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澄清の翼  作者: 幸桜
序章
4/28

合宿の始まり

「エンジン始動!」

 やっと朝日が顔を出した頃、ラバウル校に隣接する佐賀空港には生徒が搭乗する143機の96式艦戦と、教官が搭乗する4機の零戦二一型が並んでいた。

 4つある滑走路はフル活用され、まさに圧巻の景色である。


「各自、自機に乗り込め!」


 更に教官からの指示が飛ぶ。俺達を含めた若い搭乗員が次々と96式艦戦に乗り込んだ。


「離陸!」


 朝の澄んだ空気に教官の声が高らかに響いた。


  合図と共に教官機を中心とした第一飛行戦隊35機が飛び立ち始める。もちろんそれに続いて俺達第9小隊も離陸する。


 脚が地面を離れると、耳を震わせていた多数の音がなくなり、聞こえるのは自機の男だけになる。


 合宿1日目にして、最初の訓練は合宿予定地である鹿児島空港までの編隊飛行訓練であった。距離は約155キロメートルであり、所要時間は約45分といったところだろう。


 第二、第三、第四飛行戦隊はそれぞれ、10分おきに離陸することになっている。第一陣となる第一飛行戦隊は96式艦戦の軽やかな音を上げながら素早く編隊を組み、一路鹿児島空港に向けて進路をとった。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


──── 出撃して30分程の時間が過ぎた


「2人とも意外とやるわね。編隊飛行も長距離飛行用の余裕のある幅が取れてるし、何より旋回する時に指示を出す必要もないくらいピタリと後ろに着いて来るからびっくりよ!」


 夜空の賞賛は気分とりではなく、素直に呟かれた。


 航路も残り3分の1となり気持ちに余裕が出てきたのだろうか、夜空が飛行指示ではなく雑談の為に小隊用無線を開く。


「そんなことないよ。それより、夜空こそ良い腕して……」


 そこで不自然に零の声が途切れた。


「どうした?」


 明らかに警戒していることを伺わせる声が無線から流れてきた。

 隼人だ。彼はこれまで零と飛んできた経験によって零の雰囲気が変わったことを敏感に感じ取っていた。


  零の意識は遥か遠くの空に向けられている。いや、正確に言うならば彼の意識はその彼方の空に浮かぶ小さな黒点に向けられていた。


 いくつもの雲を挟んで見えるそれらはいつ見失ってもおかしくはない。

 零の思考は確信に至り、大きく息を吸い込んだ。


「10時方向、約10キロ先、機影複数確認!夜空、すぐに教官機に連絡しろ!」


 深呼吸の役割を兼ねて叫ばれた指示に力が宿る。


 飛行機乗り、絶えず命と隣り合わせに生きる彼らにとって日常と戦闘との切り替えは早い。


「了解!」


  その特性に漏れる飛行機乗りは〝この学校〟にはいない。

 彼らの反応に迷いはない。一旦気を緩めていたにしろ、流石飛行機乗りの卵である。



 教官機からの返答は早かった。すぐに戦隊用無線によって隊全体に事態が知らされた。その報告はすぐにラバウル校へも打電される。機影の正体について確かめてもらうためだ。


 程なくしてラバウル校からの返電があった。

 機体信号を識別した結果、敵機の正体は九州北部を根城としているヒットマン、『飛形部隊』とのことである。


「全機に告ぐ!これより我が第一飛行戦隊は戦闘態勢に入る。敵は『飛形部隊』所属の戦闘機8機だ。お前たちは飛行機乗りとしてはまだまだ新米である。だが、お前達はもうラバウル校生だ。甘えは許されない、ヒットマンごとき叩き堕としてやれ!」


 教官の言葉に隊の士気が一気に上がったのが感じられた。

 それにここにいるメンバーは、飛行機乗りとして新米とは言っても同年代の中ではトップレベルの実力を持つ者達の集まりである。そんな簡単に堕とされるような面子ではない事は確かだ。


