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『もう一度』をもう二度と。

作者: 弥七

 窓の外には真っ白い雪が絨毯のように敷き詰められていた。暖房の効いた暖かい部屋で僕は、一人研究を進めていた。

『楽しくなかった原因』

 ノートの一番上には、そんなタイトルが踊っている。

 乱雑に散らかった机の上の、金属パーツを肘で全部床に落として、僕はノートを広げた。

 ノートに原因を箇条書きにしながら、ちらりと机に置かれた鏡を見る。

「水嶋ヒロがそこにいた。……なんてね」

 一人つぶやいて、にんまりする。僕はイケメンだ。正確には、今日の午後三時にイケメンに生まれ変わったというべきだろう。名づけて、イケメンマスク。僕の開発した人工肌をイケメンの形に作り上げ、それを僕の顔面に接着する。もうこのマスクははがれる事のない。僕はイケメンに生まれ変わったのだ。女の子が十人居たら、十人は振り向くその顔で、僕は一つのヘルメットぐらいの大きさのカプセルを拾い上げた。

 タイムマシン。

 時間を過去にさかのぼり、タイムスリップする事ができる、SF小説の中の空想の機械。しかし、それは既に僕の手によって完成されていた。普通に考えて、高校生がそれを作り上げるのは不可能だというだろう。しかし、僕は違う。他の高校生が青春にかまけている間、僕は必死に研究を進めていた。そして、どうにか卒業までに完成させる事ができたのだ。


 何故こんなものを作り上げたのか。それは、端的に言うと、高校三年間が、それはそれは残念だったからだ。仲のいい友達もできず、弁当はいつも一人。行事に混ざっても楽しくない。彼女も居ない灰色の三年間だった。しかし、頭はいい。天才といっても過言ではない。

 僕はこれから、高校一年の春まで時間をさかのぼり、高校生活を『楽しく』やり直す。楽しくならなかった原因ももう考え、その解決策も考えた。

 後は、実行に移すだけだ。

 顔はイケメン、頭もいい、解決策もある。

 僕は完璧だ。今度こそ、いや、『もう一度』高校生活をやり直そう。

 

 僕はタイムマシンを頭からかぶり、目を閉じて、スイッチを入れた。掃除機のようなキーンという音がする。ドライヤーのようにやかましい音が洗濯機の中で渦巻く。そんな世界に包まれて、僕の意識は闇に落ちた。



「ん……。どうなったんだ?」

 顔を覆うタイムマシンをはずし、辺りを見回す。そこは暮らしなれた僕の部屋。だが、よく見れば、机の上にはタイムマシンの開発のための金属パーツが無いし、研究を重ねたノートも無い。真新しい制服が部屋に掛かっており、窓の外はまだ新芽の豊かな春の兆し。

 成功だ。今は三年前の四月。まだこれからの高校生活に希望を持っていたころの僕の部屋だ。

 感動もそこらに、僕は急いで部屋を出る。おそらく三年前の僕は出かけているのだろう。顔を合わせるのはまずい。僕は外に出て、とりあえず落ち着ける公園を目指した。


 タイムマシンを小脇に抱えて、手にはノート。ベンチに座りながら、これからの計画を確かめる。

 まずは、資金調達。これができなければこの三年間ホームレスになってしまう。だが、僕のノートにはもう解決策が書いてあった。具体的には6つの数字が、いくつも並んでいた。

 宝くじだ。つまり、未来で既に当選番号が発表された宝くじの番号を過去に戻って買おうというものだ。これに成功すれば二億三億と余裕で稼げるはずだ。当選発表は木曜日だから、それまでは公園でしのぐしかない。


 端的に結果だけ言おう。

 成功だった。

 僕は一気に億万長者だった。正直、これだけでも十分だ。一生遊んで暮らせるだけの金額を僕は手に入れた。しかし、あくまで僕の目的は楽しい高校生活を送る事だ。計画は次に移行する。

 次は入学だ。といっても、僕、つまり、この時間での僕は普通に入学するから、僕はもう一人の別の人間として入学しなければならない。しかし、今は四月。もう受験は終わってしまっている。じゃあ転入しようというわけだ。

