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王太子のお嫁さん。~ときどきお兄ちゃんと妹~14


 トビアスの要望を聞いたクリスティーナは、真っ青になって、アルベルトに目を向けた。

 イレーネと会わせないようにするために、クリスティーナとアルベルトが対応することになったと言うのに、これでは本末転倒だ。

 アンナに口を開かせればこうなると分かっていただろうに、何を考えているのだろう。

 クリスティーナに、暗澹とした眼差しを向けられたアルベルトは、だが飄々と笑った。

「わかりました。イレーネ・デュカーという女性を探させましょう。探している間、トビアス殿下には王宮で過ごしていただきたいのだが、よろしいだろうか?」

 あっさりと受け入れられ、トビアスは面食らった。目を丸くした彼は、驚いてしまった自分を誤魔化すように一度咳ばらいをすると、不承不承といった体で応じる。

「ああ……旅の疲れもあるので、しばらく休ませてもらうのも悪くない」

「では、教会のご説明も一通り済んだところです。王宮へ戻りましょう」

 トビアスの返事を聞いたアルベルトは、至極満足そうに微笑んだ。



 アルベルトに促されるまま、それぞれが教会を出て、馬車に乗り込もうとした時、クリスティーナは王家の馬車に近づいた。アンナが馬車に乗り込むのを手伝っていたアルベルトに歩み寄り、袖を引く。トビアスは既に馬車に乗り込んでいて、外に残っているのはクリスティーナとアルベルトだけだった。

「クリスティーナ?」

 名を呼ばれたが、クリスティーナは答えず、教会前の大階段脇にアルベルトを連れて行く。馬車の周りに控えた使用人たちに、ぎりぎり声が届かない位置だった。

「なあに、クリスティーナ。こんなところで僕とむつみあってくれるの?」

「えっ」

 クリスティーナに引かれるまま、物陰についてきたアルベルトが、からかい半分の顔つきで腰を抱き寄せる。

 ――そんなつもりじゃ……っ。

 咄嗟に頬に朱を上らせ、クリスティーナは使用人の方に目を向けた。

 外とはいえ、いらぬ誤解を受けて父に報告されたら、叱られるかもしれない。

 アルベルトが、意地悪く耳元で笑った。

「嘘だよ。こんなところで何かしようなんて、さすがの僕も思わない。使用人たちからも丸見えだから、悪さをしているとは取られないよ」

「……」

 婚約者同士が仲良く会話をしているだけにしか見えない、と言われ、クリスティーナは眉を吊り上げた。

「……何を考えていらっしゃるの? イレーネ様を守ろうと言っていたでしょう?」

 アンナは既に馬車の中で待っている。彼女を長く待たせるのも悪く、クリスティーナはすぐに用件を口にした。

 アルベルトも、聞かれると思っていたのだろう。苦笑交じりに応じた。

「彼女を守るのは構わないけれど、どちらにしても、顔を合わせないことには何も解決しないよ」

「どうして?」

 イレーネは、トビアスの求婚から逃げるために、わざわざ隣国まで足を運んだのだ。ほんの少し交流を持ったクリスティーナでさえ、あんなに横柄な人とはあまり顔を合わせたいとは思えない。顔を会わさずに済めば、それに越したことはないだろう。

 納得いかず尋ね返すと、彼は眉尻を下げて、クリスティーナの頬を撫でた。

「だってあの男は、イレーネ嬢が欲しいんだよ。諦めきれないから、ここまで来たんだ。彼だって、諦めるためには、納得のいく説明が欲しいはずだろう?」

「でも……その説明を、彼女にしろとおっしゃるの?」

 クリスティーナも眉を下げて、アルベルトを見上げる。

 先日の茶会でみた、イレーネの表情は印象的だった。マルクスと気の置けない様子で会話をしていた後、後ろにクリスティーナがいたと分かった時の、不安そうな顔だ。

 紺色の髪を揺らめかした彼女は、今にも泣きだしそうだった。

 マルクスの前では快活そうに見えたけれど、きっと彼女は、トビアスの前では委縮してしまうのでは、と想像された。

 そこはアルベルトも察しているのか、弱った調子で苦く言う。

「どんなに苦手な相手でも、会わないといけない時はあるよ。彼女が今後どうするのかは知らないけれど、トビアス殿下との話が流れても、マルクスとの婚約は流れないかもしれない。クリューガー侯爵夫人の意向が通って、マルクスの妻になったとしたら、彼女はもう、ただのご令嬢じゃない。未来の侯爵夫人として、どんな人間とも笑顔で接していかなくてはいかなくなる」

