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きみよりも  作者: 日高
3/5

現実は現実的

ロビー展まで残り一ヶ月を切った。

必要なときにしか来なくて良い美術部は、常に4.5人が常駐しているのみ。

二日連続で顔を出したのは50号のキャンバスを埋めるためだけではない。

「ちゃっちゃ」

トーンを上げて軽快に挨拶をして入る。

すぐに視線を右にうつしたが、白石はまだ来ていないようだ。

「みんな描くの?」

机に荷物を降ろした3.4人に問いかけた。

「今日は帰る」

みんな疲れているようで描かないらしく、また荷物を背負って帰ってしまった。

どうしよう。日も少ないし、白石のことだからもう帰っちゃっただろうし、今日くらい一人で集中してやるか。

しんと静まり返った美術室で一人、道具を出してパーカーを着る。

イヤホンをさして扇風機の首を固定してから、のそのそ筆をとった。


***


暑い。どうして美術室にエアコンがつかないのか、校長に直談判したい。

準備室にいた先生も、会議で部屋を空けていた。

静かすぎる美術室に一人でいると、この世界には私一人しかいないのではないかとも思えてくる。

イヤホンから流れる音楽に体をまかせて少し筆を横たえることにした。

しばらく後ろに手をついて壁にもたれかかっていると、扉の方に気配があった。

驚いてバッとイヤホンを外し振り向く。白石が私を見下ろして立っていた。

「お、おう」

「こんにちは」

控えめに首を垂れてきた白石は、いつものところに歩いて行ってから荷物をおろす。

心臓がばくばくして、白石の動き一つ一つに目を奪われた。あのしなやかな指に触ってみたい。ありもしない妄想を一通りしてから、フードを深くかぶってため息した。

夢小説のようにいくわけもなく私はまた、全版につく長い手と綺麗すぎる横顔を、覗き見ることしかできない。

誕生日を聞こうかな。そう思ったりもしたけど、その後の会話の無い空気を予知してやめた。

音量をまた少し上げて筆は置いたまま、私はしばらく没頭した。


***


そのままとくに進展もないままお互いもくもくと作業を進めていた。

たまに覗き見る白石とは目が合うこともなく、力ない肩を何度も落とした。

だんだん馬鹿らしくなってきて、ローファーを雑に履いて前の長机に突っ伏す。

隣の机には白石がいる。

横にいるのに顔を上げて眺められない白石との距離が、私には想像もつかないほど膨大に感じた。

長い沈黙があって10分くらい経ったころ、白石の足音が近づいてきた。

白石こっちきてる。白石こっちきてる。

頭の中で何度も反芻しながら全身の血がざわめくのを感じる。

白石の動きを耳だけで読み取る。期待もむなしく、ただ時計を見に来ただけのようだった。

現実は世知辛い。

その上、席に戻ったかと思うと帰る準備をし始めた。

どこまでもやるせなくふっきれて顔を上げた私は白石の方をみた。ちょうど扉のところに立ってまさに帰ろうとしていた。

「さようなら」

私は挨拶をする白石の顔を見ないように、下唇を噛んでから頭を下げた。

なんともいえないむなしさを腹いっぱいに溜め込んだまま、唇を噛む。それでも耐えきれなくて、階段まで白石を追っかけた。声をかける勇気なんかはなく、手すりに手を添えて降りていく白石の細い手を、ただ一階まで見送った。


また誰もいなくなった美術室。

空を見るとまだ青かった。

まぶしい、帰りたくないな。

腕を枕にして窓の方をみた。

まっ白い雲をゆっくりと運ぶ青い空を眺めて、この気持ちはどうしよう、と考える。答えが出ることは無かった。

今日もかっこよかった。白石、かっこよかった。白石。白石。

「白石ぃ」

口に出してみる。恥ずかしくなって顔をうずめた。

もう頭の中は白石でいっぱいだった。

身体も熱くなってきて、右手にも熱がこもっているようだ。突っ伏したまま顔をしかめる。熱い。熱すぎる。

「先輩」

おかしいな、頭上から白石の声がする。些細な吐息まで首元に感じるような気がする。とうとう幻聴が聞こえ始めた様だ。一旦落ち着こうと、そのまま目を閉じた。

首元にかかる息は途切れ途切れでなお消えず、右手の熱は滑らかにうごめいた。

目を閉じたことによる効果で、感覚が過敏になってしまった。

「先輩」

「んんんん!」

「暴れないでください」

その時初めてことの重大さに目を向け、身体がすみまで熱くなるのがわかった。

顔もあげられないまま腕の中で目を見開いて、息をのんだ。

身体の火照りだと思っていた背中と右手の熱は私に覆いかぶさった、白石のものだった。


***

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