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『おやすみ』


 送信した途端に背後からスマホを奪われた。

 慌てて取り返そうとするが、先に何やら送られたらしい。画面を確認して見れば、ハートマークを散らした犬が『大好きだぁ!』と叫ぶスタンプ。既に既読になっている。


 やられた!

 と思ったところで、もう遅い。


『今のは清水が送った。すまない』


 慌てて送れば、おどけた犬が『安心してください』と手を振るスタンプ。ちっとも安心できないというのに続けておやすみスタンプが届く。

 さすがの女子高生。早い………



「おまえ……ふざけんな!」


 篤が真剣に怒っているというのに、ニヤニヤ笑いが止まらないらしい柾は


「可愛いねぇ〜」


 などと、篤の神経を逆撫でしていくだけでなく、そのままいつものように食事に行ってからかって楽しむ。


「純愛だねぇ。いつぶり?高校生?

 あ、高校生同士なら遠慮なく手を出せたか……ひょっとして中坊以来とか?」


 憮然と無視してビールをあおれば、すぐさまおかわりを注いでくれるけどニヤニヤは止まらない。


「お前、痩せ我慢し過ぎだろ」

「……何の話だ?」

「既読スルー。すぐ返信出来たはずなのに我慢したよね?

 何?プライド邪魔した?メッセージ入るたんび速攻読んでるくせに、忙しいふり?それともガンガン返すと引かれるって思った?」

「お前こそ暇だな」

「これが僕の愛じゃない!」

「気色悪い………」


 不機嫌丸出しで隠しもしない篤も珍しい。


「なんだお前、溜まってるのか?さっさと抜いて来いよ。あっちの彼女ならいつでもOKだろ」

「切った」

「はあ?なんで?まだこっちは交際に発展どころか、しばらく痩せ我慢しないといけないのにどうすんだ?」

「お前……明け透け過ぎだろ…」

「いや、だって事実だろ?何年我慢するんだ?その間どうする?キープしてたって…」

「面倒臭くなったんだ。それなりに好きだと思っていた時にはどうにかなっても、その気になってもないのに迫られても萎えるだけだし」

「枯れるの早くない?」

「意味が違うだろ!いい加減下半身から離れろ」

「いや、だって、性欲は人間の三大欲求の一つだよ。食欲も睡眠欲も無いと死んじゃうんだよ。種の保存本能を馬鹿にしちゃいけない」


 どこまでからかうつもりか…きりがない。

 それなりに心配してくれているのはわかるが方向性が間違っている気がする。

 それとも何か突っ込まれては困ることでも……?


「なんだ?その目は……」

「いや、柾君は僕に何か隠してるのかな……?と思って……」

「なんだそれ……」

「いや、なんとなく……」

「ま、飲もう!」


 そう言って極めて普段通りにビール瓶を持つ姿に確信した。

 これは何かある、と。

 僕は優しいからしばらくは放置してあげるけど、近いうちに掴んでやる。


 それにしても、相手が未成年の高校生ってだけで難しい。

 つい色々考え過ぎてしまう。

 自分もせめて大学生ならもっと気楽に付き合えただろうに、当時はまだ小学生だったしな〜


 メル友にはなれたはずだが

 いったいこれからいつどうやって交際に持っていくか……

 これが目下最大の問題だ。


 外科的には抜糸して退院したら、それで終わりなんだよな〜


 退院後一週間くらいで一度診察を入れれるくらいで、たいていの患者は再発でもしない限りそれっきり。いや、もちろん再発なんてしてほしくない!

 退院すれば医師と患者という関係ではなくなるが、会う口実もなくなる。


 このラインが命綱かぁ〜


 極めて不確定な要素と、か細い通信手段しか残されていないというのに、心優の退院は目の前まできていた。

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