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「――少将……シュメルツァー少将?」

 軽く頭を振って、怪訝そうな兵に軽く手を挙げて応じる。

 それにしても――また、あのときの白昼夢だ。あの会戦から、どれだけ経っただろう。多くの上官や部下、親しい人々をも失った。自分が艤装委員長として愛称を与えたCIPSのリズも、その後のホンロンとの戦いのなかで失われた。

 いずれにせよ、すべては何年も前の話だ。あの会戦の結果、ホンロン艦隊は揚陸兵団が全滅したために作戦目的を失って後退を余儀なくされ、メリーゲート側はその猶予のあいだに、艦隊戦力を整備するとともに人民政府を名乗る集団を制圧し、挙国体制を整えることに成功していた。第七水雷戦隊の大勝という軍事的成功も、民意の高揚に一役買ったといってもよかった。

 だから、生き残った自分が英雄とされた。本来は≪春月≫とマリーが受けるべき栄誉を与えられ、賞賛された。新たに就役する新造艦の艦長に自分が任命されるというのも、ある種のセレモニーとして利用されることになるのだろう。嘆息して、アーデルハイトは歩を進めた。

 造船所で進宙式を迎える新造艦は、新しく鮮やかな反射塗装の銀色に輝いていた。それは、アーデルハイトの眼には眩し過ぎたが、それは精神的な感覚であるかもしれなかった。

「――いいフネだな、艦名は?」

 巡航戦艦≪榛名≫であります――というのが、案内をする兵の返答だった。巡戦。本業の戦艦には火力や防御力において劣るが、その分、速力と航続力において勝る艦種である。広い主権宙域の防衛や、長距離を航海する交易船団の護衛など、鈍足の戦艦よりも出番は多いかもしれなかった。

「榛名、ね……日系の艦名か」

 頷く兵を他所に、アーデルハイトの思考は、また昔に飛んでいた。≪春月≫と、二階級特進して大佐となったマリー・ヨシカワ。日系といって、アーデルハイトの脳裏に浮かぶのは、今でもそれだった。

 軍中央もその程度は配慮してくれても良かろうにと、嘆息する。もっとも、そのような配慮をしないのが軍だと諦観する程度には、アーデルハイトもこなれていた。

 であるから、盛大に執り行なわれた巡戦≪榛名≫の進宙式において、アーデルハイトは淡々と役割を果たすことに終始した。

「入るぞ」

 式典後の静寂。衛兵に声をかけて、アーデルハイトは巡戦≪榛名≫の艦橋へと上がった

 自分以外には誰もいない艦橋で、アーデルハイトはかつての戦いを思い返して、瞼を閉じた。鮮やかに蘇る、あの頃の情景。

「……まったく、懐かしい」

 同じようなことを、アーデルハイトは繰り返した。違ったのは、返答があったことだった。

「あぁ、そうじゃな。まったく懐かしい」

 その声色に、アーデルハイトは眼を剥いた。それは、覚えのあるものだったからだ。

「む……なんじゃ、どうした。もしかして、忘れておるのか?」

 それとも早くも呆けたか、などという相手に、アーデルハイトは心当たりがあった。だが、それは、あの会戦で失われたはずの声だった。

「お、お前!! だって、お前……春月は沈んだはずだろう!?」

「あー……久し振りの再会じゃというのに、感動もなにもあったものではないの」

 呆れたように応じる声に、アーデルハイトは混乱の極みにあった。間違いなく、話している相手は、あの頃のハルそのものだったからだ。

「……いや、まあ、そうなんじゃがね。回収された残骸に、データが残っていたとかでの」

 通常、戦没艦のCIPSの復元などは行われない。一部の武勲艦を除いては、CIPSは艦と運命を共にするのが常識であった。確かに経験を積んだCIPSが退役する際、新造艦に移植されることもあるが、そういったケースは稀である。人間と同等の知性を持つ以上、あまりに長い時間を経ると、人間と同じ問題が生じる可能性が懸念されるからだ。曰くが、老害になりかねない、と。正確にいうなら、沈まぬかぎり永遠に軍に在り続けるCIPSたちによる軍閥の形成という可能性を、人は大真面目に懸念していたのだった。

 では、何故ハルが――とまで、考えてから。アーデルハイトは、自分の思考のなかに回答があったことに気付いた。一部の武勲艦。駆逐艦≪春月≫は、紛うことなき武勲艦である。であるなら、そのCIPSであるハルのデータが残存していたのなら、新たな艦体を与えるのが然るべき待遇だということだろう。

「……ハル、か。本当に、あのハルか、お前」

「じゃよ。おかげさまで、巡戦にな。榛名とかいう大層な艦名も、こちらに合わせたようじゃの」

 ≪榛名≫のCIPSの愛称として、ハル。確かに、まあまあ、違和感はないだろう。≪春月≫として沈むときの言葉を知らなければ、だが。あの言葉と愛称からすれば、元々が何から生じた愛称かは明らかではあった。

「ま、しかし……あれじゃな、老けたな?」

 ハルの言葉には、苦笑するしかなかった。ハルたちCIPSは、その名のとおり半導体(チップ)へと自分を構成するデータを退避すれば、年齢など無関係であるからだ。

「……老けもする。あれから何年経ったと思っている」

「いまの年度くらい、知っとるよ。それより、出撃はいつになるんじゃ?」

「……出撃?」

 目を丸くして、アーデルハイトは問うた。何のことだ、と。

「決まっておろう。ホンロンの連中には、とくと礼をせねばな。この艦体はちと重いが、なに、直ぐに慣れてみせようて」

 ああ――と、アーデルハイトはこめかみを抑えた。これは実に、説明の難しい問題だった。半世紀近くもの長い戦歴を誇り、またその最後に英雄的な戦果を上げたとはいえ、いまのハルは浦島太郎のようなものだった。

