スイッチ作戦!?
「こちら隼人、高度3500をキープ。指示を待つ。────えっと……高度維持もどれくらいもつか分からないから早めにお願いね」
「了解、こちら夜空、隼人機を視認。約30秒後に作戦位置につく、作戦開始はカウント3で行います。────あと少しだから頑張って」
両機は慎重に互いの位置を図りながら敵機を誘導していく。
誘導といっても隼人にしてみれば下方への射撃により高度をキープさせるのが関の山である。
敵も腹の下を撃たれたら、嫌がって下方機動はしない。
それでも敵を追いかける立場にしては良くやっていると言えるだろう。
この誘導が成功するかは夜空にかかっていた。
その為、夜空はより精密な誘導と、敵機の攻撃を避けるというかなり辛い機動を余儀なくされていた。
機動は夜空の精神と肉体の両方に容赦ないダメージわ与える。
ただ、そんな状況にありながらも、彼女は意外にもこの大きな負担とプレッシャーを楽しんでいた。
それはたぶんこの作戦に賭けの要素が強いこともあったのかも知れない、しかし、最大の理由は夜空の飛行機乗りとしてのプライドがあったからだろう。
今まさに敵機を圧倒している零、出だしから長距離射撃を成功させた隼人、僚機である彼らは個人の特性を生かしきっちりと自分の仕事をこなしていた……
では、自分はどうだろうか?
彼女は無意識のうちに自分に問いかけていた。
その問いかけは彼女の心へと伝わりピリピリとした感触を肌に送り込む。
夜空はその心地よい感触に包まれながら胸の中の決意を固めていった。
やがて決意は確かなものとなり彼女の心を震わせた。
それならば自分も……
それは闇の中を歩くような不安定なものであった。だが、この作戦の構造、そして彼女の中にある飛行機乗りの熱き血によってそれは形ある道を創ろうとしていた。
自然と、夜空の顔に笑みが生まれる。
彼女は今、機体と一体化していた。彼女の機体は彼女の思いを受け入れようとする。
広く大きな空に向けて羽ばたこうとする小鳥を祝福するように。
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周囲の状況把握を行い、それをもとに指示を出す。
それが彼女の最も得意とする戦い方である。
今回は指示を出すだけでなく実際の行動も行うという誤値もあるわけであるが基本となる形に変わりはなかった。
「隼人、そろそろよ」
静かに、そして落ち着いた声が聞こえてきた。
それはまるで耳もとでささやく様な優しさと抱擁感を感じさせる声であった。
隼人は肩の力が抜けたのを感じた。
彼女の声は彼の心に届いている。
「いつでもどうぞ」
隼人は機銃の発射レバーの感覚を手のひらで確認後、“下方前方”から迫り来る敵機に意識を向けた。
「カウント、3、2、1、今!」
号令と同時に隼人は直下をいく敵機にむけて急降下攻撃を、夜空は直上をいく敵機にむけて突き上げるような攻撃を開始した。
────スイッチとは夜空と隼人が攻撃目標を入れ替えることを意味していた。
隼人は十八番の急降下により、急な状況変化についてこれなかった敵機を一瞬で火だるまにする。
夜空も完璧な死角となる真下からの攻撃により胴体燃料タンクを撃ち抜き敵機を火だるまに変えた。
複数のタイミングがコンマ1秒で、合わなければ成功しない。
まさに賭けのようであるこの作戦は完璧な形で成功した。
「こちら隼人、敵零戦一一型、1機を撃墜!」
「こちら夜空、敵96式艦戦、1機を撃墜────作戦成功よ!」
興奮した2人の声が撃墜報告を伝えた。
その数秒後、遠くの空に煙を吐きながら堕ちていく飛行機の姿が見えた。
遠すぎてそれらが敵のものであるのか、それとも零のものであるのかは判別できない。
隼人と夜空は見えないと分かっていながらもその1点を見つめながら彼の声が聞こえてくるのを待った。
「こちら零、敵機を撃墜。周囲に敵影無し────お疲れ様」
やがて待ち望んだ声が聞こえるとともにどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
だがまだ気を抜くわけにはいかない。
ここはまだ戦場である。
自分が墜されないためにも、そして仲間を堕とさないためにも油断する事は許されなかった。
やがて第九小隊が敵機を殲滅するのを待っていたかのようにして教官からの無線が入った。
脱出バルーンの避難を終えたとのことだ。
本当は避難を終え次第、すぐに駆けつける予定だったのらしいが、俺達が敵を倒すのが早かったらしい。
救命バルーンの護衛と牽引作業にあたっていた級友たちは一足早く目的地について俺達の帰りを待っているそうだ。
「お前達良くやったな、離脱作業をしながら時々後ろを見ていたのだがお前達の動きにはこちらも冷や冷やさせられたぞ。まぁそれはそれとして今日の午後と明日の訓練は中止になったから十分に身体を休めておけよ」
「ご配慮ありがとうございます」
戦闘後に起こる極度の精神疲労を感じさせない声で夜空が答えた。
それとも撃墜の興奮が麻酔作用を起こしていたのであろうか……。
