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澄清の翼  作者: 幸桜
第1章 サバイバル
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漆黒

  無数の真っ赤に燃えるアイスキャンデーが山の頂きに向けて飛んでいく。

  岩肌に僅かに生える植物は儚くその存在を散らした。


  青チームは既に山の中腹まで歩を進めており、その勢いはまだ止まらない。


  攻撃開始から10分経っていた。その頃には、初めこそ激しかった敵の応戦も散発的なものへと移行している。


  山にチェンソーの音が響き、岩肌がごっそり削り取られた。

  青チームの快進撃の主役、MG42である。


  削られた破片とともに散るのは〝脱落者〟


  訓練で使用される銃は、ペイント銃だからといって安全な代物であるとは限らない。

  これらの銃は見た目はもちろん、殺傷力とのギリギリのラインまで忠実を再現されている。


  目の前の敵はMG42の銃撃により、白目を剥いていた。

  手や顔の一部露出していた所には巨大なアザが複数見受けられる。


  彼の周りには黒子にふんした教官等が集まり、素早く戦闘エリアから退避させた。


  恐らく直ぐに医務室へ運ばれる事となるだろう。



  作戦は順調に進んでいた。

  山道の進軍は一度として止まらず、赤チームは青チームの戦いを見るだけとなりつつある。


  現段階での戦果は撃破2人。傷を与えたという点なら更に2人は数えれるであろう。

  それに対し、Bチームの損害は青チームに1人の軽傷者が出たのみである。



 ────しかし、これは流石に上手く行き過ぎである。そう考えるのは深読みしすぎであろうか?

  赤チームの先頭を進軍する陽空は、後方から青チームの戦闘を観察していた。

  指揮官を含む赤チームはローテーションの後攻を受け持っている。


 ────青チームの姿に微かな違和感が感じられる。


  陽空にとって陸で集団戦闘の指揮をするのがこれが初めての経験である。

  陽空の額に汗が流れた。


 ────緊張、もしくは不安があるからであろうか。


  隣を歩く妹……葵は自信の塊というように前進を行っている。

  その自信の裏に姉……私への絶対的信頼があるのはずっと前から知っている。


  陽空はその姿に元気づけられ、再度の思考に突入する。



  赤チームは青チームから50メートルほど距離を開けて前進している。

 

  いや、60メートルであろうか。青チームの進軍はますますその速度を上げていた。

 

  今や、その速度は既に戦闘をせずに前進する赤チームより早い。


  青チームの先頭は既に山頂上の拠点まで残り500メートルまで迫っている。


  敵拠点が間近であるのを感じているのであろう。青チームの進軍は更に速度を上げ、その差はますます開いていく。


  その熱意が興奮が渦巻く中に、進軍スピードを合わせろとは言えない。

  ここはノリに乗って攻略するのが得策に思えた。


  士気は高い。青チームは一塊となって山を登っていく。


  一度に現れる敵は3から4人程で、その倍の人数で銃弾をばら撒く敵になす術なく撤退していく。

  するとまた、その撤退を支援するかのように前方で3から4人の敵が出現する。


  敵の攻撃はそのローテーションの繰り返しであった。


 ────まるで砂糖の山に群がる蟻のようだ。


  揶揄したわけでなく純粋にそのような例えが脳裏に浮かんだ。


  また、気味の悪い違和感が陽空を襲った。


 ────〝前方〟からの攻撃、〝一塊〟〝蟻〟のような


  いくつかの単語が浮かんでは消え、浮かんでは消え……無限に続くかのように思えたループはやがて、一つの答えと行き着く。


 ────大変!


  陽空の気配が一瞬にして風を纏い、赤チーム周辺の大気が大いに荒れた。

  瞬時に姉の求めに気づいた葵は、陽空が口を開くより早く無線機を差し出す。


『青チームへ、至急後退しなさい!』


「赤チーム前進! 青チームの援護を行います」


  ソプラノの凛とした声は、無線を通じて、又は荒れる風に乗って、Bチーム全員の元へ届けられる。


  赤チームと青チームとの距離は100メートル。



  しかし、陽空の無線は興奮した青チームには届かない。

  彼らの瞳に映ったものがその視野を一気に狭めていた。


 山の頂上────


『敵拠点目視……っ!』


  男が叫んだ。

  男は喜びを全身で表すように、高々と手に持つ得物を掲げた。

  明らかに硬そうな筋肉が服を引きちぎらんばかりに盛りあがっている。



  その瞬間、脅威の象徴であるMG42はその死の口を真上に向けた。


  その隙を見逃す敵ではなかった。


  男がまさに鬨の声を上げようと口を開けた、その時……筋肉の巨体は後方に数メートル吹っ飛んだ。

 

