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「――ここまで来て、何故、また待機なんだ。小惑星群は目の前なんだぞ!?」

 核融合炉を全力運転させ、加減速のために推進剤を惜しげもなく噴射してきた≪ハーキュリーズ≫の艦橋に、アーデルハイトの怒声が響いた。艦橋に詰める乗員たちも、声こそ発さないものの、同じような表情を浮かべていた。

 艦隊の各艦は既に減速も終え、小惑星群との相対速度を調整している。この状態で待機というのは、いざ殴ろうと拳を振り上げたところで、待てと制止されているようなものだった。

「……首相が本作戦を視察されるそうで、高速艦で艦隊を追従しています。現時点で作戦を開始すると小惑星の破片等が発生するので、首相の乗艦が危険に晒されるからではないかと」

 リズの報告に、アーデルハイトは自分たちの元首に向かって、ありったけの暴言を胸中で並べ立てた。エーリッヒ・カーン首相が、この一事のみで、軍関係者からの信望を完全に失ったであろうことは明白だった。

「素人が現場に出てきて、何の意味があるんだ」アーデルハイトが音声にしたのはそれだけだったが、しかし、その回答は意外な形で与えられることになった。

 四時間の待機後、艦隊とのランデブーを果たしたカーン首相の座乗艦が接舷したのは旗艦の≪シェフィールド≫ではなく、≪ハーキュリーズ≫だったからだ。

「やあ、君があの。なるほど、確かに美人だね」

 ドイツ系らしからぬ軽薄な笑顔を浮かべて移乗してきたカーン首相に、アーデルハイトは礼を失さない程度の、最低限の礼儀で応じた。つまりが、完全に軍人としての、儀礼的な態度である。もっとも、アーデルハイトでなくとも、他の対応を取ったかどうかは疑わしかった。

「――いやあ、僕はものすごく防衛問題には詳しくてね」

 根拠のない豪語を口にする首相の顔面を、アーデルハイトは心の中で思い切り殴りつけた。実際には、曖昧な笑顔をちらと浮かべてみせたきりだった。

 カーン首相は、ほんの半年前まで防衛大臣を務めていた。なるほど、任期は僅か三ヶ月であったとはいえ、有象無象の議員に比べれば詳しいと強弁できないこともないだろう。ただしそれは、ジュニアハイスクールの理科教師が博士レベルの研究者の前で、自分は科学に詳しいと胸を張っているようなものだった。

「だからね、ちょっと、現場で陣頭指揮を執ろうと思ってね」適当に相手をしよう。そんなアーデルハイトの決意は、この首相と顔を合わせてから三分で潰え去った。

「……は? 指揮、といいますと……」声の平静を保つためには、非常な努力が必要だった。

「だからね、僕が、この小惑星迎撃の陣頭指揮を執ろうと思うんだ。なんといっても、僕は防衛問題に詳しいからね」

 出来のいい冗談でも口にするように、カーンは朗らかに言った。それは冗談で言っているのだろうか? アーデルハイトは首相の随行員を順繰りに見やった。補佐官や秘書と思しき面々は、皆、視線を逸らした。どうやら、本気のようだった。

 それもまた、政治だった。つまるところ、現在のところアイランズ・メリーゲートの首相を務めているこのエーリッヒ・カーンという政治家は、古典的な、頼りがいのある指導者という偶像を自らに写さんとしているのだった。確かに、有権者の票を得る手段としては有効かもしれなかった。今般、政権と彼が属する党への支持率は急角度で低下していた。問題は、その有権者が危機に晒されるというリスクがあることだけだ。なるほど、政治家にとっては、顧みるに足りないリスクかもしれなかった。が、アーデルハイトは政治家でなく、軍人だった。

「指揮は、旗艦シェフィールドのマッキンリー中将が執っておられます。また、作戦全般の指導については、統合軍令部のアーノルド大将が――」アーデルハイトは、言葉を最後まで紡ぐことを許されなかった。得意顔をしたカーンの声が、それを遮ったからだ。