「言い忘れていたが夜空は今日の戦闘の報告をしてもらうから後で俺のところまで来てくれ」
「了解」
夜空は無線越しであっても敬意を払い、敬礼の姿勢をとって命令に答えた。
敵殲滅後、第九小隊は援護に駆けつけた中川教官、他2機の護衛を受けて目的地へと飛んでいた。
その穏やかな飛行の中、その話題は始まった。
「お前達に良い知らせがある」
「それは?」
ノリのよい夜空の問いかけに、〝待ってました〟と、いうように教官は話を続ける。
本来このようなノリが好きな2人は話をややこしくしないために教官との無線には入ってこないように指示をしてある。
「すぐに分かるさ」
そこで〝焦らさないでください〟とでも繋げられたらより、ノリが良かったのだろうがその報告は直ぐにもたらされた。
「未確認機発見。高度5000、距離15000、真っ直ぐこちらに向かってきます────恐らく彼女です」
護衛の教官機からである。
彼女?夜空の頭に疑問符が浮かんだ。
その報告を聞いた教官の雰囲気が変わった。
「如月小隊長、坂井訓練生と笹井訓練生に中隊無線を開くように指示しなさい」
やけに改まった口調であった。それはこれから始まる話の重要度を伺わせるのに十分なものであっだ。
「了解」
緊張の色をのぞかせながら、夜空はすぐに2人へ向けて中隊無線を開くように指示をだした。
返事はすぐに返ってきた。まぁそれもそのはずであり、2人は夜空の命令を守らず教官とのやり取りを静かに聞いていたようであった。
2人にもこちらの声が聞こえていることを確認後、教官からその報告はもたらされた。
「よし、ではただ今をもって正式に第九小隊配属となる人物を紹介する」
無線越しに2つの息を呑む声が聞こえた。
気付かないだけで、自分の口からも漏れていたであろう事は想像に難くない。
その声を待っていたのだろうか、教官の爆弾発言に合わせるようにして上方前方を飛ぶ飛行機はこちらにむけて急降下を開始した。
風を切り、その身を1つの弾丸としてその機体は降下してくる。
その機体の名は『F6Fグラマン ヘルキャット』アメリカが対零戦用に作り上げた艦上戦闘機だった。
ヘルキャットはこちらの編隊の中央を突き抜けるとすぐに機首を反転し、降下によって加速したスピードを消化しながらこちらの編隊に近づいてきた。
位置エネルギーから、運動エネルギーへの転換である。
彼女は、そのままこちらとの距離を詰めると、隼人の左後ろのあたりで機体を落ち着かせた。
それは小隊の4番機が飛行する場所である。
「では、自己紹介を」
「イエス! 本日付で第九小隊配属となりましたケイリー・アレキサンダーです。ケイリーと呼んでください」
私達はすぐに反応することができなかった。だが、その理由は彼女の急な入隊に対してではない。
確かに驚くことではあったが教官の話しぶりからしてそのような予感がしていた分だけまだ衝撃は小さかった。
私達が本当に衝撃を受けたのは、彼女の実力に対してだ。
水平飛行から急降下に移る機動、ほとんど修正なしで狙った位置へとダイブする精密な計算力。
その後の編隊飛行につくまでのスムーズな動作、それだけで彼女の実力の高さが伺われた。
パフォーマンスとしては余りにもインパクトの強い登場であった。
この日を境に、彼ら第九小隊はようやくフルメンバーでの活動を開始することとなったのだ。
ここにまた1人、『澄清の翼』を追い求める者が加わった。
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その数時間後、教官室
「失礼します」
「来たか」
えらく低い声だった。
いつもの教官とは違う、直感的に彼女はそう語った。
それは飛行機乗りとしての勘ではなく、誰とがもつ感覚────恐れによるものだった。
「今回、君を呼び出した件についてだが、あれは建前だ。実はお前達の作戦自体は君たち一人一人の機体につけられているGPSによって確認したために改めて報告する必要はない」
「それでは?」
夜空の中に困惑が広がっていった。
「君には今日、澄清の翼に至る切符が与えられた」
切符?更に彼女の困惑は広がる。
「君は今日、機体と一体化するような感覚を感じたはずだ。それが切符だよ。それをどうするのかは君次第だ」
「どうするって・・・?」
「それは自分で見つけないとな。まぁヒントを欲しいのなら君の仲間たちに聞いてみるといい。彼らも君と同じ“候補者”だ。自覚しているかは分からないが力になってくれる可能性は十分にある」
そこで教官の話は終わりだった。
そこからのことは余り覚えていない。気づいた時には布団の中だった。
澄清の翼……日本最強の部隊、鷲のマークをシンボルとする空を守るもの……。
遠くで狼の遠吠えが聞こえたような気がした
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☆F6Fグラマン ヘルキャット(ケイリー機)
・最高速度時速 603キロ
・武装 12.7ミリ機銃×6
ヘルキャットの防御力は高く、コックピットの防弾銅板は7.7ミリ機銃を全く通さない。