 僕は偽装の身分を持っている。というか作った。こんなもの、タイムマシンを作るより容易い。

 神童翼咲しんどうつばさこれが僕の今日からの名前だ。……我ながら素晴らしいネーミングだ。

 ともかく、僕の高校への転入手続きも終えた。

 これで、僕は五月からあの高校の生徒になるというわけだ。何故、転入にしたかというと、そっちのほうがインパクトがある。おまけのこのイケメン。注目度は抜群だ。下手に入学式から居るよりも良いだろう。


 こうして、僕は有り余る資金でホテル暮らしをしながら、学校生活を始めた。この間、この時代の僕は残念な三年を送ってもらわなくてはいけないのだ。

 なぜなら、僕の存在にかかわってくるのだ。

 僕は三年後の未来、残念すぎる高校生活を憂いた僕の、いわば化身みたいなものだ。もしも、僕がまともな高校生活を送って、僕は『もう一度』高校生活をやり直そうとしなくなれば、タイムマシンを作り上げなくなり、今の僕の存在が消滅してしまうかもしれない。タイムパラドックスという奴だ。

 だからこうして、新しい人格を作り上げ、もう一度高校生活をやり直すのだ。




「今日からこの学校に通う事になりました。神童翼咲です。よろしく!」

 極上のイケメンスマイルを振りまき、僕はクラスに挨拶をした。窓際では、この時代の僕が不機嫌そうにそっぽを向いている。そうだ、そのまま残念に暮らしてもらおう。

 その反面、今の僕はもう女子に引っ張りだこだ。「どこから来たの」とか「何の部活にはいるの」とか。既に人気者状態だ。

 僕は部活は重要だと考えた。だが、運動はできない。運動神経も改造できればよかったが、そうもうまくいかなかった。では文科系か、それはそれで地味すぎる。じゃあ何がある? 

「生徒会をやろうかなって」

「ほんとに~? 絶対会長っぽくないよ~」

「ハハッ、そう? 僕結構真面目なんだよ?」

 取り巻きの女子と楽しくおしゃべりしながら、僕は楽しい生活を始めた。


 

 六月。そろそろ告白してみようかと思う。 

 普通に考えれば、出会って一ヶ月は早すぎだろう。しかし僕はイケメン。それに、ある秘策もあるのだった。タイムマシンがある、つまり、僕は何か都合の悪い事。つまり振られでもしたら、そのままタイムマシンで一日前にさかのぼる。そうすれば、都合の悪い事を無かった事にできる。いわばゲームのセーブとロードみたいに、やり直す事ができるのだ。

 これで、もう僕の生活が残念になる要素など、かけらも存在しなかった。


「好きなんだ。付き合ってくれ」

 クラスで一番顔のいい、バスケ部の女子、皆川裕子に告白した。結果は、

「か、考えさせてね……」

 とのこと。もはや時間の問題だ。

 ちなみに、皆川は、僕の残念な三年間のほうでは、二年の終わりに同じバスケ部の男子と付き合っている。つまり、これで未来は変わってしまうだろう。しかし、今の僕に異常が無いということは、やっぱりこの程度では元の僕の残念具合は変わらないのだろう。


 数日後には、皆川からのオーケーが出た。既に僕の高校生活はばら色に変色していた。この間、元の僕は残念にも一人で弁当を食べていた。

 

 学校祭は七月の夏休み前にある。僕は生徒会をやりながら、運営にも携わった。高校生活の大事なイベントだ。これは大事にしないと。

 準備は男女共同で、一つになって行う。元の僕はそんな中、一人さびしくペンキを塗っている。僕はというと、皆川はもちろん、他の女子とも楽しく作業した。

「久木さん、次はこれを色塗ってね」

 僕はリーダーとしてみんなに指示を出す。久木桜ひさきさくらは顔もまあまあで、気の利くいい子だ。元の僕と同じ中学校だったっけ。

 僕の指示に「うん、がんばる」と頷いて、ペンキを取りにいった。元の僕の方へ行き、一緒に作業を始めたようだ。そういえば、今の僕の残念な三年の記憶にも、そんな出来事があったかもしれない。

