無常の教え
森のとある一角、ここ数日の間で最大と言える数の人影が〝そこ〟に集まっていた。
その数、12。
第十二小隊4人、第二十小隊2人、第三十六小隊2人、そして第九第四連合小隊(以下、第九小隊)4人の計12人である。
彼らから漂う雰囲気は、熱く逞しい年相応のものを感じさせられる。
自信、それが彼らに戦いの場に立つ脚を与えていた。
これは、顔合わせの時点で発覚したことなのだが、Bチームは計3種の特殊ウエポンを備えている。その内訳は第三十六小隊はサブマシンガン2丁、第二十小隊はライトマシンガン1丁、第九小隊はライフル1丁である。
ケイリーの解説によると、第三十六小隊がもつサブマシンガンは『トンプソンM1』といい、装弾数は最大30発、射程距離50メートルをほこるらしい。
また、第二十小隊がもつライトマシンガンは『MG42』といい、発射速度は毎分1200発ほどでチェーンソーのような音が鳴り、射程距離は1000mをほこるという。
両ウエポンとも、戦いのキーを握るという点でまさに〝特殊ウエポン〟の名に相応しい性能と言える。
そんな人影たちの中で一際強く、濃厚な気配を出す影が2つ。
────雲野姉妹である
第九小隊は例の自己紹介後、マップ中央の森の切れ目。そう、第九小隊のサバイバル開始地点に集合していた。
これは、敵拠点の山との距離や地形を考慮して夜空が提案した結果であった。
この場所は大所帯でも野営な広さを持ち、それでいて周りの木に邪魔され山からの視認は不可能という特性を持っているのである。
その案は現状の示す通り、問題なく承諾され現在に至っている。
小隊ごとのかたまりはありながらも、12人による円陣は取り敢えずのまとまりを作っていた。
しかし、そのまとまりに信頼の文字は薄い。
「それでは作戦会議を始めます────それで、私たちに作戦があるのだけど聞いてもらえるかしら?」
陽空の姿は円陣の一部にありながらどこか円の頂点を感じさせる。
立ち上がり、よりその存在感を増した彼女に皆の意識が集まった。
その横には妹の葵が姉を護るかのように静かに並ぶ。
一対の風は円陣を取り囲み皆の身体を強く打った。
彼女の問に対し、否定の顔を浮かべるものはいない。
その顔に浮かぶのは従順な表情と畏怖の念。
教育の場にありながら、厳しい弱肉強食の世界を生きる彼らにとって、強者は絶対的な権限を持つ。
この場での強者、それは言わずとしれた雲野姉妹である。
絶対強者、それが場の全てであった。
【二機編隊競技部門全国ランキング10位】
それが彼女らの実力である。
〝はぁ……私としては信頼で繋がりたいのだけどな……〟
と、当人である陽空が考えていることは伝わらない。
〝大丈夫だよ、ひな姉、私が居る〟
姉の視線に葵が頷く。
〝でも、彼女は……〟
陽空が視線をずらしたことにより2人のアイコンタクトは途切れる。
陽空は常に視界の端に〝彼女〟を入れながら作戦の説明を行なっていく。
だからであろうか、彼女と陽空の間に風の道が繋がった。
ある種、異様なまとまりの中、夜空の意識だけはその輪から外れていた。
夜空の心は森の一点に注がれ、動かない。
その先に立つのは風。
風は色彩を失った夜の森でたった〝二色〟輝いている。
風は互いに絡まりあい、一つの大きな存在を作っている。
高く、高く登る風は下界からその限りを認識させない。
……綺麗
素直に感情が漏れた。彼女たちはまさに夜空の理想としていた……いや、今なお理想とする姿であった。
────目が合った。
見つめていたのだから当たり前である。
私は視線を外すことができない。私と彼女、雲野陽空の視線は道として両者の間を繋いでいる。
不自然な停止に皆が気づく寸前、その期間を惜しむように彼女は口を開いた。
「第九小隊の隊長、夜空さんですね。何か質問でも?」
質問? なんのこ……、っ! 作戦について全く聞いてなかった……。
本来フォローの役割を持って放たれた言葉は、この場合において負の状況を転換したにすぎない。
顔に、特に頬の辺りに熱を感じる。熱は一瞬の内に全身に広がり、嫌な汗が背筋を流れた。
