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「雨か……」
窓の外は暗い。それじゃなくても景色は病院の建物ばかりで、その向こう側に市内のビル群が見える。遠景に山が見えなくもないが遠すぎて霞んで見えるだけだ。
「退屈だわね」
心優の母、麻子が笑う。
「どうする?本でも読む?手はまだだるい?」
「うん、何となくそんな気力がない。音楽にする。モーツァルト、きらきら星入ったのある?軽いメロディーが良い」
「はいはい、個室で良かったわね」
ホントにそう思う。術後はとにかくしんどくて、うつらうつら程度にしか眠れない。痛み止めは効いているけど呼吸が苦しく力が入らない。横たわることも出来ずベッドの背面を起こしてもたれたままいるしかない。わかってはいるけど自分のことで精一杯で他のことに気が回らない。
医師も看護師も気が紛れるように気遣い何かと用事を見つけては部屋に訪ねて来て楽しいお喋りをしていってくれるけれど、気を遣わせているのがわかるから忙しいのに申し訳なく思ってしまう。
とにかく動けないのが辛い。
点滴はもちろんだけど、両胸に管が刺さって、それが左右両方に置かれた機器に繋がっているから動く時にはその機器と一緒に動くことになる。
結果、車椅子に座り、車椅子を押す人と結構な重さのある左右の機器を持つ人の2〜3人のサポートが必要になる。ちょっと動くだけでかなり大事なのだ。
肺の出血が止まるまで管は抜けないらしい。
管は抜けても傷痕は残る。手術痕も含め六個も胸に傷痕が残るかと思うと憂鬱になる。
しかも、まだこれから先いくつも傷がつく可能性が大きい。
それに、先程紀井先生が来て今後の検査の説明をしていった。
管が抜けたら、循環器で心臓のエコー、整形外科や眼科にも検査に行かないといけないらしい。
カウンセラーの先生がついてカウンセリングも行われるらしい。
生きるのも大変なんだなぁ〜
心優の正直な感想だ。
毎日がきつく苦しい。でも死ねない。
自分がいろんな人によって生かされている自覚はある。感謝はしてる。でも、素直に喜べないものもあるのだ。
小さい頃からずっと何かと病院内で過ごしている。だから慣れてる。でも、これがあとどのくらい続くんだろう?楽になることはあるのか?もっともっと苦しくなったら?
夜中に一人でいると叫びたくなる。
実際には叫ぶほどの声も出やしないというのに。不安で不安でたまらない。
でも、母にも言えなかった。母もきっと同じような不安の中にいるだろうことがわかるから………
……ちゃん……み、ゆ、ちゃん……
何?誰?………遠くから私を呼ぶ声がする………
「心優ちゃん、起きて」
うっすら目を開ければ、紀井先生が頭に手をやり心優に声をかけている。ぼんやり眺めればホッとしたように笑う。
「うなされてたよ。嫌な夢でも見た?」
そう言われて考えてみるが思い出せない。
「わからない……」
「そう。水飲む?」
頷いたらペットボトルの蓋を開けて口元に持ってくるので少しだけ飲んだ。
「今日僕当直なんだ。次に呼び出されるまで暇だからお喋りしようか」
たわいない話だった。どうとゆうこともない。
紀井先生は優しい。いろいろ不安定な心優と手をつないでくれて、その大きな温かい手に守られているみたいで嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、いつの間にか涙を流しながら眠ってしまった。
涙を流しながらも顔は笑っていたと思う。嬉しくてにやけていたから。
おっきな手で頭も撫で撫でしてくれて、すごぉく幸せだった。
今だけ、でも、先生を独り占めできたんだもん。
しつこく言いますがフィクションです。
実際の病気や医療行為とは異なる点があってもお許しくださいませ。