 ポツポツと一言ずつ会話しているようだ。あまり弾んではいない。むしろ気まずそうだ。僕も……いや、元の僕は軽く冗談も言っているようだが、いかんせん顔が暗い。あれじゃあダメだな。どうせ残念だ。その証拠に、僕の……今の僕の存在に変わりはない。


 学校祭は楽しく終わった。

 僕は女の子や、もちろん男子にも囲まれ、打ち上げも企画した。元の僕にも参加するよう誘ったが、断られた。だがそれでいい。お前は残念でなければいけないのだから。

 学校祭が終われば、夏休みだ。

 僕は皆川や友達と一緒に、勉強会や、プール、花火、夏祭りなど、いろいろなイベントに参加した。いつでもケータイはメールが絶えない。僕はお金にも困らないから、ひと夏ずっと遊びとおした。今頃もとの僕は部屋で腐ってるに違いない。だが、それはもう今の僕には関係ないのだ。

 夏休みが終わると、体育祭があるが、こればかりはどうしようもない。皆川の応援に励んだ。


 テストはもう問題ではない。天才の僕には、満点が普通だった。みんなにも勉強を教えてくれとせがまれた。そういえば、元の僕も頭は良いから点数は取っていた。席が近い奴とかからは、よく宿題を写させてくれといわれた。見れば、元の僕は隣の席の男子にノートを奪われていた。そこに、前の席の久木もついでに見せてもらっていた。


 夏も終わり、秋ぐちに入ると宿泊研修がある。友達と一緒にずっと馬鹿騒ぎをした。夜だって一睡もせず、先生に呆れられながらも盛り上がった。どうせ元の僕は同じ班の人からも気まずがられ、すぐに寝ているのだろう。

 

 冬になれば、クリスマス。そして冬休みだ。

 だが、ここで一つ問題が起こった。皆川にフラれたのだ。どうやら、僕の八方美人な振る舞いがいやらしい。優柔不断ともいう。だが、僕はそれをすんなり受け入れた。なぜなら、僕はモテる。皆川と別れたと知れば、女子達が殺到するはずだ。

 だが、また新しく付き合った女の子にも、同じようにフラれては面白くない。どうせなら、そんな簡単には別れない人にしよう。

 それなら久木だ。彼女は性格もいいし、簡単には流されない頭の良さもある。そう思い立ったら、すぐに行動に移した。


「好きなんだ。付き合ってくれ」

「えっ、だって、裕子ちゃんと付き合ってるんでしょ?」

「もう離れた。だから、頼む」

 僕のイケメンフェイスにせがまれ、困り顔の久木。しかし、なかなか頷かない。

「……ごめんなさい、私、私他に好きな人が……」

 そうだったのか。分からなかった。それにしても、僕以上にモテる人間が居るのだろうか。興味本位で聞いてみた。どうせ後でタイムマシンを使うんだ。どうなってもいい。

「あのね、誰にも言わないでね? 私も神童君のこと、誰にも言わないから」

 僕に気を使っているのか、そんな事まで言った。本当にいい子だ。もったいない。

「須藤くん、」

「えっ?」

「だから、須藤くん」

 僕は一瞬面食らって、素の返事をしてしまった。だって、それは、まさしく…… 

「久木が好きなのって……あの須藤なのか?」

「う、うん。誰にも言わないでね?」

 顔を真っ赤にしながら、久木は頷く。

「おかしいよ。そんなの、だって、僕の方がイケメンじゃないか、テストの点数だって、そりゃあ須藤も高いけど、僕は満点だ。あいつは根暗で僕は人気者。何をとっても僕の勝ちだ!」

「そんな……勝ち負けじゃないよ。須藤君は、確かに暗いように見えるけど、それでも優しいんだよ。話もあんまりした事無いけど、でも声かけたら返してくれるし、冗談だって言ってくれるし、学校祭のときもね、ペンキ塗るのとか、道具運ぶのとか手伝ってくれたし。それに……あなたには無いものをいっぱい持ってると思う」

 僕は絶句して、呆然とした。

 だってそれは。

 それはつまり。

 僕じゃないか。

 須藤拓実は僕。

 元の僕だった。

 

