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澄清の翼  作者: 幸桜
第1章 サバイバル
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グレネードは鉄の味

 山の拠点 前衛 (頂上より下って150メートル)


  1人の少女がその瞳をスコープに捧げている。


  彼女の名は『藤村 菊乃』

  その肩書きは、第一小隊 三番機。


  彼女が抱えているのは〝99式狙撃銃〟

  この銃は99式小銃を狙撃しようにしたものであり、有効射程距離は800メートル。

  装弾数は5発のボルトアクションといった性能である。

 

  地面に転がる空薬莢、まだ、熱い金の質量は彼女の高ぶった衝動に代わっている。



  藤村 菊乃、彼女こそ、夜空、ケイリーと対峙している張本人。

  Aチームの『スナイパー』である。


  スコープの世界に映るのは岩肌とまばらに付いた苔と……複数の銃痕。


  最後に心のスコープに映る二つの影。


  先程は捉え損ねたそれらを生かして返す気はない。


  一瞬でも頭が出れば、それで十分だ。


  ────もう、当たる


  距離は自ずながら、気象条件も変わらない。

  意識の端で雑草が風と踊っている。



  集中



  更に研ぎ澄まされる感覚。


  それが捉えたのは、敵の姿────、否、あまりにも小さな質量と……



  ポンッ



  と、一回気の抜けた音だった。


  高く昇った質量。それは、放物線を描きながら落下を始める。


  落下点は敵とこちらの丁度真ん中の辺り。


「まっ、まさか! まずい……っ!」


  質量の正体を認識した戦闘者の本能が、来るべき時と狙撃の勘だけを頼りに、残像の影に銃口を向ける。


 

  頭の中に先程の放物線を再生させる。


  落下速度、推定完了。

  軌道、推定完了。

  被害範囲予測、推定完了。


  猶予時間……、推定完了。



  質量が地面に接する。


  カンっ


  次に起こる惨事を余興する魔のノック音。



  その音が届く前。寸分違わず、質量が地面へと落下した瞬間。


  金色の光が放たれる。


  音速も光速も関係ない、本能の一撃。



  落下点の地面が大きく窪み、そこにあった岩を粉砕する。

  質量から真っ赤なペイントが飛び出し、周囲を立体に染め上げた。


  瞬く間に、霧状に広がるペイントは空間を覆い尽くす。


  中心部の岩は形も色も変えられ、まさに原型を留めていない。



  そんな一瞬で広がる死の世界。

  それが創られ始めるその最初期。


  一筋の光が貫いた。────本能のみによって撃たれた一撃、それだけは創り出される前の死の世界を超えていく。



  ……当たったか!?



  スナイパーの勘は、確かに影を貫いた。


  爆発の時────


  奴らは穴から飛び出した。


  見えてはいない。


  弾は抜けた。しかし、視界は死の世界に阻まれた。


  そう、私は〝影〟に当てたのだ。


  若い気配が。同年代で同性で、一途に敵を見つめる素直さが。


  私に影を見せていた。



  今、その影は消えている。


  集中の途切れだ。気配は霧の向こうに隠れた。


  一旦視界を広く取って、意識をリセットする。



 ────爆発から30秒


  薄らいでいく、死の世界。


  戻りつつある世界、その向こうの気配を探す。


 ────40秒が経過


 見えた!


  二つの影。


  照準……、撃────、



 ────再びの爆発


  打ち損ねたっ……!


  敵の距離は目測で約400メートル。


  40秒で100を縮められている。


  危険だ……。


  あのグレネードの最大射程距離は約300メートル。


  2度目の死の世界が終わる頃にはその射程内だ。


  でも……、これより後退する事は許されない。



  菊乃の腕が上を向いた。


  彼女はその肩書きに誇りを持っている。


  空ではドイツ機を好む菊乃。


  中学時にドイツへの留学を果たし、ドイツのそしてイギリスの対空装備を間近で見た経験が思い出される。



  なあに、的は小さくとも、回避をしない標的などどうってことは無い。

  実践の対空射撃は嫌と言うほどに経験済みだ。



  空との────自己の自信との、その共通点を見つけるのは戦場に1人ではない。


  ここにまた1人、空を愛した少女は、銃口を空へと向ける。


  その瞳はスコープから外されていた。



  また、40秒が経とうとしている。


  霧が薄れ、死の世界の裏が見え始める。


  ……ポンッ


  微かな発射音、────来た



  即座に軌道、速度の推定を行う。


  角度60度。


  人差し指に力が入った。


  一瞬後、静寂を破る爆発音。


  前方上方に見慣れ始めた赤い世界が創り出される。

 


  成功だ。空中のグレネードは空中の華として存在を終わらせた。

  後は、本命。それを撃ったものを終わらせる。


  空中の衝撃、音を感じ、銃口を素早く下に下げる。


  目標は前方の二つの影。


  ────パンッ


  非情な発射音。


  1人の少女がここに倒れた。




「敵スナイパーのリタイアを確認、作戦成功よ」



  菊乃を見下ろす人影。


『お疲れ様、夜空』

「お疲れ様、ケイリー」


  思い出したように吹いた風。

  山肌を滑る風は、赤い痕跡を散らした。



 ★


  ────遡ること、一回目の爆発時


  ケイリーが撃ったグレネードランチャーを合図に2人は窪みから飛び出した。


  先に飛び出したのはケイリー、この時、菊乃の狙撃はケイリーの右足へと直撃していた。


  しかし、それに対する、言葉は交わされない。


  右足に重りが付いたケイリーを尻目に夜空は右方向に走り出す。



  10秒が経過


  ケイリー〝のみ〟が直線に距離を縮めていく。


  グレネードランチャーを取り付けられたM1ガーランド。

  それを右手に持つケイリー。


  30秒が経過


  ケイリーは立ち止まり、ガーランドを地面に固定しグレネードを発射する。


  死の世界に浮かぶ二つのシルエット。ガーランドと射手。


  地面に立つ〝二つの影〟────そこにいるのはケイリーだけである。



  初めに大きく右に走り出した夜空。

  40秒経過時、走行距離300メートル弱。


  彼女が向かうのは敵スナイパーの背後。


  二発目の爆発音、遠く左側から伝わる振動。


  それを見る事はせずにラストスパートに身を委ねる。


  戦場で二次元に弧を描き接近するハンター。

  同じく3次元に弧を描くグレネード。


  戦場を大きく迂回する彼女はやがて、



 

  ────捉えた!!



  夜空の目に映るのは、空のグレネード。

  それを見上げる一つの影。


  〝チエックザシックスを忘れるな〟


  思いがけず浮かぶ言葉。


  つまり、〝背後に気を付けろ〟の意だ。



  夜空の視界、前方の上空に赤い華が咲く。


  そのタイミング、爆発音と共に奏でられるステップ音。


  不安定な岩肌を垂直に踏みつけ、反動を貰う。

  一歩一歩の加速に髪が流れる。


  ……目の前に立つ背の高い女


  無情な引き金は女の頭に金属の冷たさを残した。

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