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澄清の翼  作者: 幸桜
序章
3/28

入学式

────入学おめでとう。私はここ、ラバウル航空高等学校校長の中村だ。



 壇上に立つ男は区分でいえば高齢者と言われる範囲にあたる年齢に見える。

 しかし、その立ち姿、話し方に弱々しさは感じられない。


 彼、まさにそう呼ぶに相応しい気配に会場の生徒の緊張が高まった。



 諸君も知ってのとおり、我がラバウル校は完全実力主義を目指して作られた九州最大の学校である。そのためここでは3年生への進級時に厳しい基準を設けていることは皆も知ってのとおりだろう。



 思わず頷く者、彼の威圧に声を出せない者、睨み返すように殺気を出す者、皆が様々な反応を起こす。

 しかし、その誰もが少なくとも空気を揺らすという点で沈黙を保っていた。



 君たちが中学時代から注目されていた者ばかりであるのはこちらも把握している。

 だが、我が校は設立当初より九州のエリート校として名を成す高校である。


 もし、この中にまだ過去の栄光を掲げ、縋りつくやつがいるのなら……



 一旦の言葉の途切れに息をする者は居ない。

 完璧に聴衆となった生徒たちは強制された静けさに取り残される。



 さっさと荷物まとめて出ていけ!!



……すまない、少し熱くなってしまったようだ。

話を進める。



 流石にこの場の雰囲気に責任を感じたのか、感情の混じった声に、核の優しそうな彼の性格が浮きでていた。



 進級におけるルールを一応確認と再認識させてもらうと、3年への進級が許可されるのは今年の新入生144人の内、1個『飛行戦隊』にあたる36人のみである。

 この36人に入ると九州トップレベルの実力を持っていることを証明することにもなる故、飛行関係の職業は勿論、今日における航空学校卒業生の主な仕事である運搬、その護衛を優先的に回して貰えるようになる。

 そのため、今後の社会生活において有利になるのは言うまでもない。



 急に事務的な口調に戻った彼は淡々と用意された文を読み上げていく。



 だが、この狭き門をくぐり抜けられるのは相当に難しい。この門をくぐり抜けたければ周りはすべてライバルであるという認識を常に持って学校生活を送って欲しい。

 それでは諸君の2年間の健闘を祈り私の言葉とする────



 合図なく、全て生徒が立ち上がった。

 皆の直立不動の敬礼が彼の存在感をより、強調した



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 入学式終了後、俺達は体育館に掲示されていた飛行戦隊のメンバー表を確認し、指定された教室に待機していた。

 体育館には人が300人もど楽に入れられるスペースがあり、田舎の村で育った俺たちにとってはただその大きさに驚くばかりである。


 俺と隼人は運よくと言いたいが、どう考えても裏からの手引きによって共に第一飛行戦隊に配備されていた。


 指定された教室は戦隊の作戦本部としても利用されるため、普通の学校の教室と同じように見えて音楽室とは比べるほどもないほどの防音加工が施されているらしい。


 花や装飾具は何もなく、壁に唯一かかる古びた時計が教室の流れを示していた。


 外を見ると、遠くまで広がる緑を拝むことができ、平野の素晴らしさを感じさせられた。


  だが、この時代においてこの奇妙な平らさは大戦の被害の名残を残している。


 今では歴史の1ページとして残るあの事実は確かにこの国を残らず焼け野原にしていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「みんなおはよう!俺は第一飛行戦隊の教官を務めることになった中川だ。よろしく頼む。今日は今後の予定についての確認と少し連絡があるだけだから絶対寝ずに集中して聞けよ!」


 学校生活初日の記念すべき一回目のホームルームが始まった。

 先生の髪はスポーツ刈りで、身長は180センチメートルほどあり、その話し方同様、若々しさのよく残る姿であった。


 軍人的性格の強い人が多い教官たちであるが、その爽やかな笑顔のためか、中川教官にはとても気さくな印象を受けた。




「まず直近のスケジュールについてだが入学式のパンフレットにもあった通り、明日から1週間程度、毎年恒例のオリエンテーション合宿が行われることになっている。今回の合宿の一番の目的はホームルーム後に発表されることとなる小隊の絆を深めることにある。まぁお前達、せいぜい初の合宿を〝もがいてこい〟」


