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 心優の部屋を出て柾にメールを送信した。


『飲むぞ』


 ゆっくり階段を降りながら気持ちを立て直す。

 篤が降りてくるのに気付いた麻子が階段下までやって来た。


「篤さん、ありがとうございます。

 それで心優は……」

「大丈夫です。微熱だし喉も赤くないのでいつもの感じでしょう。ゆっくり休ませてください。

 それより最近何か有りましたか?何か悩んでる感じでしたけど……」


 麻子は一瞬言い淀んだが、言った方が良いと判断したのだろう。


「進路のことでちょっと……卒業後どうするか考えていたみたい。進学はしないで、お稽古事をしてみようかと言ってたんですけど……」

「そうですか……」

「それと、多分篤さんとの関係も勝手に悩んでるんじゃないかしら……」


「そうですか……そのへんは、また追々二人で話し合います。

 じゃあ、今日はこれで…」

「あ、良かったら夕御飯を…」

「いえ、今から柾と約束があるので申し訳ありません」



 マンションに到着すれば、柾が大きな紙袋を下げて待っていた。


「悪い、待たせたな」

「いえいえ、ちょうど家着いたとこだったから、おかず持参だぞ」

「そりゃ助かる。ありがとう」



 勝手知ったるで二人して食器を並べビールを出す。


「んで、心優ちゃんの具合は?」

「まあ、たいしたことないから大丈夫」

「ふぅ〜ん、で?」


「だいたいのところ予測は付けてるんだろ?」


 憮然と答えたところで、柾がニヤリと笑った。


「兄貴情報だと、高校卒業前に縁談が殺到しているらしいぞ」


 反応しない篤に


「なんだ、知ってたのか……」

「予測はつけてた。だから先手を打って昨年のうちに動いた。

 あの親父なかなかのタヌキだからな。油断出来ない。

 最初挨拶に行く前に僕の調査は終わってたみたいだし、今も付いてるぞ」

「へっ?今、付き合ってるのにか?」

「あの時さっさと切っといて良かったよ。今も浮気でもしようものならそのまま終わりだろうな」

「それはそれは……つまりずっと禁欲生活が続いてるわけだ。

 そろそろ手を出したら?もう三年だろ?

 世間の女子高生はもっとめくるめく愛欲生活に……いてっ」


 ぱこ〜ん!と小気味良い音が響いた。


「一緒にするな、阿呆」

「俺はだな、空気を変えようとだな……

 お前、気長だよな〜

 若紫を育てるなんて、いったい何年かけてる?

 理想を押し付けてるわけでもないよな」

「人のことはいいから、飲むぞ」



「またまた〜、何かあっただろ。

 おい、吐け!」

「酔ってもないのに吐けるか!飲め飲め」


 こうして夜は更けていく。

 飲みながら頭の中で計画を組み立てていく。

 柾はこれでなかなかの情報網を持っている。


 縁談は親を通しての正式なものだけでなく、女子高生である学友を通しての合コンまがいのものまで色々仕掛けられているらしい。

 彼氏はいないことになっている心優に紹介するとか、グループで遊びに行こうとか、本当に油断も隙もない。


 心優に体力がないおかげで週末は篤との予定が最優先され、他の予定は体力温存の為に入れにくいのが幸いして今のところそんな連中に出会うことはないが、考えただけで腹立たしい。


 でも、こちらにそんな話が漏れてくるくらいだから高杉良介の耳に入らないわけがない。

 愛娘命の良介がしっかりガードしているに違いないが、なにぶん心優は世間知らず。うっかり騙されないとも限らない。

 篤自身姑息な手を使って囲い込んでいる自覚もあるので、似たような手を使われたら非常に危険極まりない。


 それでなくとも今夜は不穏なことを言われたばかり。

 本気じゃないことはわかっているが、しばらくは気が抜けない。

 いくら両親公認とはいえ、心優が嫌がれば終わりだ。

 ふと、心優の唇を思いっきし貪って来たことに思いが至る。

 大丈夫だっただろうか……嫌がってはなかったよな……


 心優の放心した赤い顔が浮かび、己の一部に意識が向く。

 手加減しないとは言ったけど、大丈夫だろうか……


「おい、何凹んでる?

 やっぱり何かしでかしただろう」


 容赦ない柾の陽気な戯れ言もたまには役に立つ。深刻にならなくてすむのだから。でも煩いよな……

 こうして夜は更けていった。

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