文民統制シビリアン・コントロールだよ、文民統制。君は知らないのか?」

 無論、士官学校を次席で卒業したアーデルハイトが、それを知らないはずはなかった。ほぼ確実に、カーン以上の知識を有してもいる。文民統制とは、いかなる解釈においても、政治家が実戦部隊の指揮を執るという意味ではない。が、アーデルハイトが唖然としている間に、カーンは彼女の肩を親しげに叩いて、言った。

「話題の美人艦長が操る新鋭艦を、僕が指揮する。それで小惑星群を阻止したら、政権支持率のV字回復は間違いなしだ。何でも、凄い作戦を準備しているそうだね?」

 アーデルハイトは、カーンに触れられた場所を手で払いたくなる衝動を辛うじて堪えながら、自分の頬が引き攣るのを感じた。自分が生贄にされたのだと、直感した。

 伝え聞くカーンの性格からして、当初は、艦隊旗艦である≪シェフィールド≫への乗艦を要求しただろうことは疑いない。が、≪シェフィールド≫は旗艦であり、座乗するマッキンリー中将は艦隊全体の指揮を執らねばならない。マッキンリー中将とて、面倒は避けたいはずだった。指揮権を渡すことなど有り得ないだろうが、こうも下らないことで実戦部隊の指揮官と政権首脳のあいだに溝を作ってしまうことは、得策ではない。

 であるから、マッキンリー中将はアーデルハイトを生贄に捧げたのだ。若い女性士官が艦長を務める、新鋭艦。なるほど、話題性はあるだろう。まして、奇抜な作戦案を準備しているとあれば。

「ウチでやれってのは、そういうことか……」

 アーデルハイトは奥歯を噛み締めたが、流石にそれは邪推が過ぎた。マリーとアーデルハイトの発案自体については、マッキンリー中将は評価していた。カーンを旗艦である≪シェフィールド≫以外に乗せることを考えたとき、もっともカーンの同意を得やすいのが、アーデルハイトの≪ハーキュリーズ≫であったというだけのことだった。たかだか中佐に他意を抱くような余裕があるほど、マッキンリー中将は暇ではなかった。

「……成功率は、五分五分ですが」感情を殺して、アーデルハイトは言った。

 当初の計算より少なく答えたのは、二つの理由があった。一つは、失敗時に責任を押し付けられないため。いま一つは、実際問題として――この男を乗せていては、先の計算時にはない様々なノイズが混入し、成功率が下がるであろうことは明白だったからだ。

「ダメだよ、ダメダメ。君たちは、こういうときのために税金で養われてるんだからさ。ちゃんと、びしっと決めてくれないと」

 アーデルハイトが評判を失わずに済んだのは、ひとえに、リズのお陰だった。どこまでも冷静なリズの声がタイミング良く響かなければ、アーデルハイトは怒声と共にエーリッヒを営倉に叩き込むように部下へ命じていただろう。

「――カーン首相閣下。私は本艦のCIPS、リズと申します。作戦開始の時間が迫っていますから、ひとまず艦橋まで移動ください」

 感情を交えないリズの声は、アーデルハイトの頭に涼風を流し込み、また、半強制的にカーンとその随員たちを移動させることに成功していた。

「……助かったよ、リズ」艦橋へ戻りながら、アーデルハイトは小声で囁いた。

「いえいえ」己の主人にだけ届くよう、リズは微笑んだ。


 艦隊に与えられていた猶予はただでさえ少なかったが、首相一行の到着まで待たされたことによって、安全マージンは危険なまでに減少していた。そのうえ、カーンは砲撃開始を自分が命じると言い出して、艦隊司令部を更に混乱させた。艦隊旗艦は≪シェフィールド≫であって、≪ハーキュリーズ≫ではない。つまりは、≪シェフィールド≫のマッキンリー中将が作戦開始の意を≪ハーキュリーズ≫に伝え、≪ハーキュリーズ≫のカーンが全艦隊に命令を発信するという非効率極まりないことになってしまう。無論、マッキンリー中将はカーンの申し出を丁重に断ったが、それが≪ハーキュリーズ≫艦橋をどういった状況にするかまでは考慮の埒外であったようだった。

