プロローグ
今回の事件を鑑みるに、常識という言葉のなんと薄っぺらいことか。
非常識な、それもたった二人の化物が競って目覚めた結果、危うく人類は滅亡しかけたのだ。
この異常で危険な事態を掌握していたのは、政府組織職員の事務的で機械的若しくはユーモアを持った職員が招いた行幸だと言える。
パソコンが完成したばかりの有らん限りのあらゆる情報がデジタル化されたばかりのデータベースへアクセスし、今日の予定を知らせる。
『雨は腐っていないか?腐っていれば、無鬼、虚無報告書を参照』
「誰だこんなユニークな予定を入力したのは…しかも、なんだ、明治以前の情報だと?」
平田徹は、呆れと感心と興味が渦巻、思わず感嘆しないではいられなかった、と後に述べている。
当時の同僚に見せると皆一様に笑みを浮かべたらしい。
「なんだろうね?雨って腐ることあるの?聞いたこと無いわ」
「真水と流水は腐らないというが、雨はどうなんだろうな?」
そんなやり取りが交わされ、気象観測所の知り合いに電話をかけ冗談で「雨が腐ったら教えてくれ」と伝えた。
「有り得ねーよ」と笑い飛ばされたが。
しかし、その冗談のやり取りが、どれほど早期発見に役立ったかなど誰が予測できたか。
2026年2月16日、大阪の全ての観測所で、雨の中で僅かながらバクテリアが繁殖しているという異常事態が報告された。何故か彼は約束を守っていた。ひょっとすると彼も冗談で鑑識に回したのかも知れない。
そして一ヶ月後の報告では嫌気性菌の発生を確認したと報告が上がり、その範囲も日本をすっぽり包んでいるほど広くなっていた。
「嫌気性菌?つまりどういうことだ?」
「雨が腐っているということ…かな」
「まだ、そんな感じはしないがなぁ」
これらの情報は即座に上部に報告された。無鬼レポートと共に。
無鬼は日本での呼び名であるが、欧州では虚無と表現されていた。
日本で彼が目覚める前兆、それに応じるとされるオランダの地下に眠るリッチーの覚醒。
世界は混沌の闇に包まれるかと思われた。
一人の少年と二人の少女が奇跡を起こすことなど、想像すべくもない。