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1.お兄ちゃんが好き

「わたし、お兄ちゃんのこと好きかもしんない」

 思わず口をついて出た言葉に、何よりも衝撃を受けていたのは自分自身だった。

「や~だ、(ゆず)ちゃんったら! いっつもお兄さんのことばかにしてるのに、やっぱり大好きなんだ~」

 やっぱりってどういうことなの、やっぱりって。

 動揺してしまって、クラスメイトの香苗(かなえ)ちゃんに心の中だけで突っ込むことしかできない。

 ここは誰も使っていない放課後の空き教室。香苗ちゃんと時間が合う時は、ここでお話していくのが最近のお互いの流行だ。

 今は十二月になったばかり。高校に入学して初めてのクリスマスが間近に控えていたので、クリスマスはどう過ごすかという話で盛り上がっていたのだが、香苗ちゃんが唐突に『柚ちゃん好きな人いないの?』と質問してきたのだ。

 そこでぱっと頭の中に浮かんできたのが、驚くことに我がお兄ちゃんだったのである。

 そして冒頭の言葉に繋がるのだ。

「柚ちゃんはまだまだ子供ねぇ~。お兄ちゃん離れしないと彼氏できないわよう?」

 よもや彼女はわたしが恋愛感情で言ったわけではないと決め付けているようだ。

 無論、わたしは恋愛感情ありきで言った。

「違うよ。きっと多分わたしはお兄ちゃんが男の人として好きなんだよ」

「ええ~! 禁断の恋ってことお?」

 彼女は自身のツインテールの髪を両手で掴んで、うさぎ耳のように引っ張りあげる。なんとも滑稽なのだが、彼女なりに驚きを表しているに違いない。

 ――禁断、か。

 ある意味そうだが、 そうではない。

 だって、わたしとお兄ちゃんは――


『おれは(だん)! 今日からお前の兄ちゃんだ! よろしくな!』


 遠い昔の記憶。十年前だろうか。一つ上なのだが、坊主頭のハナタレ小僧な兄に、なんだかばかそうだなと思ったのが第一印象だった。

 そしてそれを裏切らない本当におばかな兄だった。

『父ちゃんっ、犬のうんこ踏んじまったあー!』と毎日のように泣き叫んで帰ってくるし、テストでペケだらけの十点のテストを『百点とったぞー!』と信じて疑わず自慢してきたものの、見間違いだと判明してものすごくがっかりしたり、友達のケンカの仲裁をしたのに最終的に自分だけボコられたりと、なんだか泣けてくるほどおばかな兄だったのだ。

 まあそれから時は経ち、今は高校二年生になって坊主頭でもなければ、犬のうんこもたまにしか踏まなくなった。

 でも根本は変わっていない。

 そんな兄のことは嫌いではなかったし、寧ろ彼のおかげで家はとても明るくなったので、わたしとしては楽しい生活を過ごすことができてとても満足している。

 兄はばかだが、これは愛のある罵りだ。

 愛――

 そうか、これは家族愛ではなく、本当の純愛だったのだ――

「ああ! 柚ちゃん! あそこ見て!」

 すっかりと自分の世界に浸っていたわたしは、香苗ちゃんの呼びかけで窓から見える校庭に視線を向けた。ちなみにここは一階である。

雄鳥(おんどり)先輩と八敷(やしき)先輩が一緒にいるわ!」

 雄鳥は兄の名字、つまりわたしの名字でもある。

 八敷というのは近所に住む兄とわたしの幼なじみで、下の名前を(いたる)くんと言う。

 短髪黒髪のお兄ちゃんと、茶髪で気だるそうに歩く至くんの後ろ姿が見えた。帰宅するところなのだろう。

「あたしはてっきり、柚ちゃんは八敷先輩が好きなのかと思ってたんだけどなー」

 香苗ちゃんの発言に思いきり吹き出してしまう。

「ぶっ! わたしが至くんを!? ないよ、それはないよ! ちっちゃい頃から兄妹同然で育ったようなもんなのに!」

「ええ!? それじゃあ雄鳥先輩とは兄妹として育ってないの!?」

「いや至くんよりも俄然、兄妹として育てられたよ!?」

「じゃあ普通はお兄ちゃんじゃなくて八敷先輩を好きになるもんでしょう!?」

「だってお兄ちゃんと血が繋がってないんだもん!」

「あー、そういうことね……ってうっそお!?」

 さすがは香苗ちゃん。一見おっとりした雰囲気の女の子なのだが、ノリはいいのである。

「うちのお母さんと、お兄ちゃんのお父さんが再婚したんだよ」

「……そっか、うんうんそっかあ」

 香苗ちゃんは何やらひどく納得したように頷き、両肩をがしりと掴まれた。

「あたしは応援するわ、柚ちゃん! ハッピークリスマスを目指しましょ!」

 えらい短期決戦だな。

 でも応援してくれるのは嬉しい。

 ――と思うということは、やはりわたしは本当にお兄ちゃんが好きなのだろう。

「うん! わたしがんばるよ、香苗ちゃん!」

「柚ちゃん!」

 二人で抱き締め合い、なんだかよくわからないけれど、友情を確かめ合ったのだった。

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