「おかしいじゃないか! 軍の最高指揮権は、首相の僕にあるはずだろう。それなのに、どうして僕を無視して作戦が始まるんだ!」

 アーデルハイトは無言で、スクリーンを眺めた。肉眼では確認できないが、各所に配備された僚艦が砲撃を開始している旨が表示されていた。既に、命令は下されている。アーデルハイトは、為すべきことをだけを為すことに決めた。随員に向かって喚き散らす無能な政治家の存在を意識から締め出すことは、容易だった。

「――砲術。砲撃準備いいか」凛とした声を、アーデルハイトは響かせた。即座に、砲術長が応答する。

「軸線砲を除く全砲門、準備よし」

「水雷長?」

「全発射管、準備よろし」

「第三駆逐隊に連絡。本艦の射撃後、所定の計画に従って、砲雷撃戦を開始」

「第三駆逐隊の各艦より、準備完了の旨の応答あり」

 アーデルハイトは微かに頷き、指示を発した。

「軸線砲、充電開始」

 アーデルハイトは、≪ハーキュリーズ≫の兵装のなかで最大の威力を持つ軸線砲の準備を命じた。軸線砲とは端的にいってしまえば、X線レーザー砲である。融合炉の発する莫大な電力によって、軍用以外ではありえない高出力を実現しているとはいっても、本来、小惑星の軌道変更のような用途には適当ではない。本質的には光学兵器であるため、質量の大きな小惑星に対しては、軌道を変更させるほどの衝撃を与えられないのだった。

 数メートルから数十メートル程度のサイズの小惑星であれば、軸線砲の全力射撃で蒸発させてしまうことも可能だったが、通常は実体弾を用いた砲撃による軌道変更が行われる。主兵装である電磁加速砲(レールガン)か、或いは反応弾を搭載した水雷兵器が用いられることが多かった。

 無論、水雷というのはいわゆる伝統的名称であって、実体はミサイル兵器に近しい。短距離の電磁加速によって一定の初速を与えられ、弾体に積載された推進剤で加速する誘導兵器だった。この兵器をミサイルと呼ばないのは、伝統以外にもいまひとつの理由があった。惑星や衛星上で運用される兵器と宇宙空間での兵器とは性質が違うと判っていても、砲弾よりもミサイルの射程が短いというのは、軍人や兵器開発に携わる人間にとって違和感が拭えなかったからだ。ある意味では、これも伝統的な理由といえるかもしれなかった。

 ともあれ、アーデルハイトが軸線砲を選択したのは理由がある。おそらく大元は浮遊惑星であったであろう小惑星群は、その大半が氷を多量に含んでいたから、レーザーの高熱で急激に気化した蒸気とその爆発的な圧力は、いわば航宙艦が噴射する推進剤の役割を果たして小惑星の軌道を修正するはずだった。条件さえ整えば、爆縮による核融合反応さえ発生するかもしれなかった。

「充電率六十七パーセント、あと二分で最大出力です」

 砲術長の報告と同様の数値は、アーデルハイトの手許にリズからも上がってきていた。両者の数値が同一であるのは当然だった。砲術長の報告もまた、リズの計算を許にしているからだ。砲術長が艦橋に響かせる声は、気分以外の何物でもない。

 ――であれば、人間は不要ではないか。むしろ、人命を尊重するために、すべてをCIPSに任せるべきではないか。機械同士の戦争という、古典的な発想。

 人命云々のファクターを除外しても、戦闘艦艇を無人にすることで得られるメリットは多い。居住スペースや生命維持関連の装備が不要になるため、それだけ兵装や推進剤を多量に搭載できるし、艦の質量自体が小さければ加減速にも有利になる。機動性についていうならば、慣性制御システムの限界を超えた加速を実施しても乗員が挽肉になる心配がないことも大きい。艦体のサイズが同じならば、無人艦は有人艦よりも遥かに高い性能を得られるだろう。

