同盟
「同盟!?」
早速うちの小隊長がいい反応を見せた。
様子見のためにもとりあえずは夜空に任せてみようか。まぁ、当の本人にその自覚があるかは別としてね。
同盟……、確かに悪くは無い手だ。どころか、僕たちのように生き残りを前提としている小隊にとっては正攻法と呼べるだろう。しかし、では何故僕たちがその方法を取らなかったのか? 答えは簡単────信用ができないからだ。
仮に同盟を結び、相手が自分たちを裏切らない保障がどこにある。何事も疑い、リスクを避けることは確かに愚かな事だ。しかし、今の第九小隊の立ち位置ではそうせざるをえない。
ここは敵の罠だと考えておくのが妥当か。
「夜空、警戒を解くな。もちろん零とケイリーもだ」
夜空は何も言わず外しかけていた照準を再度合わせる。こちらの思考の間に少し世間話があったようだが、知らん。今すべきは尋問だ。
「磯崎といったな? どうして僕たちと同盟を組もうとする? 正直嫌われ者の僕たちを仲間にするにはデメリットが大きい気がするが」
磯崎はその問にゆっくり首をふり、そして確かな意思を感じさせる声で言った。
「メリット、デメリットの問題じゃない、これは自分なりの落とし前だ。あの飛形部隊との空戦の時、俺は第二中隊を指揮し、敵へと攻撃を行った……。しかし、自分も含めて仲間は一瞬にして脱出バルーンの人となった。一昔前なら今の俺はここにはいない」
彼の目には真の悲しみがあった。被撃墜が確実な死でなくなった、どころか死亡する可能性などほぼ0パーセントとなった今日においてこの手の飛行機乗りは珍しかった。
彼の瞳には堕とされること、そして墜とすことの重みを理解した者の光が宿っていた。
「あの時、奴らを墜としたのはお前たちだ。俺が与えられた仕事を行えていたならばお前らを危険に晒すことも、そして周囲に間違った認識を与えることもなかっただろう。これが同盟を持ち出した理由だ」
僕は黙って零を見つめた。俺の意見は決まっている、後はこの相棒の意見を確かめるだけだ。
隼人と目が合った。俺の考えを知りたいのだろうがそんなことは決まってる。
俺は了承の意を瞳に表した。
それに、この手の相手は一度心に誓ったことはテコでも変えない。それは、こちらがいくら正論を言ようが、はたまた罵倒しようが同じことだ。
「2人だけで納得しないで私たちにも教えてくれる?」
そうした思考の中に突然の侵入を行ったのはケイリーだった。先ほどの行動はケイリーにはっきりと見られていたらしい。彼女の言葉は厳しかった。
彼女はそのアメリカ育ちの英才教育によって銃携帯時の緊張は俺たちと並べるべくもない。
そんな彼女がこの状況において俺たちの行動に気づかないわけはなかった。
「ちなみに個人的な意見を言わせてもらえるなら同盟には賛成しない、ただ……私はあなた達の意見を一番尊重したいと思ってる」
厳しく見つめる彼女の目はその奥に一瞬のやわらぎを見せた。それは少ない時間ながらも背中を預けあった一時がもたらした、友情とは別の戦友としての信頼であった。
「同盟提案の受諾を具申する。夜空、判断を」
それは、磯崎にも聞こえる確かな音量で発せられた。顔は見ずとも彼の顔にうかぶ表情は容易く脳裏に描かれた。
「本日、只今をもって第九小隊は第四小隊との同盟を締結します」
────2日目午後9時、第九小隊と第四小隊の戦略的協力が約束された。
「それじゃあこれからのことを話し合いたいのだけど場所をかえて……」
夜空の言葉は突然の発砲音によって遮られた。
敵襲!? でも、何処だ?
「やばい!」
その音について唯一、予想することができたのは磯崎であった。彼の声は極度の焦りに若干の波を見せていた。
「説明しなさい!」
強く、そして刺すような鋭さをもった〝命令〟がだされた。慣れたものの姿であった。
「おそらく、仲間が襲われた……────俺はすぐに助けに向かう、手伝ってくれるか?」
答えは言うまでもない、僕たちが示すのは行動だ。
「指揮は私に任せてくれるかな?」
「もちろんだ」
6つの影が動き出した、夜の森はその影をすぐに飲み込む。
夜風が森を揺らす。木々の音が彼らの足音を消していった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
……では、みんな手はず通りに
ケイリーにより、作戦が伝えられた。移動しながらの説明であったが人数分の無線により伝達は比較的速やかに行われた。
影は二手に別れ、その歩を進めていった。
「発砲炎確認! これより、攻撃を開始する」
初めに攻撃を行うのは、磯崎、ケイリー、夜空により構成される、チームα。
αの奇襲は狙い通りの効果をあげた。突然の奇襲により、敵の発砲が一瞬止まった。この間に磯崎により、同盟提案受諾の報告が第四小隊に行われる。
敵戦力はおそらく、一個小隊分の4人、対してこちらは正面だけでも6人。数の差によりただの撃ち合いではこちらの有利は間違いなかった。
「第四小隊、一人被弾! 死亡判定」
だが、もちろんこれだけでよい筈はない。これは正攻法の戦いであるからこそ時間が経つにつれ、敵、味方の双方の戦力は同等に近いレベルで削られてくる。
「2人とも急いでよ……」
そのケイリーのつぶやきは傍らで戦う夜空にのみ聞こえていた。
たが、夜空のどこか悲しい顔を見たものはいなかった。
「こちら零、配置についた。いつでもいいぞ」
待っていたその声は聞こえた。こちらの切迫した場にいるとは思えないその声は子どものそれであった。
まったく、ブレないわね。
「カウント3でいくわよ……3、2、1、ゴー!」
合図と同時に現象はおこる。いや、この場合は止まった。
「突撃!」
銃撃が止んだ空間をα、及び第四小隊が走り出す。
時期に聴こえるのは短い発砲音。
ケイリーたちがその場に着いた時点で立っている影は2つだった。
「私たちの出番はなかったかしら?」
私の心につい油断が生まれた。
その時、地面に倒れている影の数は〝三つ〟であった。
目の前に小さな物体が転がってきた。
「伏せろ!」
それからの数秒間はゆっくりとコマ送りのように流れた。
零の言葉に反応できなかった1人がもろに手榴弾の攻撃を浴び、即、死亡判定となった。
伏せることに成功した他のメンバーにも当たり判定の多数のペイントが付いた。
死亡判定の者は、何処からか出てきた教官組によって連れ出され、当たり判定のある者は場所と程度によって外すことのできない重りが付けられた。当たり判定のあるメンバーは重り装着の作業が終わるまでは戦線復帰は叶わない。
現在、実質的に戦闘に残っているのは別行動中の零、隼人及び敵1人であった。
〝次は狩ってやる。────隼人、お前だけは許さない〟
森に言葉が響いた。その音は木に反射し、その発生源を特定させない。
空気が割れ、その延長線上の木の葉が舞った。殺気が消えた。
「各員被害報告! 重りの多い者を守りながら拠点まで後退する!」
~被害報告~
脱落者:2名 第四小隊3番機
第四小隊4番機
被弾者:4名 ケイリー(第九小隊4番機) 左手△
夜空(第九小隊一番機) 左足〇
磯崎(第四小隊一番機) 全身△
第四小隊2番機 両足〇
※当たり判定の程度:△←軽傷、〇重症