 そして、その実力は程なくして証明される事になった。


 会敵は反抗戦、つまり敵と味方が正面から激突するような形から始まった。

 敵機と先頭を行くこちらの第一中隊が正面衝突するようにすれ違う、この一瞬の間に 第一中隊は2機の被害を出しながらも敵機1機を堕とすことに成功する。


 燃える機体は雲に入り、すぐに視界から姿を消す。

 その場に残る3本の黒い煙のみが存在を表していた。


 反抗戦は撃墜出来る確率は高いが同時に撃墜される可能性も高い戦法である。だが、この戦法は数の上では8倍の戦力をもつこちらとしては理にかなった戦法と言えるだろう。



 ……それに現代は空戦で死ぬことは希だ



 現代飛行機乗りの共通の認識が思考をよぎった。


「第二中隊は第一中隊の援護、第三中隊は3小隊ごとに別れて周囲の警戒、第四中隊は高高度に待機して敵機の隙を見て攻撃しろ!」


 戦闘もここまでくると流石に隊の最後尾にいた俺達にも敵機の機種がはっきりと確認できた。内訳は96式艦戦4機、零戦一一型4機であり、内96式艦戦1機は先程の反抗戦により撃墜している。


「敵機確認、第二中隊は続け!」


  第二中隊中隊長、磯崎が指示をだす。

  第一中隊に続いて第二中隊が反抗戦に臨んだ。


 12機の編隊は乱れることなく一直線に前部隊の機動をなぞる。


  だが、この先程と全く同じようにして行われた攻撃は通用しなかった。

 敵機は96式艦戦の有効射程に入る直前、全機一斉に機首を上方に向けた。

 それに釣られるようにして先頭を行く2個小隊8機が機首を90度持ち上げる。


 ジェットコースターの下りを逆にいくような機動で敵と味方が上昇する。



「よし、全機発砲!1機も撃ちもらすな!!」


 磯崎は隊員を指揮を鼓舞しながら先頭に立って切り込んでいく。


  表面的に見れば第二中隊が有利に立ったように見えた。



────だが、次の瞬間、彼とその仲間達の体は思考が追いつく前に機外に放り出され、脱出バルーンの中に閉じ込められていた。



「どう、して……」


彼らの顔は紅く照らされている。

その目の前で炎に包まれる自機が視界の外へと姿を消した。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 この第二中隊による攻撃は高高度で待機している俺達にははっきりと見えていた────


────敵機の機動は所謂釣りと言われる戦法だった。この戦法は速度で上回るのが絶対条件として成り立つものであり、まず自分が直角へ上昇し、それに敵機を着いてこさせる。次に速度で劣る敵機が失速し、無防備になったのを見計らって、上空からUターンして仕留める方法である────


  ただ、気づいた時にはもう遅かった……眼下ではなす術もなく次々と堕とされていく味方機の姿があった。


「行くぞ……」


 その声は決して大きいものではなく、それは誰の発した言葉なのかさえ分からなかった。

 もしかするとそれは自分の声だったのかもしれない。ただ、今聞こえたこの言葉は小隊員全員の思いだということは分かっていた。


「これより、第九小隊は第二中隊の援護に向かいます」


 中隊無線を通じて夜空の言葉が伝えられた。


「了解。こちらも第一、二中隊の被撃墜者の離脱を確認後直ぐに応援に駆けつける。それまで何とか持ちこたえろ!」


「「「はい!」」」

 3人の力強い言葉が重なった。



「これより第九小隊は空戦に入ります。初撃こそは小隊による降下攻撃を仕掛けますがその後は各自臨機応変な機動を行って下さい……つまり、自分の好きなように暴れてきなさい!」


 その命令を引き金として第九小隊は一糸乱れぬ動きで機首を敵に向けて急降下を始める。

 隊長機と僚機との間に差は見れない。


 実際は離れているのであろうが空の上では〝存在しない〟レベルの距離であった。


「……あいつら、ホントに出来たての小隊なのか……?」


 脱出バルーンの中で1人の搭乗員がつぶやいた。



────夜空は飛行人生で一番と行っていいほどの頼もしさを感じていた。零、隼人、彼らの腕がそこらの学生と比べて大差無いばかりかそれを上回っているのは一緒に飛んでみてすぐに分かる。


  極めつけは先程の急降下である。あの機動は無線によって指示を出したものでは無かったのだが彼らはそんな事は全く感じさせない動きで夜空の機動についてきた。

 夜空の興奮はどんどん高まっていった。



───────────────────────────────────────────

機体解説

☆96式艦戦(ラバウル校)・武装 7.7ミリ機銃×2門

・最高速度 時速458km


☆96式艦戦(飛形部隊)

・性能は上記と同じ。違いはエンジンを強化してあるため最高速度が上がっている。但しその分の重量増加により、旋回性能は低下。

・最高速度時速470km


☆零戦一一型(飛形部隊)

・武装 7.7ミリ機銃×2門、20ミリ機関砲×2門

・最高速度 時速517.6km


☆零戦二一型(教官機)

・武装7.7ミリ機銃×2門、20ミリ機関砲×2門

・最高速度 時速533.4km















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