 現実問題として、航宙艦のすべてをCIPSに委ねることは、技術的には可能である。CIPSはコンピュータとしての高度な情報処理能力に加え、いかなる意味においても人間と同等の人格と思考能力を持つとされていたから、たとえ人間の指揮を受けない単独でも航宙艦の航行から戦闘まで問題なくこなせるだろう。しかし、だからこそ、その発想は否定されていた。

 CIPSにすべてを任せた場合、彼らはこう考えるのではないか。どうして自分たちだけが命懸けで戦わなければいけないのか――と。機械知性の叛乱など、まるで旧時代のサイエンス・フィクションのような話だった。だが、かのアイザック・アシモフが定めた法は、CIPSには適用されていない。当然の話だった。彼女たちの身体は、戦闘艦艇なのだ。『人間に危害を加えてはならない』などという原則を組み込めるはずもなかった。だからこそ、強い不満を抱いたCIPSが矛先を主人に向ける可能性は真剣に検討され、結果として、完全にCIPSによってコントロールされた無人艦は現在までのところ実現していない。

 或いは、CIPSの叛乱などというものは、神経症的な心配なのかもしれなかった。が、結局のところ、戦闘艦艇という強大な武力を、それがCIPSであれ人間であれ、一個の人格に委ねられるのかどうかという問題は残る。叛乱云々の可能性を除外するにしても、不安要素が多すぎるのだ。多くの人間によって運用されるという冗長性を無視することは、こと軍事においては困難だった。

 いずれにせよ、≪ハーキュリーズ≫の艦橋ではアーデルハイトの指揮のもと、CIPSのリズと数十名の人間がひとつの機械であるかのように戦闘準備を整えていった。そのなかには本来存在するはずのない異物が混入していたが、この段階でそれを気に留めるものは皆無だった。

「充電率九十パーセントまで上昇。いつでもいけます、艦長」砲術長の報告に、アーデルハイトは片腕を上げた。

「宜しい。標的は小惑星シエラ・フォックストロット・ゼロゼロナインフォー」砲術長とリズが、標的の小惑星に与えられた番号を復唱する。

「撃て!」手を、振り下ろす。それと同時に、≪ハーキュリーズ≫の艦首が煌き、膨大なエネルギーの奔流が迸った。

 コンマ数秒ののちに≪ハーキュリーズ≫の砲撃は目標の小惑星を捉え、その軌道に僅かながらも影響を与えていた。第三駆逐隊の各艦が放った軸線砲の射撃が、それに続く。まずまず満足すべき砲撃成果だった。微かに気を緩めたアーデルハイトの意識に、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。

「どうしたんだ、故障したのか? ちっともビームが見えないじゃないか」

 無論、カーンだった。≪ハーキュリーズ≫の乗員には、レーザーとビームを混同するような人間はいない。いわゆる粒子ビームとレーザーとは、全くの別物だった。いや、正確な意味においてはレーザーも光粒子のビームであるのだが、ともかくX線というものは可視光線ではない。

 そも、可視光線のレーザーでさえ、塵などの微粒子がないかぎり視認は不可能である。十分な大気に覆われた地球型惑星の地表でさえそうなのだから、宇宙空間で視認できるはずもなかった。少なくとも、つい先刻、防衛問題に詳しいと豪語した人間が口にするはずのない台詞でないのは確かだった。

「リズ」アーデルハイトの呼び声に、リズは一瞬で応じた。

「はい。鎮静剤と睡眠薬のどちらを用意すれば?」リズの応答に、瞬間、呆気にとられた。どうも、ハルと付き合わせ過ぎたのではないか。有能だが場慣れない新品少尉というよりも、すれた先任曹長にでも相応しい類のジョークだった。