  MG42は丸太のような腕を離れ、一度空に飛んだ後、派手な音をたて、落下した。


  男の瞳に焼き付いたのは、塹壕のように削られた山肌、頂上に立つ小さな小屋。

 

  そしてその屋根から輝いた〝大口径の発射炎〟であった。


「……すっ、スナイ……!」


  青チームの1人が〝スナイパー〟を言い終える前に全身を赤のペイントに染める。


  〝一塊に、蟻のように一箇所に固まっていた〟青チームは瞬時に周囲を10人ほどに包囲される。


  Bチームに訪れた最悪の沈黙の中、現実は動き続ける。


  休む間もなく脱落者が発生していく。


  左右に別れた4人ずつの敵は同士討ちが起きないよう、岩で高低差、そしてタイミングをずらしたローテーションの射撃で青チームの殲滅を行っている。


  左右から死角の位置に隠れても前方の2人の敵の獲物となる。


 ────どうしたら!?


  反射的に助けに行こうとする身体を驚異的な意志力で抑え、奇襲にそなえる。

  損害は最小限に抑えなければならない。

  現状だけで指揮官が動くことは出来なかった。


  周囲へと最大の警戒を広げる中、その索敵に捕まえたのは〝黒い気配〟であった。

  悪い感じはしない。見守るような夜の黒。



  勢いよく、沈黙の空気を引き裂く音が耳に入る。

  それを追いかけるように7.62ミリよ質量が続いた。


 

  音の先に漆黒の風が這った





「何か変……」


  ────時は遡ること数分────


  ケイリーが呟いた。聞こえたのは夜空だけであった。

  本人は口に出すつもりは無かったのであろう。

  こちらを振り向くケイリーの瞳に微かな戸惑いが見られた。


「了解。ケイリー、ガーランドの準備を……指示があるまで厳重警戒」


  夜空の声に迷いはない。


  いや、正確には見ることは出来ない。


  しかし、彼女の姿は確かに〝隊長〟であった。


  だからであろう。ケイリーも迷い……躊躇いを捨て、冷たい引き金に手をかける。


  2人が歩くのは赤チームの右翼、中央に比べやや起伏の激しい地面は時折2人の身長関係を逆転させる。

  右翼の進軍は警戒と地形によって、左翼、中央と比べ若干遅れていた。



  第四小隊の2人には、今のところ中央の第三十六小隊の元で進軍している。

  これは万が一赤チームが奇襲を受けた場合、サブマシンガンを持つ陽空と葵を守るために夜空がかけた保険であった。



  夜空はガーランドより、小柄な塊に手をかけている。

  『ガバメント』その、216ミリの鉄の中には7発の弾が込められていた。

 

  銃口は真下の地面へと向けられているが、視線の銃口は常に全方位を狙っている。


  そして夜空は見た。


  前方、約110メートル。ちょうど人ひとりが隠れられる岩から突き出す黒い棒があった。


  銃身である。円筒状のそれは、まっすぐ青チームへと向けられている。



  夜空にその正体が身体より銃を先にだすのが初心者である。とか、青チームの死角にのみ隠れているなどの思考はよぎらない。



  ただ分かるのはそれが〝敵〟であるという事のみ。



「ケイリー!」


  音量は抑えられているが、力強く伸びる声がケイリーの身体を脊髄反射で動かす。


「ラジャー!」


  無線から聞こえるソプラノが遥か後方で聞こえた気がした。



  10種の銃声が鳴り始めた時、漆黒の風は敵との距離を50メートルまで縮めていた。


  スナイパーへの警戒か、それとも恐れ故か、味方の動きは沈黙している。

  陽空と葵もその無防備な味方が動き出すまではその場を離れるわけにはいかない。


  ケイリーは第一目標にスナイパー、第二目標以下は夜空から遠い敵から順に照準し、援護射撃を開始する。



  距離20メートル、やっと夜空の接近に気づいた敵は「敵襲!」と叫ぶ間もなく死亡判定となる。


  ただ一発、それが敵の眉間に着弾していた。



  既に青チームの生き残りは2人、包囲する敵は残り9……いや、8人。

  夜空に呼応するようにケイリーの弾丸も敵の急所へと命中している。


  頭、心臓、敵はただ一つのペイントをその身体に残される。


  漆黒の風が静かに動く



  夜空の瞳の奥に青白い光が宿っていた。

 


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