「それは……っ」

 マルクスとイレーネが結婚なんてしたら、アンナが泣く。

 アルベルトは、最も高い可能性の未来を口にしただけだ。そうなるとは限らないが、アンナの気持ちを考えてしまったクリスティーナは、無意識に涙ぐんでいた。

 身内びいきだったが、クリスティーナはどうしても、アンナには幸福になってもらいたいのである。

「……クリスティーナ。どうして君が、悲しそうな顔をするの」

 アルベルトの声が、低くなった。クリスティーナは、彼の声音が変わった意味までは理解できなかった。涙を引かせようと俯いたところ、アルベルトの手がそれを許さず、強引に顎を引いて上向かせられる。

 見上げた彼は、クリスティーナの涙に眉を上げ、不機嫌そうに笑った。

「ねえクリスティーナ。どうしてそんなに、イレーネ嬢に肩入れするの?」

「……不憫だと」

 好きでもない男性と結婚するのは、つらいだろう。

 だがアルベルトは納得していない表情で、小首を傾げる。

「本当に、それだけ? ほかに理由があるんじゃないの……? 例えば、そうだな……マルクスに結婚して欲しくない、だとか」

「――」

 クリスティーナの心臓が、どきっと鳴った。

 本当の理由は、そうなのかもしれない、と思った。

 善意でイレーネを救おうとしているように見せて、その実、自分は自分のためにしか動いてなかったのでは――と。

 イレーネを救えば、マルクスは彼女とのかりそめの婚約話を解消できた。そうすれば、アンナが今後彼とよい関係になる道もある。どこかで、そんな未来を望んでいなかったか。

 自分でも意識していなかった内実に気づかされ、クリスティーナは瞳を揺らした。

 アルベルトは、動揺を見せたクリスティーナに目を眇め、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「ふうん、そう。それならいっそ、イレーネ嬢はトビアス殿に娶っていただいたほうがいいんじゃないかな?」

「……いいえ、でも」

 それも一理ある。だがやはり、それではイレーネが可愛そうだ。

 首を振ると、アルベルトは皮肉気に息を吐いた。

「まあそうだよね。どちらにしても、君は僕と結婚するのだし。昔の感情を引きずっていても、今後どうにかなる未来なんてないものね。君はただ、目の前でマルクスが他の女性と結ばれるのが、見たくないだけなんだから……」

「……?」

 クリスティーナは顎から手を放したアルベルトを、きょとんと見つめる。彼の言っている意味が、分からなかった。

 アルベルトは眉間に皺を寄せ、前髪をかきむしる。

「あーあ。……やっぱりあいつは目障りだな。使えるけど、邪魔だ」

「……あの、アル……?」

 問いかけると、アルベルトは珍しく、キッとクリスティーナを睨んだ。

「言っておくけど――結婚して、子供ができた後だって、僕以外に恋人を作ったりしたら、僕は君を監禁する。そして間男は殺すから」

「――……はあ」

 唐突な宣言を受けて、クリスティーナは間抜けな声を漏らした。アルベルトが何に怒っているのか、さっぱり分からない。

 彼が自分と結婚して、子供ができるところまで想像しているのだと知って、何だかこそばゆいのだが、間男うんぬんはどこから出てきた話だろう。

 よく分からないながら、クリスティーナは素直に、自分の気持ちを口にした。

「あの……私は、結婚した後も、アルベルト様以外の男性と通じるなんてあり得ませんから……どうかご安心なさってください」

「……」

 アルベルトは複雑そうな顔で、クリスティーナを見つめる。戸惑いながらも、にこっと微笑むと、彼はぐっと奥歯をかみしめ、勢いよく抱きしめてきた。

「クリスティーナ……っ、僕は君が好きだ」

「……私も、お慕いしておりますわ」

 自分の侍女の視線を感じたが、アルベルトがなんだか切羽詰まっていたので、クリスティーナは彼が満足するまで、じっと腕の中に収まっていた。



 その日の夜、母がクリスティーナの部屋を訪ね、『私はいいと思うのだけれど、一応伝えておくわね』という前置きの元、人前での抱擁は節度ある時間で済ますようにしなさい、と釘を刺した。

 父に伝えるよう言われたらしい。

 お小言だが、さして立腹しているわけでもないようだった。

 胸をなでおろしたクリスティーナは、母に次のアルベルトとの約束を伝える。

 一週間後に、マルクスとイレーネを連れて、王宮を訪ねる予定だと――。



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