染まらない風
風になりたい。彼のような自由な風に・・・
時は室町。今この世には世間を騒がしている盗賊がいる。盗賊なんていっても単身で金持ちの家に忍び込みお宝を盗んでいくコソドロである。
その盗賊を世間はこう呼んでいる。
-黒風-
「黒風が屋敷の宝物を盗んだぞ!!そこらにおるはずじゃ!捕らえろ!!」
今夜も世間が騒ぎ出す。黒き風によって・・・
「ふっ。チョロイな。」
屋根の上には1つの影があった。それは黒く長い髪を高く結った長身の男のものだった。彼こそが黒き盗賊、黒風である。そして、その場から消えていく。羽根のようにしなやかに夜空に消えていく。
「黒風・・・」
夜空の遥か遠くに消えた風を見つめる女性。彼の名をつぶやく。
「今回はつまらなかったな。守りも手薄だしな。」
黒風が小さな森にフワッと飛び降りた。ここが彼のアジトのような所だ。盗みを終えると必ず戻ってくるのである。すでに彼の周りを取り巻くのは闇ではなく金色の朝日に変わっていた。
ガサッ
茂みから微かなる物音が聞こえた。黒風は瞬時に反応し、腰に下げている短刀をスッと抜く。
「誰だ?」
たった一言でも凄みがあり、相手は一歩退いた。ヒョイと木に登り、相手は遠くの屋敷に逃げていった。多分黒風を捕まえるのが目的ではないのだろう。
「なんだよ。あいつ。忍びか?それよりこの場所、危ないな。まあなんとかなるか。」
独り言が癖らしく、ブツブツと喋っている。まあ、独り言を言っていても顔が良いと何も言われないのだろう。
「今夜も仕事をするか。」
黒風は相当のきまぐれで盗む日はその日の気分で決めている。
これから昨夜盗んだ宝を売りに行くらしい。先刻の忍びと同じようにヒョイッと木に登った。彼もまた忍びの1人と言えよう。そして、町に向かった。
黒風が戻ってきたのは、もう陽が沈む頃だった。
「ちょうどいい時刻だ。」
それだけ言ってとある屋敷に飛び立った。
「今夜もチョロイな。」
これで何度この光景が繰り返されたのだろう。黒き風は美しい宝物を手にし、逃げる。もちろん、闇に消えて・・・
「ふう、二夜連続はさすがにきつかったか?」
さらりと流れるように戻ってくる黒風。
「本当にいつもここにおるのだな。」
「!!」
黒風は驚いた。木の後ろからいきなり女の声が聞こえたのだ。普通は驚くだろう。だが、すぐに冷静になり女の正面に立った。
「なっ、なんで俺がここに来ることを知っている?」
「ある者が教えてくれた。」
淡々と喋る女。黒風ほどの長さの髪を後ろで軽く束ねていた。
「誰・・・今朝の忍びか。なんだ、お前俺を捕らえに来たのか?」
こんな状況でも黒風は笑っていた。その余裕はどこから来るのだろう。
「そうではない。そなたに・・・逢いたかったのだ。」
少し頬を赤らめた。以前黒風を見ていた女性は彼女だったのだ。黒風はそんな彼女を疑っていた。
「お前は何者だ?その身なりからすると姫か?」
黒風はジッと彼女を見ている。
「そうだ。でも絶対にそなたを捕らえたり、それに協力はしない。約束する。」
まだ疑っているようだが、黒風はため息をつき
「わかった。一応信じてやる。だが、その『約束』を破ったら・・・殺す。」
と言った。
「分かっておる。私は柚葉と言う。そなたの本当の名は何と言う?」
「佐助。」
「佐助?案外普通なのだな。『黒風』なんて言うからもっと変わった名を想像していた。」
「・・・お前が勝手にしたことだろ。」
そして毎日柚葉はやってきた。黒風、いや佐助は仕事ができなくて不満らしい。機嫌がそこそこ悪い。
「なあ、佐助。何故『黒風』なのだ?」
寝転がっていた佐助は、めんどくさそうに柚葉を見た。
「なんで今更そんなこと聞くんだよ。関係ないだろ?」
「気になるんだ。しょうがないだろう。」
ハア・・・とため息をつく。
「何にも染まらない自由の風なんだよ。黒ってさ何色にも染まらないだろ?だからだよ。俺は何かに縛られたり命令されるのが嫌いなんだ。自由に空をまう風みたいに生きたいんだ。」
「染まらない自由の風?・・・あは、なんだそれ。ハハハ、おかしな理由だな。」
柚葉はかなり笑っている。佐助はカーッと紅くなった。耳まで真っ赤だ。
「わ、笑うな〜!」
怒る佐助。だが、本気ではないはずだ。柚葉はまだ笑っている。大きな声で。
「ハハ、す、すまぬ。でも『自由の風』か。良いな。私も自由になりたいな。」
「さんざん笑っといて言う台詞じゃないだろ。」
佐助はふてくされた。そんな、佐助の髪が春風に揺らされていく。そして柚葉も。
「久しぶりに仕事するか。」
黒風は立ち上がった。
「えっ!?」
佐助が仕事をすると言っただけで、柚葉はかなり驚いた。まるで、佐助が盗賊業をするのを恐れているような。
「なんだ?仕事しちゃいけないのか?」
佐助が優しく聞いても、柚葉は答えない。座ったまま、動かない。ただ、辛そうな顔をするだけだった。
数分間、そうしているだけだった。だが、柚葉は覚悟を決めたようにすっと立ち上がった。