「……それより先に、私に胃薬と頭痛薬が必要だな」アーデルハイトは半ば以上の本音を織り交ぜて、その冗談を受けた。

「水雷の着弾後、目標とカーリーの軌道を再計算しろ」軸線砲の斉射ののち、≪ハーキュリーズ≫と第三駆逐隊は、反応弾を搭載した多弾頭魚雷を放っていた。

「はい、艦長。その後は?」

シェフィールド(旗艦)からの命令どおりだ。目標が首尾よく泥団子《マッド・ボール》にブチ当たろうと、外れようと、次の宙点(ポイント)に移動する」

 もっとも、これは事前の計画とは異なっていた。≪ハーキュリーズ≫と第三駆逐隊の各艦は、本来、あと三個の小惑星の進路を修正してから、後退する予定だった。無論、すべてはカーンの視察によって失われた四時間のためである。

「後退したあと、また叩くぞ」

 当然の判断だった。近距離での砲雷撃戦には、危険が伴う。大きな運動量であらゆる方向に飛び散る小惑星の破片は、脅威以外のなにものでもない。スペース・デブリや敵水雷を迎撃するためのレーザー砲塔群があるとはいえ、不必要なリスクを冒す必要はなかった――本来ならば。

「待ちたまえ、後退するのか?」口を挟んだのは、やはり、カーンだった。

「君たちの後ろには、多くの市民が暮らすコロニー群があるんだぞ」

「より効率的に迎撃が可能なよう、艦艇を再配置するだけです」

「後退はありえないよ。後退したら、防衛予算の削減は覚悟してもらうよ。血税で養われておきながら、肝心なときに逃げるなんて」

 税金泥棒の無能議員に言われる筋合いはない――そう怒鳴りたい誘惑に駆られたが、相手をしている暇はなかった。

「艦隊司令部からの命令です。明確な命令を受けている以上、本艦はそれに従って行動するほかありません」

「しかしね――」アーデルハイトは、それを遮った。不毛な会話を打ち切るように、凍った言葉を叩き付ける。

「艦隊の作戦行動に関しては、旗艦のマッキンリー中将に照会ください。申し訳ありませんが、支持率暴落中の首相閣下のパフォーマンスに協力することは、艦長としての職責に含まれておりません。艦の指揮を執らねばならないので、失礼します」

 唖然とするカーンに背を向け、指揮卓に戻る。艦橋のほとんど全員が手を止め、アーデルハイトを見つめていた。彼らの瞳には賞賛と敬意と賛同と、それと同じくらいの心配の色があった。

「――何をしている、作戦行動中に気を抜くな! 我々の後ろには、多くの市民がいることを忘れたか!」無論、これはカーンの言葉への皮肉だった。幾人かが失笑し、カーンの顔が赤黒く染まる。

「百八十度回頭! 全力噴射準備、急減速に備えろ! 以後、十五分に渡って全力噴射続行――以上、かかれ!」

 ひとたび指示を下せば、皆、高度な訓練を受けた宇宙軍軍人である。弾かれたように動き、各々の仕事に一斉にかかりはじめる。瞬く間に艦橋内は、報告と復唱が乱れ飛ぶ喧騒に包まれた。そのなかで、アーデルハイトは己の席に腰を落とした。

「……艦長、その、大丈夫ですか?」リズが何を心配しているかは、明白だった。

「なに、大丈夫だよ。何とかなる。お前も自分の仕事をしろ、リズ」

 反転からの急減速、高加速という機動の真っ只中である。姿勢制御ジェットやメインノズルへの推進剤供給と噴射の調節、機関出力の管理、その他、慣性制御システムをはじめとする生命維持装置の監視などなど、CIPSであるリズの為すべき作業は数多い。そんななかでリズが貴重な演算能力の一部を会話に割くほど、心配されたというわけだった。

 言いたいことを言ってしまって、すっとしたのは確かだったが、拙いことになるのは明白だった。いや、いかなる法律にも違反してはいないが、軍の最高指揮権を持つ首相を、現役の軍人が面と向かって痛烈に皮肉ったのである。問題にならないはずがなかった。

 が、まあ――今は、それを気にしても仕方がない。眼前の問題に集中し、最善を尽くすだけだった。市民を護るため、宇宙の脅威を迎え撃つ――まったく、素晴らしい使命だった。莫迦な政治家の相手をすることに比べれば、どれだけ気楽なことか。

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