  最後の先生の言葉は何か奥歯にひっかかるものがあったが、それは新入生を脅す決まり文句のように思えた。

 残りの連絡も宣言通りすぐに終わり最後に小隊メンバーの発表をしてホームルームは解散となった。


 あまりに呆気ない終わり方に若干の戸惑いが無いこともないのだが、クラスでの自己紹介を〝命令〟されるよりは何倍もスッキリする終わり方である。


 程なくして、教室には新しさに興奮する者たちのざわめきが訪れた。

 そのざわめきは等しく新鮮さを感じる身として心地よく鼓膜を震わせる。



 俺と隼人は同じく第九小隊に配属となった。

 これについても爺さんによる工作を感じたが、小隊メンバーは実力や相性などをふまえて構成されているそうなのでそういう事も有るのだろうと納得したいところである。


 実際、相性という面では俺たちに勝るものはいないと言えるほどに強い絆で結ばれている自覚はあった。


  幸いにも他の小隊を見てみると俺達と同じように見知った顔と同じところに配属された人は少なくなかったため、そういうものなのだと思うことができる。


 教室ではすでに小隊メンバーの顔合わせが始まっている。

  だが俺達はそれほど急ぐこともないだろうと自分から声を出すことはせずただぼんやりとクラスの喧騒を見ていた。


 クラスメイトの無邪気な笑顔に子供時代の記憶をぼんやりと蘇らされる。



「あなた達が零君と隼人君?」


  やがて教室の殆どの人間が自分の小隊メンバーを見つけて自己紹介を始めだした頃、1人の女の子が俺達に声をかけてきた。


 髪は全てを吸収するような深い黒、引き込まれるような黒は夜を感じさせられる。

 その髪は肩にかかるぎりぎりのところで切られ整えられていた。


 このタイミングで話しかけてきたことやこの教室内で俺達以外は4人組で話し合っているところを見るに残り1人の第九小隊のメンバーなのだろう。


 因みに小隊というものは基本4人の搭乗員によって構成されるのだが、俺達の小隊には今のところまだ3人しか配備されていない。

 と、いうのも最後の4人目となる人物はアメリカからの留学生であり、太平洋の天候不良によって配属が数日遅れるらしいのだ。



「じゃあ、早速自己紹介から始めていきましょうか。私の名前は如月夜空、実力としては96式艦戦のA級ライセンスと零戦のC級ライセンスを持っている。と言えばいいかな。中学時代は中隊長をしていた事もあって状況把握による仲間の補助をするのが得意だからアシストを求めてもいいわよ」


 小隊での話し合いは基本からそれることなく無難に自己紹介から始まった。

 クラスではともかく、小隊内で自己紹介をしないという失礼を働くことは流石にしない。


 しかし……



「「……」」



────にもかかわらず俺達はそれに続く言葉を発せずにいた。

  俺達の口は硬直し、顔には笑顔と冷や汗が浮かんでいる。


 先ほどまではバックサウンドであったものが今でははっきりと聞こえる。

  特に整備員の鳴らすレシプロ機のエンジン音はその主張をはるかに大きくする。



  その音と呼応するように俺と隼人の頭の中は今季最大級に忙しく回転していた。

 その理由は単純で2人とも夜空が当たり前のように口にしたライセンスというものが何か分からなかったからである。

 いや、正確には名前だけは知っていたのだが……。


 ただそれはテレビでなにか見たことがある程の認識であり無知とそう変わらない程のものだった。


「えっと……、私の自己紹介なんか変だった?」


 人に慣れた様子の夜空も流石にこの不自然な間に違和感を覚えたのか、とても不安そうに聞いてきた。


 だが俺達が黙ってしまったのは勿論夜空の自己紹介が悪かったせいではない。ただ、ライセンスというものが分からない以上答えようにも答えようがなかったのである。


  だからと言ってこのまま黙りを決めこむのは夜空があまりにも可哀想である。程なく俺達は視線での会話によって答えれる分だけでも答えるのが無難だろうという結論に至った。


「いや、何も夜空の自己紹介に悪いところは無かったよ。それどころか模範のような自己紹介だったよ!」


 こういう時の受け答えはいつも対人関係のスキルの高い隼人の役目である。

 微妙に取り繕う感がなかったわけでは無かったが無難な受け答えだと思われた。


「本当!? 良かった!────でも……、じゃあ何でさっきは2人して急に黙っちゃったの?」


  一瞬、誤魔化せたかな、という考えが頭をよぎったが人生はそう甘くは出来ていないらしい。

 夜空からのもっともな質問によってその考えは呆気なく消滅した。

 更に向こうからしてみればおそらく〝ライセンス〟というのは一般常識の範疇であり、それが分からなかったなど想像出来るわけも無いのであろう。

 ここは、正直に白状するのが得策というものである。



「実は僕達ライセンスの事が何か分からないんだ……」


「そっか、ライセンスが分からなかっただけなのか!そうなんだ、ただライセンスが分からなかっただけなのかぁ────……?! ライセンスの事が分からない?」



 夜空はここに来てやっと俺達の言葉の意味を理解したようである。

 再度3人の間に沈黙が訪れた。ただ今回の場合頭の整理が出来ていないのは俺達ではなく夜空のほうである。


「えっ……と、冗談……よね?」


 やっと言葉を発したのは夜空だった。顔は笑っていたがその目は明らかにこちらを心配する純粋な思いが詰まっていた。

 この時ほど他人に対して申し訳ないと思ったのはいつぶりだっただろうか。


「「これが冗談だと信じたいです……」」


 弱々しい少年たちの声が静かな空気を震わせた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


  夜空も最初こそは俺達の無知ぶりにびっくりしていたようだったが、流石元中隊長と言うべきか何事もなかったかのようにライセンスについての説明をしてくれた。

  ただ度々挟まれた横槍(ほぼ俺)によって無駄に長くなってしまったため要略すると、


────ライセンスとは一言でいうと飛行機の運転免許証のようなものらしい。ただ車とは違い機種事に免許が設定されており、更には同じ機種の免許でも3種類に分かれていて、上からA級、B級、C級となっているという。


