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「びぃえるぅ〜!?」
「ちょっ、心優ちゃん、声大きい」
看護師の三木さんが慌てて人差し指を唇に当てて心優をいさめる。そして声を潜めて色々な噂を教えてくれるのだ。
「内緒よ!内緒!ところでBLって知ってる?」
「ええ、ボーイズラブですよね?友達で好きな子がいて、よく熱く語られます」
「おおっ、それは話が早い。それでね、某腐女子が紀井先生と清水先生をモデルに描いていて皆で回し読みしてるんですよ〜」
「それはなかなか興味深いわね。是非私にも貸してもらえるかしら?」
心優と三木が顔を引きつらせながら振り返れば、入口に里英がにやにや笑いながら立っていた。
「き、紀井先生!そ、それは……あの……」
「未成年にいかがわしい読み物を勧めていたことはそれで帳消しにしてあげる。是非読んでみたいの。よろしくね」
にっこり笑う里英に三木も観念した。
「わかりました。でも、貴重なお宝なんです。処分されたら困ります。絶対返すって約束していただけますか?」
「わかったわ。当然紀井先生や清水先生にも内緒にしてあげる」
「ありがとうございます!」
三木はがばりとばかりに思いっきり頭を下げた。
「じゃ、失礼します。心優ちゃん、またね〜」
長居は無用とばかりに心優に手を振ると三木はそそくさと出て行った。
「里英先生だけ、ずるいです〜」
ずっと大人しく二人のやり取りを見守っていた心優が頬を膨らませる。そんな顔も可愛い。管も取れて傷もそんなに痛まなくなったのか最近表情も豊かになってきた。
これから本格的に検査をこなし、抜糸が済めば退院できるはずだ。
「ごめんね。私が読んで、心優ちゃんが見ても問題無いようなら見せてあげる。でも、あまりに毒が強い時はあきらめてね。とっても申し訳ないけど」
「わかりました…」
「それと、その作品の存在をあの二人には内緒にしててね」
「それはもちろんです」
そうして二人で笑い合う。ちょっとした秘密の共有だ。
「紀井先生と清水先生ってホント仲良いですよね?ずっとですか?」
「そうね。大学に入学した頃からの大親友みたい」
「姉弟仲も良いですね。うらやましいです。私一人っ子だから」
「まあ、うちは仲良いけど人それぞれじゃない?家庭によるみたいよ。心優ちゃんはお母様と仲良しね。姉妹みたい」
「でも常に付き添いで一緒にいましたから何でもお見通しみたいで微妙なんですよ」
お喋りしながら診察が進む。
「あの、里英先生。」
「何かしら?」
「あの……三木さんですけど……すごく良い人なんです。楽しくて、裏がなくて……だから、あの……」
三木のことが心配なのだろう。篤目的でもないしとおずおず申し出る。
「わかってるわ。誰にも言いつけない。私も作品を借りなきゃいけないし、共犯関係になっちゃったし」
「良かった〜」
「じゃあ、またね〜」
うふふ……
心優に手を振りながら里英は密かにほくそ笑む。
実のところ、清水三兄弟のBL冊子の存在も噂には聞いている。この機会に是非拝見したいものだわ……
誰も私に見せてくれないんだもの……
パタンと閉まったドアを見つめる。
まったく里英先生は可愛いけどおっとり見えて抜け目がない。
お医者さんになれるくらい賢いし、なかなか厳しいその中でやっていくってこうゆうところも必要なのかしら………
狭い狭い箱の中で育った自覚のある心優には想像がつかなくて、でもその堂々とした態度姿勢が正直うらやましい。
あんな風には自分はとてもなれないけれど、目標とゆうか見習いたいと思う心優だった。