小さい頃から優等生気質であった夜空はそもそも問題行動を起こした経験が極端に少ない。
それはつまり、悪い事をしでかしてしまった時の対処に対する経験も薄いわけで────
どっ、どうしよう!? とと、取り敢えず深呼きゅ……なんてしたら恥ずかしいし……。
────夜空の思考回路は完璧に混乱していた。
幸い、顔が赤いのは火の明かりに照らされ同化しているが、必死に抑えようとする表情の変化は完璧には隠しきれない。
ケイリーはその変化に即座に気づくとそっと夜空の耳元に口を寄せ、「隊長」と囁いた。
隊長、ケイリーは『夜空』ではなく確かに『隊長』といった。
短く、それでも強い想いが込められた一言は夜空の心にすんなりと溶け込み、響いた。
心が彼女の役目を教えていた。
その後の会議は作戦の再確認と各小隊の役目が与えられ、お開きとなった。
作戦は忘れることのないよう、小隊毎に1枚ずつ簡単な計画書が配布された。
〜計画書 山拠点攻略作戦 作 雲野 陽空〜
作戦開始時刻:5日目 午前5時
作戦名:陸上ロッテ戦法
概要:1個小隊を1機の戦闘機に見立て、計4機2組でロッテ戦法を行う。
ロッテ戦法とは、2機が1組となり片方が攻撃、もう片方が援護するものである。
具体的には主力部隊がマシンガンの火力で敵陣に穴を開ける事となる。
チーム編成:赤チーム→第三十六小隊(主力)、第九小隊(援護)
青チーム→第二十小隊(準主力)、第十二小隊(援護)
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会議終了から1時間ほどが経過した。
会議した場所から少し歩いた先に〝風〟を纏う少女の姿があった。
明日の作戦に備え、早く寝れと〝作戦発案者〟としての自分が命令する。
その一方で、飛行機乗りとしての自分が〝あの気配は?〟という疑問を投げかけ続け、意識を覚醒させる。
彼女の意識に映るのは、黒い────包み込む暖かさと力強さを感じさせる漆黒の────気配。
「ひな姉、眠れないの?」
背後から近づいてきたのは、黄色────草原に吹く春の────風の気配。
寝床から抜け出したのに気づき、探しに来たのであろう。
それでも彼女にしては発見が遅かったことから彼女なりの気遣いが感じられ、どことなく申し訳ない気持ちになる。
「うん、ちょっと考えごとがあって」
「彼女のこと?」
流石、私の妹と言ったところか。それとも、先ほどの会議で意識させてしまったのか。とにかく妹に誤魔化しは効かないらしい。
2人とも言葉を発しないまま時間が経過していく。
空を見上げると、月の周囲で雲が流れているのが見えた。
薄い雲は決して月を隠すことはせず、どこからか流れ、どこかへと去っていく。
考えていても仕方ないか。
「葵、心配かけてごめん。もう、大丈夫だから」
何が、大丈夫なのかは自分にも分からない。
分かるのは考えるだけ無駄だということだ。
どうせ明日から彼女は戦友となる。今、焦って答えを出す必要はない。
取り敢えずの考えがまとまると思い出したような眠気が襲ってきた。
純粋な月の光が眠る彼女らの顔を照らしていた。
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4日目 早朝 山の麓
影の数は6つ。そこから東に50メートルほどの地点にまた6つ。
辺りはまだ暗く、陽が出ていないのが確認できる。
山に木はなく、岩肌がむき出しになっている。
森から山に出ると、障害物はところどころに転がる岩のみ。
『敵の出方が分からないため、作戦はまず青チームが行い、その後時間差をつけて赤チームが作戦を開始する。青チームは危険だと感じたらすぐに撤退すること』
無線から綺麗なソプラノの声が流れた。
作戦の最終確認だ。
空の星が徐々にその輝きを納めていく。
岩につくコケ類の色が見えた。
朝の森は一つ一つの露により輝き始める。
自然の主役が移り変わる瞬間だ。
『作戦、開始!!』
二色の突風が吹き、露は抵抗も出来ず、その存在を消滅させる。
そよ風が露の表面を優しく撫でる。
露の中に光が入り、大地に朝の星が生まれた。




