飛形部隊vs第九小隊
「2人とも、最低1機は撃墜、もしくは戦闘不能にしなさい!これは隊長命令よ」
「「了解!」」
夜空は何も冗談を言っているわけではない。
なぜなら、戦略上、最初の降下攻撃で1人1機、つまり、3機撃墜出来たとしても数の上では現状3対4となり不利な状況で戦闘を始めることになるのだ。
それ以上の戦力差が開いた場合こちら側に勝算は無い。
ただ、1機の不利までなら勝てるまではないにしろ教官が来るまで持ちこたえる自信が夜空にはあった。そして、それだけ僚機の2人を信じてもいた。
「各自、撃ち方始め!」
命令と同時に隼人が発砲を始める。
それは明らかに96式艦戦の有効射程圏内を超えた位置からの射撃であった。
夜空の顔に驚きの顔が浮かぶ。しかし、それはそのタイミングに対してではない。
真に驚かされたのはこの行動によってついてきた戦果だった。
彼は放った弾を全て敵96式艦戦に命中し、あっという間に1つの燃える鉄くずへと変える。
味方が殺られた事に気づいた敵は左右に離脱を始めた。
それを視界に収めながら、数拍遅れて夜空と零も射撃を開始する。
2人の銃弾は離脱のタイミングが遅れた最後尾の2機に向けて放たれる。
まず零の攻撃により敵零戦一一型1機の舵を破壊、続く夜空の攻撃によって敵96式艦戦1機が炎上した。
更に隼人に至っては1機目の炎上を見るとすぐに射撃対象を切り替え敵96式艦戦の舵を破壊することに成功していた。
風防越しに3つの黒い線が見えた。
この攻撃により敵機の中で無傷だったのは零戦一一型3機のみである。
敵機は未だ5機残っていたが内2機は舵の故障によりほぼ戦力外と言っていいものだった。
これにより彼我戦力は自質的に互角となっていた。
「流石隼人、軽戦闘機での降下攻撃なんてお手の物というわけだ」
高火力型の隼人にとって、効果攻撃は十八番の機動である。
その腕は一撃離脱が不得意な軽戦闘機に乗ってもなお、そのキレに綻びを見せない。
「零、僕を褒めても何も出てこないよ」
もう戦闘は始まっているというのに2人の口調は軽かった。
だがそれは、この小隊での初空戦にたいする緊張、それをを隠すためのものであることを夜空は感じ取っていた。
「2人とも軽口はそれくらいでやめておきなさい、──墜とされてもしらないわよ」
厳しさを乗せた声が、薄く広がる雲に染み込んだ。
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戦闘は本格的に乱戦へともつれ込んでいく。
高火力型で乱戦を得意としない隼人はもちろん、万能型の夜空も戦闘の全体を把握するのは難しい状況へと事態は進行していた。
そんな中でもその狭い戦域の中を自由に飛び回り、敵を翻弄し、味方の援護をこなす奴もいた。
「敵機、直上!」「背後につかれた!」「命中!」
「流石、純戦闘型よね……」
「ホント、僕はこんな状況だと堕とされないようにするので精一杯なのに」
両者とも常にかかるGに耐えながら、一瞬自分の状況も忘れ、そいつの無線に耳を傾ける。
戦闘が始まって数分、生き生きとした声で戦況報告をする零の声を聞きながら隼人と夜空は飛んでいた。
短い時間の中でも零を最大驚異と認識した敵は隼人と夜空と空戦をしている2機を残して全機零に空戦を挑んでいた。
とは、言っても3機の内2機は手負いである。まさに水を得た魚と化している零にとって、この2機を堕とすことは射撃訓練と同等だった。
1機目は零の下方旋回についていけずに失速して森に落ち、2機目も零に後ろを取られ、今にも墜とされようとしていた。
敵は最後の賭けだというようにスピードを失速域ぎりぎりまで落として最小半径での旋回を行う。
最後の足掻きで逆転を試みたがいかんせん、舵が壊れていたために機体がゆうことを聞かない。
一瞬無防備になったところを零に蜂の巣にされ火を吹きながら森の中へと消えていった。
上空に浮かんでいる救命バルーンはこれで2つとなった。
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~隼人side~
零が2機目の敵を堕とそうとしていた頃、隼人も敵96式艦戦1機との戦闘を行っていた。
敵は純戦闘型のようである。
しかし、機体の旋回性能の点でこちらが上回っていることと元々の練度が優っていたことによって、今のところ隼人は、敵と互角以上の戦いを演じていた。