「わ、わかった。どうして……どうして告白しなかったのさ」

「だって、だって須藤君、そういうの興味なさそうだし。なんか、私のこと、あんまり、興味なさそうだし。でもね、悪意があってそういう感じなんじゃなくて、なんていうのかな。そういう態度を演じてるだけだと思うの。恥ずかしがって、本気を出すのが、本音を出すのが恥ずかしいって思ってるだけだと思うの。私がこんなこと言うのも、ヘンな話だよね、あはは……。ごめんね、こんな話して。ごめんね……」

 そうやってうつむいてしまった久木に、僕は一言。「告白しなよ、あいつに」と言い残して、その場を走り去った。向かう場所は僕の……須藤拓実の実家だ。

 

 僕は確かに思っていた。人前で感情をさらけ出すのは馬鹿だと。確証も無いのに告白するのは自殺行為だと。

 そして、僕はこうも思っていた。楽しいはずなのに楽しくない。これはやり直した後の話だ。イケメンで、お金もあって、友達も恋人も居た。だけど、楽しくなかった。いや、楽しさを演じているだけだった。失敗したらやり直せるタイムマシン。だけどそれは、便利なんかではなく、人生をつまらなくするだけだった。ありすぎるお金も、何のやる気を起こさなかった。多すぎる友達も、なぜか白々しく見えた。恋人も、簡単に離れていった。

 いわばゲームのようだった。都合が悪くなれば、いくらでもやり直せる、そして、たくさんの女の子と知り合って恋をした。でもそれは、絵空事のように、実感がわかなかった。

 初めからレベル百のRPGみたいに、満たされてるけど意味が無いような、白けた一年だった。それは途中から気づいていたかもしれないけど、楽しいと演じていた。だってそれは、一般的に言う満たされた楽しい高校生活で、僕の思い描いていた高校生活だったからだ。

 でも、違う。

 もう気づいてしまった。

 僕は……馬鹿だ。


「須藤拓実ぃ! 出て来い!」

 僕は僕の実家に乗り込んだ。合鍵の隠し場所だって知ってる。郵便受けの下だ。僕の部屋に上がりこんで、驚愕の表情の僕に、一言だけ叫ぶ。

「久木桜に告白しろ! 好きなんだろ! 僕はお前だ、全部知ってるんだ!」

 それから、僕はどうしたのか知らない。ひとしきり叫んだ後、僕は僕の部屋を出た。部屋の片隅には、金属の塊が置いてあった。

 これで良いんだ。もう、いいんだ。

 

 それからはずっと、公園のベンチで座っていた。もう夜が明ける。新しい一日が始まる。

 僕は久木桜に告白するのだろうか。いや、僕は学校に行かずとも、その結果を知ることができる。

 僕の存在の消滅。

 それが……答えだ。

 僕の存在が消えかかっている。風前の灯みたいに、ゆらゆら薄くなっているのが分かる。どうやら、上手くいったみたいだな。

 これで……いいんだ。

 結局、僕は馬鹿だったんだ。

 すべてを満たしたくて、『もう一度』やり直したのに、僕はすべてを失って消滅してしまうんだ。

 だが、いい。この時代の僕が、満たされたという事だ。僕は残念な高校生活の化身。僕は消滅すれば、僕はまともな高校生活を送る事につながる。

 もしも、今の僕が素直に久木に恋していれば、こうはならなかった。だが、僕はそんな事を馬鹿な事だと切り捨て、僕は頭がいいふりをしていた。僕は馬鹿だったんだ。


「もう……いいか。僕は、あの僕は幸福なんだからな」

 いよいよ、意識も消えかかった。

 視界が白くなってゆく。

 もう何も考えられない。

 唯一つ、僕の幸せだけを願う。

 

 そして、もしもやり直せるなら、『もう一度』をもう二度と、願ったりはしない。




END

ごらんいただきありがとうございます。

今回はとってもハッピーエンドな話ですね。須藤は無事に高校生活を送る事ができたようです。

殺伐とした話かもしれませんが、楽しんでいただけたなら、光栄です!

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