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悪童

作者: 月兎

 彼は今日も夜を歩いている。眩しいほどに自己主張を繰り返す蛍光色のネオン。露出の高い服を着て客寄せをする妖しい女達。そんなものには目もくれず、気だるげな目をしたまま彼は町を抜けた。空に輝く鮮血のような月を見上げ、彼はあの始まりの日を思い出していた。




 彼には名前がない。彼の最古の記憶はゴミ捨て場だった。彼は一人だった。 壊れた玩具、異臭を放つ生ゴミ、元は何だったのかわからないほど原形をとどめていないモノ。そんなモノに囲まれていた。ゴミを漁り、町で盗み、ただ死にたく無いから生きていた。




 だがあの日、彼の前にあの男が現れた。黒いコート、黒帽子、黒手袋。全身黒尽くめのあきらかに怪しい男。とりあえず着ているものの質は悪くなかった。


 しばらくまともなものを口にしていない彼は男を今日の獲物にすることにした。あきらかに怪しい男だったが、最近では失敗率0の自分の掏りの腕を信頼していた彼はためらわず男に近づいた。そして男に手を伸ばした瞬間、彼は地に組み伏せられていた。


 何が起こったか理解することが出来ず、目を白黒させている彼に男は問うた。「名は何だ」と。だが彼はそれに対する答えを持ち合わせていなかった。だから、いつもの気だるげな表情を崩さずただ頭を振った。すると何も答えずに男は踵を返した。彼の記憶が正しければ、確かその城は凶悪な窃盗団が根城にしていると聞いた。危ないから近づくなと言われた記憶もある。




 3時間後、男が城から戻ってきた。かすかに香る鉄のような匂いに目を凝らしてみると、黒いコートには赤黒い血がついている。だが、見たところ男は無傷だ。まさか一人で窃盗団を潰してきたのか、と彼が男を眺めていると、男は彼の前へとやってきて立ち止まった。


 「ここが好きか」男の問いに、彼は頭を振った。こんな所好きな奴なんていたらお目にかかりたい。「来い、ナイン」「ナイン?」意味が分らず、彼は初めて声を上げた。「お前の名だ。ついてくるならな」男は答えた。「どこへ?」彼の目に興味の色が浮かんだ。男は淡々と答える。「俺達の組織へ」


 一瞬の逡巡の後、彼は口を開いた。「……何をする?」「何でもだ。基本的には自由だ。だが、一度召集がかかると命令は絶対だ」答えなんてはじめから決まっている。ナインは立ち上がって男を見上げた。男はそれを見て町のほうへ歩き出した。その後ろを彼、ナインが小走りでついていった。




 ナインが男に連れられてきた場所は奇麗な館だった。こんな綺麗な場所は初めてだった。躊躇するナインをよそに、男は洋館へと足を踏み入れた。ナインも少し不安になりながらも男に続いた。すると、上の方から女が降ってきた。男は体を横にずらし、それを避けた。女は綺麗に床に着地し、「何で避けるのよ!」と男に文句を言った。しかしすぐに男の陰にいたナインに気づき、目を輝かしてナインにあれこ話しかけてきた。どうしていいか戸惑っていると、男が何も言わずに奥へと進むのでナインもその後を追った。女も、「何も無視しなくてもいのにー」と文句を言いながらその後をついてきた。


 広間には6人ほどの人がいた。それぞれ、めいめいの事をしていた。男が扉を空けて部屋に入ると、皆、それを中断してこちらを見た。男はナインの名を皆に告げ、ナインを置いて奥の部屋へと消えていった。いつものことらしく、男は誰にも文句を言われる事がなかった。ナインは数人に囲まれ、質問攻めにあった。初めての空気に戸惑いながらもナインは質問に答えられるだけ答えていった。


 その日、ナインは一人ではなくなった。空には鮮血のような月が輝いていた。




 ナインは組織で様々な事を経験した。一人ではない食事、最低限でない会話、鍛錬、そして、任務。任務は様々なものがあった。あるときはいなくなった猫を探した。またあるときはぶよぶよに太った男と一夜をともにした。吐き気がした。そして、初めて人を殺した。人を殺すとは簡単だった。ただ狙いを定めて引き金を引けばいいだけ。たったそれだけで終了。任務は楽しいわけではなかった。しかし、任務を終えた後、誰かが"おかえり"と迎えてくれるのは楽しいことだった。




 組織に入ってしばらくたつと、いつのまにか、ナインには通り名がついていた。"悪童"法に触れることも気だるげな顔を変えることなくやってのけるかららしい。仲間は立派な名前だな、と笑ってくれた。




 ナインは目的地へついた。今回の任務は暗殺だった。仲間からの情報に寄れば、政権争いのようだった。ナインには政治という物がよくわからないが、面倒なものなんだなと思った。その依頼を受けた直後、標的から依頼主を殺すように依頼が入ったらしい。といってもナインは言われた仕事をこなすだけなので、そんなことはどうでもいいのだが。


 標的はこの時間帯はたいてい、愛人の家へいるらしい。ナインにはこの愛人というものも理解が出来ない。妻よりも愛しているのならそちらと結婚すればいいだけのことなのにそうしない。


 そうこう考えているうちに、標的が愛人宅から出てきた。醜く太った豚みたいな男だった。これから殺されるとも知らずにへたくそな鼻歌なんかを歌っている。すこしして標的はナインに気づいたようだった。全身黒尽くめのナインに不振そうに眉を寄せた。しかしその瞬間には標的の命が終わっていた。ナインの手に握られている銃によって撃たれた銃弾が男の眉間に風穴を開けていた。一瞬前までは標的だったものを一瞥し、ナインはきびすを返した。



 しばらくして、ナインは洋館についた。部屋に入ると、「おかえりー」と間延びした声が迎えた。うれしくなって小さく微笑んだ。



 組織で生活していて、俺は思った。"悪"とは一体なんなんだろうか。人殺し?人間を殺すことの何が悪いのだろう。動物を殺しても何の罪に問われる事もないのに人間を殺した時にのみ罪に問われるなんて矛盾している。


 "人助けはいいことだ。困っている人には手を貸せ"。大人たちは口ではそう言っていた。しかしゴミの中に捨てられた子供には、手を貸そうともしなかった。眉を顰め、汚いものを見るようにしながら横をただ通り過ぎていった。


 そんな大人たちよりも仲間たちの方がずいぶんと優しい。


 なんて矛盾と欺瞞に満ちた世界なのだろうか。


 俺のしている事の大半は、世間一般では"悪"と称されるものだろう。だがそれがどうしたというんだ。"悪"だの"正義"だのそんなものはどうでもいい。そんなものじゃ腹は膨れないし、楽しくもならない。


 俺にとって他の何を差し置いても優先すべきものは、「仲間」だ。


とあるマンガに触発されて書き上げた作品です。

わかる人にはわかりますかね?

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