほしい。

「……それに」

「え?」

 お兄ちゃんは真剣な顔でわたしを見た。見慣れない顔に思わず吹き出しそうになるがぐっと抑える。

「お前のおれを好きだという気持ちは――嘘なんだ!」

「は、はあ!?」

 一体何を根拠に!? というか勝手に人の気持ちを嘘だと決めつけないでほしい。

 お兄ちゃんは頭を抱えてワナワナと震え、

「おれがお前を嫁にしてやるって言っちまったから、それをずっと守り続けてるだけなんだろ!?」

 訳のわからないことを言い出した。

 ――っていうか、そんなことあったっけ?

 まるで覚えがない。

 しかしお兄ちゃんはわたしの返答を聞く前に「もういいんだ、おれがばかだったんだ!」と叫び出した。

「最初は妹ができて純粋に喜んでいたというのに、途中からお前に邪な気持ちが芽生えてしまったおれが悪いんだあ!」

 ――あれ、それってつまり。

「わたしに欲情してたの、お兄ちゃん!?」

「そんなはしたない言葉を使うなあ!」

「ねえねえ、それっていつのこと!?」

「親が再婚してすぐ……ってあれ、覚えてないのか?」

「うん! 何一つ覚えてないよ! だってわたし、お兄ちゃんのこと好きだって自覚したの昨日だもん!」

「うわあああ! 恥の上塗りだあ!」

「お兄ちゃん!?」

 なぜだかわからないが、今度は兄が頭を抱えながら逃走した。

 でも、これってつまりは両思いってことでいいのかな。

 いいんだよね、そうだよね。

 それならもうあとは簡単だ。

 ――絶対にハッピークリスマスを過ごすぞ!

 わたしはそう意気込んだのだった。

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