拠点争奪戦
「全員、会議室へ集合せよ」
放送終了後間もなくその伝令は無線によって伝えられた。会議室とはこの家で一番大きい部屋を作戦上、定義したものである。
この部屋には、〝拠点要塞化計画~爆死覚悟で掛かってこいや!〟と書かれた紙が剥がされることなくその気配を鋭いものと変え存在していた。
部屋は家の2階の一番北側にあり、そこの窓からは数件の小さな家が見下ろせた。部屋の大きさは4畳半ほどあり、2個小隊7人が入ってもまだ余裕があった。
「皆さんも知ってのとおりこの拠点がミッションの標的地として設定されました。ミッションは既にスタートしています、時間はありません」
夜空の声に焦りはない。その口からは淡々と事実が語られていく。
まるで〝今日の天気は晴れである〟とでもいうようなその声は、聞くものに焦りを抱かせないものであった。
「配置を指示します。まず、村での防衛に3人、これは第四小隊に任せます。次に偵察のため拠点の屋根にケイリー、拠点周囲及び1階の防衛に隼人、零。最後にここ、会議室で私が防衛兼作戦本部を務めます」
全員の顔に納得の表情が浮かぶ。各自が持ち場に向けて移動を開始した。
この拠点は村の最南端に位置し、たどり着くには村の入口から直線距離で400メートルを進む必要があった。村の東はサバイバルのエリア外、西は村のだった頃の名残で獣の侵入を阻むための柵や有刺鉄線が至るところに配置してある。
そのため普通この拠点を攻略するには北側の入口から侵入するしか方法はなかった。
もちろん敵の中に地上戦に慣れたものがいれば一概にそうとはいいきれない。だがその可能性は限りなく低いであろう。
「もしもし、皆さん聞こえていますか?」
夜空による配置命令がでて20分が経過しようとしていた頃、ケイリーからの無線が開かれた。この無線はただ今からミッション終了までの間開きっぱなしの状態となる。
「一個小隊4人が入口に向かっている」
拠点争奪の最初の戦闘が始まろうとしていた。
ケイリーの警戒から1分と経たぬうちにその姿は見えてきた。
磯崎 昂はその意識を前方の森に集中し、木に隠れながら接近する敵を観察していた。
その森は村の入口の20メートルほど手前から途切れている。敵との距離は約50メートル、既にこちらの射程圏内である。そして同時に敵の射程圏内でもある。
「隊長、発砲許可を」
昂は〝指揮官〟に指示を仰ぐ。無線の向こうで少女が唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「現場の指揮は昂さんに預けます。発砲はご自身のタイミングでお願いします」
「了解────それと昴でいいですよ」
その軽口を最後に昴の気配に柔らかさが消える。
「一番左だ。まずそいつを殺る。まだ敵はこちらに気づいていない、初手で1人減らせば数は互角だ」
昴の落ち着いた声に2人の部下は了承を沈黙で表す。
「その後は指示を出すまで自由射撃。……死ぬなよ」
その言葉に第二小隊の士気が向上する。本心でこんな事が言える昴だからこそ彼らは彼に従っている。
彼らの握るガバメントが自分の役目を感じ、熱を持つ。
「射撃始め!」
命令とほぼ同時に3つの銃口が火を吹き、一瞬の間をおいて敵の1人が死亡判定をうけた。
始まったか……
拠点近くに立つ木の上で零は戦況を見守っていた。
奥に攻め込まれるまでは零と隼人に仕事はない。だからといって第二小隊の援護に向かったところで、もしもの場合に穴が出来てしまう。
そのため2人は役目が来るまでそれぞれ高い木に登り、ケイリー同様に警戒を行うよう命令を受けていた。
零は意識を入口の戦闘から外し、西の方角にその意識を集中させた。
彼の野生によって鍛えられた視力は、4キロ先で行われる戦闘の観察を可能にしていた。
とは、いっても詳細がわかるわけではない。時々起こる派手な爆発。せいぜい見えて〝マシンガン〟の起こす被害程度。
そう〝マシンガン〟の……
まぁ驚かないといえば嘘になる。だが、可能性として考慮していた分それは少ない。
俺はふと、会議室の床で異様な存在感を誇っていたものを思い出した。
全長1108ミリメートルのそれは仲間に隠す必要はない。第二小隊の隊員もこの存在に気づいていただろうに何も触れなかったのは時間以外の理由もあるだろう。
俺たちはこのカードの切り方を決めてはいない。カードは使い所を見つけてこそ意味がある。
俺の意識は再び遠くの戦場へと戻る。だがそれも長くは出来ない。
なんといっても今、自分の身が存在するこの場所も戦場であった。
「こちら昴、敵を全滅させた。こちらの被害はない」
「了解、こちらも確認。そのまま待機でお願いします」
「こちらケイリー、敵の増援を6人確認。後の2人が生きている可能性もあるから奇襲にも警戒してね」
戦況は絶えず動いている。そろそろかな
零の様子が観察者から戦闘者へと変わる。
彼の右手には黒く塗られたサバイバルナイフが握られている。
もちろんそれは学校側が用意した訓練用のナイフであり、その強度は本物と比べて明らかに劣り、服を切り裂く鋭さもない。
だが、このナイフは訓練用だからこその特徴がある。
その刃にはペイント加工がしてあるため、敵に攻撃したら当たり前のように攻撃判定を入れられる。つまり、敵を死亡判定にすることも可能なのだ。
拠点に並び立つ、一つの木から小鳥が数羽飛び立った。彼らは感じた、その濃密で純粋な殺気を。
一匹狩人、ないしは一匹の獣が解き放たれた。
零が潜んでいた木から20メートルほど離れた木の上でもその動きに気づいたものがいた。
そちらの木は地上6メートルの地点で少し平らな面を作るように枝を広げている。
その面は人1人がちょうど、うつ伏せになれるほどの広さがあった。
「こちら、隼人。伏兵の恐れのあった2人には警戒しなくていいよ……対策はとったから」
隼人は零が森の中に消えたのを見届けるとすぐに伝えるべきことを伝えた。
隼人は気づいていた。だがそれは零が殺気を放ったからではない。
そもそも零の殺気を離れたところから探知することなど隼人には不可能だった。
────ではなぜ?
敢えていうのなら〝勘〟であろう。だがその唯一、……今は……零にのみ働くそれは確かなものであった。
「存分に楽しんでこいよ」
その声は誰に聞こえることもなく木の中に入り込んだ。
さて、じゃあ僕はあの子どもの分まで働きますか。
隼人は銃の照準を地面に置かれた〝箱〟へと定める。
箱は彼の周囲に複数個設置してあり、その箱からは村のあちこちに向けて紐が伸びていた。