それでも決着が着くのはまだ少し時間が掛かりそうであった。
と、いうのも隼人は早いうちから敵機の後ろを取ることには成功した
のであるのだが……
その後が続かなかった。
────隼人は絶好の射撃位置を取ったにかかもわらず、弾を敵機に当てれないでいたのである。
隼人の旋回戦における射撃の腕は〝ド下手〟であった。
理由としては操縦を始めた時から師匠により、高火力戦闘型の資質を見出され、それに特化した訓練をしていたことにあった。
一才を極めるため、他を捨てたものの弊害である。
一般的な指導者ならば基本を疎かにする訓練など行うはずはないのであるが、生憎彼らの師匠はお世辞にも一般的とはいえない。
仮にその弊害を知っていたにしても、そこは自己責任と割り切っているのであろう。
まぁ、しかし、その意図が弟子に伝わっていることはなく……
「何で、当たらないんだよ!」
弱点を放置した者の姿がここにあった。
搭乗員席に彼の悲痛の声が響いた。
それでもまだ余裕があるように聞こえるのは自分が狩る立場にいるからだろうか。
彼はまさに下手な鉄砲も数撃てば当たるとも言わんばかりに発射レバーを引き続けた。
~夜空side~
隼人が下手な鉄砲を数撃っていた頃、夜空は逃げていた。
これでもかというほどフェイントをかけながら敵機の弾を避けていた。
「もう嫌!」
獲物となった夜空の声が響いた────
────夜空と敵零戦一一型との空戦は隼人とほぼ同時に始まっていた。
そして、夜空はそれからそれほど時間を置かずして獲物となっていた。
夜空は隼人や零と違い一種の操縦技術が特別優れているわけではない。
ないし、計器飛行を入れるであればその限りではないのかもしれないが、どうせこの状況に至っては関係ない。
実践的技術はその全てが平均、またはその少し下という程度である。
だからこその万能型であったとも言えよう。
中学時代、夜空は中隊長ではあったが切り込み隊長として積極的に戦闘をするタイプではなかった。
どちらかというと高空や後方からの指揮を執る後方支援を重きに置くタイプの中隊長であったのだ。
性格的にも周りを見る目に長け、それでいて冷静な判断も下せる彼女は誇りと自信をもってこの仕事をこなしていた。
そういうこともあり、空戦の訓練を積極的に行っていなかった彼女の技術は低い。
万能型の中においても中の下といったところであろう。
そんな彼女が、少しばかり敵より旋回性能の良い機体に乗ったところで純戦闘型にかなうはずがなかった。
「くそ!くそ!」
女らしからぬ汚い言葉を吐きながらも、夜空は持ち前の広い視野をもって敵の攻撃をかわしていく。
どれくらいそうしていただろうか、ふと、夜空はその視野に隼人の乗る96式艦戦の機影を捉えた。
それを、脳が認識した時、夜空は遂に敵を墜せる可能性がある策を思いついた。
技術で劣りながらも、得意なチーム戦術を方法を……
「隼人!ちょっと聞きなさい!」
策を思いつくや否や夜空は開きっぱなしだった小隊無線に己の思考をぶちまける。
「ハァーーーン!?」
策を聞き終えた隼人が、一拍置いて、ありえないと言うように声を上げた。
今、彼の顔を見ることが叶うならば、相当面白い顔が見れただろう。
「いいんじゃないか。ギャンブル、俺は好きだぞ」
隼人の反応を楽しむようにしてそれに賛成する声がでた。
「それにお前本当はワクワクしてるんだろ?伝わってくるぜお前の心の声が。夜空もこいつの反応は気にせずにやってこい!こいつは口でこそこんな事を言ってるが危険な事には結構慣れてるから大丈夫だ」
零の声は酒ならぬ〝空戦〟に酔い、テンションが高い。
「1つ訂正させてもらうとその危険な事に慣れてるのは9割以上、零のせいだからね」
幼なじみの関係がわかる会話を聞いたところで、そろそろ策を使う絶好の位置まで敵を誘い出すことに成功しようとしていた。
隼人と夜空はなんだかんだで話しながらでも機体を操れるほどの余裕はあったようである。
「じゃあ隼人、スイッチ作戦始めるわよ!」
「……その作戦名……そのま、……」
その次は言わせないとばかりに無線から夜空の無言の圧力が感じられた。
この時、夜空機の高度は2300m。
隼人機の高度は3500m。
両機の距離は2000。
その距離は敵機を誘導する2人の手により徐々に縮まっていく。
彼らの行く手には濃淡のある薄い雲が広がっていた。