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王太子のお嫁さん。~ときどきお兄ちゃんと妹~13


 クリスティーナとアルベルトが一通り、教会内の設備を説明した。信徒が使う長椅子の彫刻、柱に施された意匠、天へ導くように中央の高さを上げた造りの天井。教会の出入り口から、祭壇手前までの身廊を歩みきった時、翼廊に入る手前で、トビアスは視線を上げた。

 トビアスは祭壇の向こうに佇む、女神のステンドグラスを見つめる。

「ああ、そうだ。……女神信仰の国だったな」

 今思い出した、という顔で呟かれた言葉には、どこか棘があった。

 クリスティーナは振り返る。案内はクリスティーナが先頭に、その後にトビアス、その後ろをアルベルトとアンナの順でついて来ていた。

 トビアスは瞳を細め、女神からクリスティーナへ視線をずらす。頭から足先まで視線を這わせ、ふっと皮肉気に笑った。

「貴女に絹の一枚布を被せてやれば、かの女神そのものになりそうだな」

 祭壇の後ろに佇む女神は、尻に届く銀の長髪に、白の一枚布のドレスを纏って、アルカイックスマイルを浮かべている。

 神と似ていると言われても、反応に困った。

 トビアスはアルベルトを振り返る。

「女神のまがい物(・・・・)を手中に収められるご予定とは、羨ましい限りだ」

「――」

 くっと喉元が苦しくなった。

 それはトビアスなりの、誉め言葉なのだろう。どんなに横柄な物言いをする人でも、そんなはずはない。そう思いたかったが、彼の声にはどうしても、クリスティーナへの嘲りを感じた。

 隣国では、これが当たり前の態度なのだろうか。

 アルベルトは僅かに眉を上げ、しかし隣にいたアンナが眉を吊り上げ、身を乗り出しので、慌ててその肩を掴んだ。

「ふん!?」と鼻息荒く睨みあげられた彼は、眼差しで妹を窘め、トビアスには柔らかく返した。

「……まがい物とは、変わったご表現だ。私は他の何者でもない、この世に唯一の彼女を愛しているからこそ、結婚を望んでおります」

 トビアスも軽く眉を上げ、はっと笑った。

「そうですか、お優しい婚約者を得られ、クリスティーナ殿はお幸せ者だ。私はどうにも、言葉選びがまずいらしい」

 口角を上げ、クリスティーナに向き直る。緋色の髪が光を受けて、燃えるような赤に染まった。鋭い翡翠色の瞳は、彼女の強張った顔を見て、揶揄するように眇められた。

「ああ、そうだ。よくそんな顔をする女だった」

「女……?」

 よもや『まがい物』にとどまらず、『女』扱いか――と、クリスティーナは目を見開く。

 将来国王になるアルベルトの隣に立つために、些細なことでは動揺しない女性になろうと決めていた。だから初対面で酷い言葉を投げつけられても、気にしないように努めたが、この人は――難しいかもしれない。

 クリスティーナが唇を引き結んだのを見て、彼は笑う。

「ああ、失礼。貴女ではなく、別の人間です。私には気に入った女がいるのですが、どうにも嫌われているようでね。何を言っても、今の貴女のように、よく強張った顔をしていたものだから、つい口にしてしまった」

 クリスティーナの心臓が、ドキリと鳴った。

 トビアスは、クリスティーナを横目に見ながら、脇を歩み過ぎる。祭壇への階段を上り、彼は背中越しに呟いた。

「クリスティーナ殿とはまた違う、美しい髪をした女でしてね。手に入れようと思ったのだが、生意気にも私を袖にして、別の男を選ぶ予定だと言う。何が気に入らないのだか、私の側室として、可愛がってやろうと言っているのに」

 ――イレーネだ。

 納得だった。

 こんな物言いでは、到底恋心など抱きようがない。イレーネがノイン王国まで逃げようと思うほど、彼は言葉選びを間違えてきたのだ。

 兄に肩を掴まれ、視線で窘められたアンナが、ふん、と鼻を鳴らした。

 クリスティーナはアンナの気質が最大限に発揮される予感がして、さっとアルベルトに視線を向ける。とめたほうがいい、と目で伝えたつもりだが、彼は何気ない調子で妹を見下ろした。

「まあ、随分と情けないご様子ですのね! 女性の心ひとつ動かせないのでは、将来お国を導くのは貴方ではないのでしょうから、安心しまし――ぅぐっ」

 アンナがほとんど話しつくしてから、アルベルトはアンナの口を塞いだ。そしてゆったりと振り返ったトビアスに、柔和な笑みを浮かべる。

「――や、これは失礼。妹はまだ、王女である自覚が足りないようでして」

 にこやかに言っているが、クリスティーナは怪訝に眉根を寄せた。アルベルトなら、もう少し早くアンナの口を塞げたはずだ。

 トビアスはアンナを冷え冷えと見下ろし、くつ、と笑った。

「女の心を動かせぬ程度で、私が王に相応しくないと言うか。生憎だが、王太子には私が収まる予定だ」

「――」

 アンナは目を見開いて、兄の手を口から引きはがす。クリスティーナはさすがに、アルベルトを睨んだ。

 ――何を考えているの。

 明らかに、わざと手に力を込めていなかったアルベルトは、クリスティーナの咎める眼差しを受け、肩を竦めた。

 アンナは肩を怒らせて、高い声を上げる。

「――それなら、貴方のお父上はとんだ暗愚でいらっしゃるのね! 人口の半数を占める女性を軽んじるような男が頂点に立って、国がよく導かれるものですか! 愚かにもほどがあってよ!」

「……」

 クリスティーナは、さあ、と血の気を失った。

 トビアスは、真顔でアンナを見下ろしている。

 これはいくら何でも、言い過ぎだ。

 ――どうする? いいえ、どうするおつもりなの!

 アンナに発言を許したアルベルトに目で問うと、彼は苦笑交じりに、トビアスを見上げた。

「妹の言葉にも一理ありとは思いますが、失礼な物言いをお詫び申し上げます、トビアス殿下」

「……一理あり、か」

 低く呟かれた言葉には、苛立ちが滲む。

 トビアスは、ゆがんだ笑みを浮かべた。

「王女殿下の発言、大変非礼と存じるが、アルベルト王太子殿下のご対応いかんでは、水に流してもよい」

「何をお望みだろうか?」

 アルベルトの気配が、カチリと変わった気がした。彼は軍部で采配を振るっている時と似た、どこか冷徹な気配を纏って尋ね返す。

 トビアスはアルベルトの変化に片眉を上げ、しかし躊躇わず言葉を続けた。

「こちらの国に逃げ込んだ、私の女をこの足元に連れてきてくれ」

 感情的に口を開いたアンナは、まずいことをした、という顔で青ざめ、クリスティーナは取り繕う方法を探し、思考を巡らせる。

 だがアルベルトは間をおかず、平然と首を傾げた。

「貴方の女というと、恋人という解釈でよろしいだろうか? 申し訳ないが、トビアス殿下の恋人(・・・・・・・・・)という女性は、この国にはいないと把握している」

「……」

 トビアスは眉間に皺を寄せて、アルベルトを見下ろす。欠片も怯まないアルベルトの視線を受け、彼は眉を上げた。何かを悟ったように溜息を吐き、長い前髪を忌々し気にかき上げて吐き捨てた。

「――イレーネ・デュカーだ! あの女を連れて来てくれ!」

 声がよく響き渡る教会中に、彼の横柄なご依頼が木霊した。


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