9話 俺と報酬と汚部屋
「確か炎肌症って奴に効果があったなぁ。にしても喀血症か?確かそれに効くのは何かの血だったような……」
「血を飲むんですか?」
「あぁ、それも相当な魔物だと思うぞ。だが何で喀血症なんだ?」
「最近聞いた厄介そうな病気を言ってみただけですよ……」
下手に喀血症だという事は話さない方がいいかもしれない。
ブーシェさん達に話しても慌てた様子でも無かったから比較的感染率は低い方なのだろう。それに感染した俺は相当運が悪いとしか思えないんだけど。
「で、兄ちゃんどうするんだ?この角はギルドで買い取ってもらうって手もあるが?」
「そうですねーその大きさだと金貨1か2枚はすると思いますよ。ちなみに依頼の報酬よりも高いです。」
なんと、パムルさんの言った通りならそれは鹿肉より相当価値のある物の様だな。
売ればそれこそ、あの宿に何日も泊まることが出来るだろうが――
「いえ、それは買い取らずに俺が引き取ります。」
「あら、いいんですか?」
「いつか、その炎肌症とかに罹った時のために確保しておこうかと。」
「なるほど、確かに備えあれば憂い無しですもんね。じゃあ解体お願いします。」
おっさんは任せたと言わんばかりに腕を振り上げ作業に入った。
流石その道のプロだな、どんどんとブラック・ディアーがただの鹿肉と皮と骨に姿を変えていく。
グロイ光景を見ているはずなのに、いつの間にかそれを気持ち悪いとも思わず、俺はじっと見続けていた。
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「ふぃー終わった終わった。ほれ兄ちゃん。これがお前さんの取り分だ。」
額の汗をぬぐい、おっさんは俺にブラック・ディアーの皮と角を渡してくれ……うわっ重っ!!
ヨーヨー、支えてくれてありがとうございます本当に。
とっととアイテムボックスに入れて……よし軽くなった。
その後、パムルさんから依頼報酬である銀貨5枚をもらった。
ちなみにこの世界での貨幣は
王金貨>大金貨>金貨>大銀貨>銀貨>大銅貨>銅貨のようで、元々の依頼報酬は銀貨2枚に対して鹿肉の上等さが相まって3枚上乗せみたいだ。
得したぜ。
ほくほく顔で宿屋に戻るとロビーのソファでフィリーダがボロボロの装備のままぐーすか寝ている。
おやおや、涎なんて垂らしてはしたないなこのお嬢さん。
頬をつついたり頭にヨーヨー乗せて遊んでいると奥から
「あー、彼氏くん……じゃなかったんだっけ?そう、ケンくん!おかえんなさい」
「ただいま女将さん。これどしたの?」
これとはフィリーダの事である。一応。
「フィリちゃんねぇ、帰ってきてお話ししてたらウトウトしちゃってね。ソファに寝かせてるのよ。大変だったみたいねぇ」
まぁこんなに装備がこんなにボロボロになるんだもんな。何をしてきたかは知らないが多分俺と同じように何かを狩っていたか討伐でもしてたんだろう。
冒険者からするとフィリーダは先輩に値するし俺が相手したブラック・ディアーよりも強い魔物と相対したに違いない。
「だからケンくん!ちょっとフィリちゃん部屋に運んどいてくれない!?」
「え?」
「やっぱりソファよりベッドよねー?でも私夕飯に取り掛からなきゃいけないのよー。はいこれ鍵!」
「え?」
「じゃあ頼んだよ!」
「ええ?」
女将さんは有無を言わせぬスピードで俺の手にフィリーダの部屋の鍵をしっかりと掴ませ食堂の方へ消えていった。
ロビーに残されたのは俺とヨーヨーとフィリーダのみ。
う、うーん。強引とは言え頼まれたことを放っておくのは悪い気もするしフィリーダを放置するのもなぁ
しょうがない。
俺は慎重に寝ているフィリーダの体の下に腕を差し込み持ち上げる。いわゆるお姫様だっこだが、そのお姫様がお姫様らしからぬ顔しているのでやましいことな何にもありません。
あとは運ぶ際に喀血してフィリーダの装備に血が付かないようにヨーヨーをフィリ―ダの腹のあたりに置いて準備OK。運びましょう。
……アカン、結構きつい。
おかしいな、いくら貧弱とは言え相手は女の子だ。軽々しくとはいかないまでもそれなりに楽に運べると思ったんだけど……
あぁっ、この装備のせいか!ちくしょう……でも脱がせるわけにもいかないしなぁ……
腕と腰と足を酷使しながら慎重にフィリーダを運ぶこの作業はブラック・ディアー狩りの何倍も神経を使う気がした。
恐るべしフィリーダ。
部屋の鍵は両手がふさがっているのでヨーヨーに開けてもらった。ヨーヨーは器用だな。
さて、フィリーダの部屋に入るが……ううん、何故か緊張してしまうな。俺も男という事か。
よし、覚悟を決めて入ってやろうじゃねぇか。あ、ヨーヨー扉開けて。
ヨーヨーの触手でゆっくり開かれる部屋の扉その先に――
「うわぁ……」
そこにあったのは散らかった荷物にカバンに本に薬草に服……
おいおい、何だこの汚い部屋は!?




