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 いらっしゃいませ。伊達亮介(だてりょうすけ)はカウンターの中から客を出迎え、何気なく相手に顔を向けてギョッとした。

 濃い色の大きなサングラスに顔の半分を埋める大きなマスク。黒に近い灰色のツナギの上にダスターコートという出で立ちの男にギョッとしないほうが可笑しいくらい、明らかに怪しい風貌の客が来たものだ。

 亮介は客から目を逸らす意味も含めてレジの液晶画面の隅に表示される時間を見た。午前四時すぎ……。嫌な時間だった。こんな、地元の若者もコンビニの駐車場を占拠する時間帯もとうに過ぎた夜明け前に、さも辻強盗の恰好をした男と二人っきりにはなりたくなかった。

 考え過ぎだ。シフトでコンビとなった白井はすぐ横のバックヤードで仮眠している。深夜勤とはいえ、真っ当な勤務時間に仮眠など言語道断だが、これは必要悪だ、と訳知り顔で言い切ったのは、バックヤードの長椅子に寝そべって大口を開けているはずの白井だが。先輩風を吹かれて渋々折れたのは亮介だし、商品の搬入に際して人手があれば事足りる客も疎らなこんな時間に、大の男二人が狭いコンビニ内に用事などない。

 ただの客だ。夜でもなお煌々とする店内を想像してのサングラスに違いない。おまけに大きなマスクもこの二、三日中に急に冷え込んだ年の瀬のせいだ。風邪に違いない。亮介は視線の端に男を捉えたまま、不安を追いやった。

 ツナギの男は店内を一望し、入り口を入って左手にある雑誌のラックに目を留めた。その仕草にほっと息を吐いたのも束の間、男はカウンターで微動だにしない亮介にゆっくりと視線を送った。大声を出して白井を呼ぶか、それともバックヤードに飛びこんだほうが早いか、とにかく亮介の身の内には実に様々な葛藤があり、色んな思考が責めぎ合っていた。

 前言を撤回しよう。こんな時間に怪しい風体でいること自体が罪だ。せめてサングラスは取れ!

 ツナギの男は大きな歩幅でほんの数歩の距離にあるレジに向かい、カウンター越しに亮介と対峙した。

 いらっしゃいませ。亮介は努めて明るく言い、あくまでも客として対応した。そうだ、なにもレジに直行したからといって、後ろ暗い行動に出るとは限らない。タバコのカートン買いにおでん、それともなにかの支払いか?

 亮介は持ち得る愛想笑いで男を見詰めたが、顔を覆うサングラスとマスクでは相手の表情も、ましてや心情などを図ることは出来なかった。

 亮介が見守る中、男はつなぎの右ポケットに手を突っ込みなにかを取り出した。そうそう、やはりなにかの支払いか。きっと財布を取り出して……。亮介は男が取り出した物を見ても、まだ財布と疑わなかった。つなぎの男が赤いエナメル質の物を手の中に納め、留め金を外した飛び出したナイフの刃先を目の当たりにしても財布ってこんなに小さなものだっけと場違いな思考に捕らわれていた。いや、赤いエナメルの硬質で小さなものを見た瞬間に、亮介の思考は断絶されていたのかもしれない。

 男はナイフの刃先をちょいと動かしてレジに向けた。

 深夜に現われた客が怪しげな恰好でレジに直進し、ポケットから取り出したものが切れ味も良さそうな精巧なナイフという、その状況がなにを意味するか、よほどの頓馬でなくとも理解くらいは可能だ。

 亮介もようやくそれが、財布ではなくナイフ(決して洒落ではなく)で、しかも抵抗しようものなら亮介を刺す凶器としてのナイフだと思い至り、刃先が指したレジに目をやった。途端に体の痺れに全身を捕らわれ亮介は、ただ、レジと男の黒いサングラスを交互に見やった。まんじりとした時間は深夜の退屈なコンビニの店番と同じく、しかし亮介にはその時間すら喪失していた。

 じれた男は、苛々と顎をしゃくるという至極王道の仕草でもってレジの金を要求した。恐慌に陥った亮介はすぐ傍にいるはずの白井の存在も忘れ、枷から開放された両手は勝手にレジを開けていた。とにかく札だけを引き抜いて男に差し出した。たしか四時に釣銭を数えたときに、札束は五万程度だっただろうか。こんな端金で納得するか?

 男は威嚇のナイフはそのままに空いた手でしわの寄った紙幣を受け取った。手に入れた僅かばかりの金ではあるが、労力もなく五万をせしめたのだ、男がナイフの存在以上に発していた、一線を踏み越えたある種の緊張を僅かばかりに弛緩したのが亮介にも分かった。

 今しかない。

 亮介の脳味噌に下らない言葉が飛来した。亮介は事もあろうか、ナイフの握られた右手首を掴んでカウンターに押し付けると、固く結んだ右拳を男の顔面に目掛けて突き出した。なにも正義感に揺り動かされたなどとは言わない。たった五万を盗まれたとしても、そもそも自分の金でもない。果敢に飛びかかって怪我でもしようものなら、治療費ですら足が出てしまう端金で体を張る道理などない。

 亮介の拳は正確に男の鼻っ面を捉え、衝撃を受けた鼻が無気味な音を上げた。形振り構わず力を込めたために指の付け根が痛んだが、意外にも当たるもんだと感心する暇もなく、亮介はナイフを押さえつけたままカウンターに上り、無様に仰け反った男に渾身のタックルを決めた。商品ラックに派手に突っ込んだ男に馬乗りになった亮介は、更に拳を見舞った。何発か男の顔面を殴打し、サングラスが弾け飛んだ。

 恐慌から開放された亮介の神経は振り子が逆に振り切れる要領で満身に暴力が開花したわけだが、男がなんとか逃れようとするのを制止しながら白井の名を叫んだ。亮介はレジ脇のバックヤードに繋がる扉を何度も振り返り白井の名を呼び続けていた。

 強盗を現行犯で捕まえてやったと、気を抜いたのは亮介だったのかもしれない。亮介は爆発的な感情の起伏を前にナイフの存在を忘れていた。

 男が最後の足掻きとして大きく身を捩ると亮介の体が大きく右に傾いだ。咄嗟に体を押さえつけようとしたが、それよりも早く振り上げた男の右手には、薄く張り詰めた切っ先をらんらんと輝かせているナイフがまだ握られていた。怪しい光りの残像を残して視界を横切ったのはほんの刹那で、亮介は自分の脇腹に深く刺さったナイフの真っ赤なエナメルの柄を唖然と見つめながら、これは洒落なのか? と叫んでいた。

 人の血を啜ったかのように赤く光る柄など、それこそなにかの冗談だ。

 なんでこんなことに。どうすりゃいいんだ。


ついこの間登録したばかりで投稿方法とかいまいちよく分からん……ってことで、サイトに慣れる意味も含めて、古い作品を掘り起こしてみる。

2005年に書いていたのか……7年も前か!?

当然にして滅茶苦茶な文章に加筆修正が必要なわけで。

ついでに言えば完結すらしてないんですね~

無謀にも、完結してやろうと目論んでいる次第です。

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