昼の月
静寂
まるで、音のでないテレビを見ているような静けさ。そして、それに見合わぬ動き。
灰色の世界に明瞭な存在は2つ。自分とケイリーだ。
音を消し、色を消し、漆黒の闇は灰色を背景に輝く。
────夜の闇は人を惑わせ、迷わせ、引き込む。
灯、闇の中に唯一輝くのが〝月〟であった。
月夜は人に道を示し、背中を押し、包み込む────
右前方5メートル。
不明瞭な動きは違和感として、肌に伝わる。
右手を持ち上げ、照準する。一発、金色の質量が、灰色の世界に光を灯し、目標を穿つ。
その跡は消えず、金の帯を残し続ける。
青白い、月の光を瞳に宿した漆黒は、ただただ、灰色を塗り替えていく。
また一つ、また一つ……
月。闇夜の月は、輝いていた。
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何処か、遠いところから声が聞こえる。
私はいったい何をして……?
「────ら! ……ぞら!」
……空?
あぁ、確かに瞼の裏が明るい。太陽かな……。
仰向けになっているのか、届く光が眩しい。光の奥に緑が見えた。
木漏れ日が優しく身体を包んでいる。
視界が広がりだすとともに、嗅覚もその感覚を取り戻し始める。
少し湿り、その中に太陽の恵を蓄えた、土の香り。
土の温かさ、柔らかさは極上だ。
ふぁ〜
心の和みに、自然と頬がにやける。
「────夜空!……って、なんか、幸せそうだね?」
木漏れ日が遮られ、その場所に見知った顔が映る。余程、声を上げていたのか、やっと耳に届いた声はかすれている。
「ケイリー……、────おっ、おはよう?」
ケイリーに負けず劣らずのかすれ声は、全身の倦怠感と共に意識に伝達された。
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4日目 午後3時頃
森の一角に作られた、簡易的な個人部屋。
屋根はなく、木と木の間を布で区切っただけの空間である。
部屋の中に居るのは4人。華奢なシルエットはその存在を女の子であると教えてくれる。
その内3人の視線は、1人の少女へと注がれている。
金色の髪の少女は不安げに。アルト声の凛とした少女は無表情に。そして、野原のように自由な少女は厳しめ、されど気遣いを隠しきれない様子で。
3人目────葵の、姉の内心を表面化したようなそれは、何となく、場の空気を軽くしていた。
「単刀直入にいくよ。夜空、今朝の事についてだけど────」
ささやかな会議が始まった。議題は建前的に、〝戦況報告〟。
本音は〝夜空について〟
「まずは、被害報告から」
いくら、建前とはいっても実際これをやらないことには、現状把握は難しい。
会議は主に、その情報が初耳となる、夜空に向けて行われる。
「被撃破数は5人、それに加え重傷者1人。味方の残存戦力は7人。撃破数は10人。敵の残存戦力は、おそらく6人。────今朝の包囲戦から逃げた2人、そして、第一小隊の全員です」
現状把握、それはつまり今においては、敵主力へと話は動きがちになる。
第一小隊。小林小隊長を中心とした、ラバウル校でも異色の部隊である。
小林 直。強力なリーダーシップとカリスマ性を持つ、天性のリーダー気質。最近は後方にまわっているが、過去に 【個人競技部門 全国ランキング20位】の実力を持つ。
小山 疾風。彼についての情報は少なく、ほぼないと言ってよい。唯一の情報源は何かしら因縁がありそうな隼人のみであろうか。実力は未知数ながら、決して低い事はないであろう。
3番機、4番機。彼らについての情報は更に少ない。性別、名前等の基本情報さえ、分からない。
正体不明の二人組。中学時代、道場破りじみた行動で全国の学校に存在を知らしめた事は同世代で知らないものは居ないであろう。
正体不明。されどある意味、実力のみは約束されていいと思われるメンツにより構成される。
それが〝第一小隊〟なのだ。
「じゃあ、本題に移ろうか」
陽向の言葉にふと、我に返る。
夜空は脳のデータベースと思考の回路を一旦切断する。
「夜空、あなたはいったい……、いえ、あなたはあの戦闘の中で何を観たの?」
その問は明瞭さに欠け、何処までも完璧に行動する陽向には似合わない言い回しであった。
「私は……────光、そう、ただ月の光を発していた」
「────」
「世界が急に広がって、存在が私だけみたいだった」
「────」
「後は……覚えていない。ごめん……」
ぽつり、ぽつり。現実というより、何処か妄想のような呟きに、笑うものはいない。
それどころか、陽向と葵に至っては、共感の意さえ示していた。
「聞くだけ、と言うのもはフェアじゃないかもね」
夜空のこれ以上の言葉が見つからない、というような様子に、陽向と葵は、おもむろに、言葉を紡いだ。
舌で唇を舐め、その潤いを数度の口の開閉で確認する。
「私達は風を操れる」
その姉の様子にじれったさを覚えたのか、先に一言、言い切ったのは、葵だった。
「正確に言うと、風を読み、風を利用するのに長けているの。私達は〝視覚情報〟として風を捉えられる」
妹の背中を押してくれる声に、陽向の口も再度の始動をはたした。
「「私達は、あなたと同じ〝澄清の翼〟を求めるものよ」」
久しぶりに聞いたような響きに、夜空は一気に現実へと引き戻される。
実際は、その言葉を聞いたのは数日ぶりであり、特段昔の話でもない。
それでも、最近の戦闘という非日常が、夜空の時間感覚をずらしていた。
「自覚は無いのだろうけど、あなたはおそらく、〝脳の処理能力の向上〟、そして、原理は分からないけど〝視野の拡大〟が出来るのだと思う」
ずっともやもやしていたものが、やっと形を成したような感覚だった。
初めて、この違和感を覚えたのはいつの事だったか。飛形部隊との戦闘の時であろうか。
いや、違う。あれは……初めて飛行機に乗った時。
懐かしい想い出にふと、気持ちが緩む。
ぐぅ〜
どこからか、可愛い音がした。発信源は同じ座標上で目から下方に数十センチいったあたり。
つまり、お腹だ。
真剣な話の中なのだが、仕方ない。今日は気を失っていたため、昼ごはんを抜いている。
「はぁ……。今日の所はこれで、終わりとしましょうか。また、後で作戦についての指令をだすから、それまで十分に休息を取っておいてね」
先程までの厳しさはどうしたのかと言うような優しい声が耳をくすぐった。
これが、彼女のカリスマ性の秘密なのであろうか。
どうでもいいような思考は、一度思い出した空腹感に拍車をかける。
「そうそう、簡単な食事を用意しておいたから食べていいわよ」
そう言って、どこからか出てきたのか、彼女の手の上にお椀が一つ。
コンソメ風味のスープに乾パンを浸したものであるのだが。このスープ、運動後の配慮である為か、味が濃く、それでもしつこくない程度に抑えられている。
乾いた喉に熱いスープが染み込んだ。