  この3つの分け方に関しては簡単に言うと、A級は実績のある搭乗員、B級は戦闘ができるレベルに機体を操れる搭乗員、C級は社会生活を送る上での移動手段として機体を操作できるレベルの搭乗員ということらしい。


  ちなみにここ、ラバウル航空高等学校は九州でトップの実力を持つ学校であるため在校生の半分以上の人数が何かしらの機種でA級ライセンスを獲得しているとのことだ────



「で、あなた達は何でこんな一般常識さえも知らないわけ?」


  説明している時の落ち着いた雰囲気はどこへ行ったのか、目の前の少女からは若干の苛立ちが感じ取れた。


「実は……俺達公式の試合に出たことも無ければ、師匠を含めなければ俺達以外の搭乗員と一緒に飛んだことがないんだよね……」


「……」


夜空はすぐに言葉を紡ぐ事はせず、じっくりと思考を整理してから言葉を発した。


「さっきの零の言葉に出てきたように僕達は飛行技術に関しては学校ではなく小さい頃からお世話になっている師匠から教わっていたんだよ。それで中学時代は選手登録なんて勿論してないからエントリーが叶わなくて公式戦に出たことがないんだよ」


────公式戦にはね────


 隼人が俺の言葉では説明不足と判断したのか付け加えてくれる。ただ最後につぶやくように添えられた言葉はすぐ横にいた俺だけにしか届かなかった。


  そう、俺達には公式戦での戦闘経験は皆無な一方でそれを軽く上回る多さの実戦経験があった。


  師匠の教育方針は基本習うより、慣れろというものであった為、俺達は修業の一環として師匠と一緒に輸送機や旅客機、果ては模擬戦闘での爆撃機の護衛任務を引き受けていたのだ。


「まぁだいたいの事情は分かったわ。それで話をはじめのところまで戻すけど、あなた達……零と隼人は自分がどのライセンスを持っているのか知らないのよね?」


  夜空はふと、納得したかのような顔を浮かべると疑問と言うより確認の意味を込めたであろう言葉を発した。


「うん。けど、僕達にもそれぞれ得意な機体はあったから予想はつくかも」


「じゃあそれだけでも教えてもらおうかな。ライセンスのように確実なものではないにしろ重要な情報には違いないからね。それにライセンスについては多分教官に聞けば教えてくれるはずだから今日、教官の仕事が一通り片付いた頃にでも一緒に会いに行きましょうか?」


「悪い。助かる」

「ありがとう〜、夜空」


 少し堅い言葉の零とやけにテンションの高い隼人の言葉が重なった。


  その後は小隊部屋のミーティングルームで話をしようという話になり、場所を移動することになった。


  小隊部屋の中は3つの空間に分かれており、その内2つが私室、残りの部屋の半分を占める空間をミーティングルームとしていた。


  話といってもそれほど話し込むことはせずに比較的直ぐにお開きとなった。


  その後は各自、自由時間とすることになったのだが俺と夜空は初日の緊張感による疲れや、明日からは合宿ということもあり特に何もせずに就寝した。

 ただ、隼人はまだ何か調べたいことがあると言ってその後も1人でパソコンをいじっていた。



  それで、今日の話し合いの結果なのだが、3人それぞれの戦闘の特徴について簡単に言うならば零は旋回戦を主とする純戦闘型、隼人は反抗戦や一撃離脱を主とする高火力戦闘型、夜空は基本何でもそつなくこなせる万能型、ただあえて特徴を上げるとするならば夜間や霧の中での計器飛行らしい。



  ちなみに夜空は出身である福岡で毎年開かれている夜間戦闘の大会や海の上で行われる大会などでの実績もある程度あるらしくその分野についての実力は折り紙つきということだ。


  最後にそれをふまえて小隊長を決めたのだがそれは全員一致で夜空ということになった。

 中学時代に中隊長を務めていたヤツとほぼ身内だけで飛んでいたヤツらの中で選ぶなら当然の結果と言えるだろう。


  これは話し合いの最後のあたりで議題に上ったのだが、俺達の小隊に最後のメンバーの留学生については、到着が遅れているうえに、更に事前情報もないためにその人のことは合流してから考えようということになった。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 これは完璧に事後報告となってしまうが俺と隼人のライセンスは家から送られてきた荷物と一緒に届けられていた。

 ちなみに俺は零戦シリーズ、隼人は飛燕シリーズの全てのB級ライセンスを取得していることが分かった。同封されていた手紙に師匠のサインと共に〝ごめんね、テヘッ♡〟と書かれていたのは都合よく忘れるつもりである。





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