「なんでもない。すまない。いつも、そなたは危険なことばかりしている。わざと見張りの奴等を呼び寄せて追われながら盗んだり、挑発したりな。だから、心配だったのだ。だがそれは、私の不要な心配だろう。」
「本当に?そんなはず・・・」
佐助が言い終わる前に言葉はさえぎられた。真剣な目の柚葉に・・・。
「本当だ。心配するな。くれぐれも危険な真似はするなよ。」
ニコッと笑う柚葉。佐助に近付き、そっと、口付けをした。
「・・・柚葉?」
唇が自身の口から離れると、少し、赤くなって小さな声を漏らした。
だが、柚葉はその場を走り去っていった。
訳がわからないまま取り残された佐助。唇には優しい感触が残っている。
「黒風が出たぞー!捕らえろ!!」
こころの靄が取れぬまま、盗賊『黒風』となり闇を翔る。柚葉の顔が目に、頭に、心に焼き付いている。
ザシュッ
夜空に響く何かを斬る音。斬られたのは『黒風』。闇が少し紅い血に染まる。
「!!」
柚葉のことを考えていたせいか右腕を見張りの者にやられてしまった。真っ赤な血が流れゆく。
「くっ・・・今夜は何も盗ってねえぞ?ちっ、しょうがねえ。今日は諦めてやるよ。」
いつでも自信たっぷりで盗みも失敗したことがない黒風。初めての敗北に動揺を隠せないらしい。体に傷をつけられる、しかも利き腕をやられるというのは敗北ということだ。もちろん彼の勝手な決め方だが・・・
「しくじったぜ。切り落とされはしなかったが、重傷だ。」
ヒョイと木から木えと飛び移りながら独り言を言っていた。顔は余裕だが、傷の痛みは相当のものだろう。
そして、いつもの場所にようやく戻ってきた。そして・・・
「ケガしてるんですか?意外ですね。あなたともあろうお方が。」
木の上のほうから声が聞こえた。その人物は軽やかに地面に降り立つ。糸目の温厚そうな青年だ。他の木々からも人があと四人降りてくる。
忍びだ。柚葉に『黒風』の居場所を教えた忍びと同じ忍服だった。
「姫様の言うとおりですね。『仕事の後はここに来る。』」
「姫?」
意識が薄れるなか必死に声を出す。
「柚葉様ですよ。あなたと先刻まで話していたお方です。」
「なっ、柚葉!?うそだろ・・・」
その言葉の先は続かなかった。忍びの奴等が攻撃を仕掛けてきたのだ。一対五。完全に黒風が不利である。人数でかなりハンデがあるのにそれ以上に黒風は怪我をしている。
「お前ら、卑怯だろ。」
そう言いつつも忍びの身体能力で攻撃をかわしている。
「何とでも呼んでください。あなたを倒すためなら何でもしますよ。」
相手も負けていない。飛び道具を巧みに操り攻撃していく。
黒風は避けるだけだ。利き腕が使えないからだろう。
黒風の体力は限界を超えていた。大量の出血が彼の体力を奪っていく。
そして彼は倒れてしまった。
忍び達はこの瞬間を待っていたかのようにニヤリと笑った。
「あなたはここでは殺しませんよ。世間をあれだけ苦しめたんです。公開処刑ですよ。」
「ん・・・」
あれから三日という時がたった。黒風、いや佐助と呼ぶべきだろう。彼は、まだ生きていた。牢獄のなかで・・・。傷も応急処置程度に包帯が巻かれている。
「?」
佐助は理解できなかった。あの時に殺されたと思っていたからだ。
そんな彼に声をかけるものがいた。
「目覚めたか?そなたは公開処刑だそうだぞ?」
この喋り方は・・・そう、柚葉だ。牢獄の外から話しかける柚葉。
「柚葉!テメェよく俺の前にその面出せたな。裏切ったくせに・・・!約束破ったじゃねーか。」
「・・・そうだな。そのことは否定しない。」
「殺してやる!」
「殺されるのはそなただぞ。」
佐助の怒りは頂点に達した。柚葉の裏切りと態度の豹変ぶりが気に食わなかった。唇をかみ締め言葉にできない怒りをあらわにする。
「佐助、確かに私はそなたを裏切った。だが、そなたに口付けをした気持ちは嘘ではない。それだけは、わかってくれ。そなたの死刑はもう止められん。」
そして柚葉は去っていった。残された佐助。言葉にならない思いが彼を貫く。辛そうな顔だ。
「なんなんだよ。意味が・・・わかんねえよ!!」
彼の頬を一粒の涙が流れ落ちた。その涙はとてもきれいで、今までに『黒風』が盗んだ宝物よりも光り輝いていた。
処刑当日
処刑はも佐助が斬られる寸前まできていた。処刑場の周りにはたくさんの人がいる。その中には柚葉もいた。ジッと佐助を見ていた。
「黒風、なにか言い残すことは?」
処刑の決まり文句だ。佐助は柚葉を見つめる。
「・・・柚葉、俺は・・・お前を愛してる。柚葉が俺を裏切ったのは何か事情があるんだろう。怒って悪かった。・・・以上だ。」
その瞬間柚葉の目に涙が溢れた。涙でよく見えない。
ザシュッ
そして彼は処刑された。
柚葉は今屋敷を出た。世間一般に『家出』というものだ。なぜ家を出たのか。
『黒風』が盗んでいない宝を盗むためだ。まだ『黒風』のように有名ではないが、これからそうなっていくだろう。
彼女が世間に知られる名は
-神風-