0、約束
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「では、あなたは彼とは面識がないのですね?」
「……はい。倉知さんとは、あの日はじめてお会いしたんです」
「あなたはなぜあの場所にいかれたのですか」
「偶然、です。なんとなく、仕事のついでに見ていただけで……それで、それがひどく歪んでいるのがわかって、直そうと思ったんです。早く直さないと大変なことになると思って」
「それで、直せたのですか」
「いえ、その」
「直せなかった?」
「はい。……あんまりひどくねじれていて、それに、倉知さんはあたしの手を拒んだ感じがして」
「ちょっと待ってください。拒んだ、というのはどういう……」
「あ、だからその、戻そうとしても、思うとおりになってくれなくて」
「……そうですか。だいたいのことは解りました。ごくろうさまです」
「いえ、ありがとうございました。……それと、あとひとつだけ、お願いしてもいいですか」
「何でしょう?」
「あたしの話を、誰にも話さないでほしいんです。記録も消してください。全部きれいに消去すると、約束してください」
「……、わかりました。」
一九九〇年二月二十一日木曜日 午後四時三十八分
月重レイクサイドホテルにて