 戦争は終わったのだと、教えてやらなければならない。それに、いまの国際情勢をはじめとする何もかも。だから、自分が選ばれたのだろうかと、アーデルハイトは嘆息するしかなかった。おそらく、既に充分な経験を経ているハルに対し、生まれたてのCIPSを教育するような手間はかけられなかったのだろう。とはいえ、ハルの記憶が開戦直後で止まっていることに、これまでに誰かが気付いてもよさそうなものだった。

「ハル、残念な知らせなんだが――ホンロンとの戦争は終わって、いまは平和そのものなんだ」

 え、と。間抜けた反応を、ハルは返した。ハルにしてみれば、そうだろう。思わぬ僥倖で新たな艦体を得て、かつての報復と意気込んでいれば、知らぬ間に戦争が終わっていたのだから。

「いや……、突然そう言われても、のぅ」

「考えてみれば判るだろう。戦争の真っ只中に、戦没艦の残骸を回収する余裕があると思うか」

「それは……の。ああ、あやつ……マリーはどうじゃった」

「名は残っている」

 ≪春月≫の残骸からは、ごく一部の乗員の遺骸も回収されていたが、艦長を務めていたマリー・ヨシカワはそこに含まれていなかった。宇宙空間での戦闘においては、骨片のひとつも残れば幸運といったような死に方が幾らでもある。最終的に自爆までしている≪春月≫では、マリーを含む乗員のほとんどが、物理的な意味において完全に消滅していた。

「……ま、軍人としての名誉ではあろうよ」

 短く、ハルが呟いた。確かに、そうなのだろう。マリーと≪春月≫の行動は、戦闘開始直後の劣位を覆し、第七水雷戦隊に大勝をもたらした主要因とされている。そして、第七水雷戦隊が即時敗退していれば、メリーゲートの存立そのものが危うかったという当時の状況から、マリーもまたメリーゲートの英雄とされていた。

 味方の劣勢を覆すため、単艦で決死の突撃を敢行した勇猛な駆逐艦艦長の鑑などとして描かれることもある。士官学校時代から本人を良く知るアーデルハイトにしてみれば、失笑を禁じえないこともある。

「国家と市民を守るのが、軍人の仕事だからな。そのために死んだなら、確かに名誉の戦死だろうさ」

 英雄として名を遺すような行為ではなく、軍人の本分を全うしたということにこそ、名誉が与えられるべきだろう。

 人でこそないものの、CIPSもまた例外ではない。振り上げようとした拳の行き場をなくしたハルには、その原則を思い出させてやることが必要だった。本来、軍隊の存在意義は、戦うことではないのだと。ハルの新たな艦体、強力な兵装を備えた巡戦≪榛名≫とて、同じことだ。

 暫く、沈黙があった。マリーら≪春月≫乗員のために、ホンロンへの報復を考えたハルの発想は理解できる。ただし、それが許されるのは、あくまで戦争が続いていた場合の話だ。進んで戦いを求める軍隊は、その本分を忘れているといっていい。

 軍事力の保有が、即、戦争に繋がるわけではない。むしろ、意に沿わぬ戦争を避けるためにこそ、軍事力が必要とされる。手を出せば痛い目に合うと相手に思わせるだけの軍備がなくして、平和が成り立つはずもない。

 戦争を招くのは、いつの時代も変わらない。外交の失敗、国内統治の失敗――つまりは政治の失敗である。軍事力はあくまで政治の道具でしかないのだから、その用いられ方こそを問題にするべきなのだ。軍事力それ自体には、善悪などない。適正な軍事力を健全な政治がコントロールするならば、それは平和の維持に繋がる軍備だといえるだろう。

 だから、戦を経験することなく退役していったハルの姉妹たちは、平和のために働くという本分を完全に果たしていたといえる。勿論、国防のために己を犠牲にして戦ったハルが姉妹たちに劣るというわけではないが、ハルの姉妹たちが軍艦としての本懐を果たせなかったわけでは、決してない。長きに渡って平和を守ったという名誉が、そこにはあるはずだった。

「名誉、のぅ……うむ、まあ、の」

 ばつが悪そうに溜息を吐いたあとで、ハルは頷いた。元より、半世紀近くもメリーゲートの近傍宙域を守ってきたハルである。冷静になれば、理解は容易なはずだった。実戦を経験したいまとなれば、余計にだ。

「ま、しかし――そのあと蘇ってしまったわけなんじゃがな?」

 ハルは冗談の粒子を含んだ声を発した。すべてを諒解したというしるしだった。或いは、小娘が自分に説教など半世紀早いとでも思っているのかもしれなかった。アーデルハイトとしては、どちらでもよかった。ともかく、これから相棒になる旧知の相手と、信頼を築けたことは疑いなかった。

「今度こそ、一度も戦わないまま解体されることを祈るんだな」

「一度で充分じゃからな、あんなもの」

 そうして、一人の軍人と一隻の軍艦は、どちらともなく笑いあった。笑顔は、幸福を招くらしいからと。

SFっぽい雰囲気を出すよう努力はしましたが、

課題のSFは、政治(Seiji)風刺(Fushi)の略ということで。


〆切当日に参加表明して書き始めましたが、まあ時間が足りない足りない。

ハードSF予定の長編は断念、保険のこちらも色々とプロットを削って削って、時間一杯(このあとがき、9/1 23:35に書いています)という有様でした。


とにかく期間内に完成させることだけを優先したので、出来については、ご覧のとおりです。

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