時に優しさは、人の成長を阻害してしまうのだ
雨が降っていた。
強くもなく、弱くもない。
ただ、どうでもいい顔をして街に降り続ける雨だった。
喫茶店の窓に、細い水の筋が流れていく。
それをぼんやり眺めながら、
向かいに座る女の言葉を聞いていた。
「いや、それは違うと思う」
女はコーヒーを一口飲んで、すぐに続ける。
「なんでそうなるの?」
それは議論ではなかった。
質問でもなかった。
ただの防御だった。
こちらが言葉を積み上げるたびに、
彼女は三つの言葉でそれを壊す。
いや。
違う。
なんで。
それだけだった。
反論の形をしているが、中身は空っぽだ。
言葉はキャッチボールのはずなのに、
この女はボールを拾う気すらない。
ただ、地面に落ちたボールを指差して、
「それ、違うよ」
と言うだけだ。
こちらが説明を続ける。するとまた、
「いや」
「違う」
「なんで?」
まるで壊れた機械のように繰り返す。
最初は腹が立った。
次は呆れた。
そして途中から、どうでもよくなった。
ああ、と、ふと思った。
この女は、怒られたことがないのだ。
本当に怒られたことが。
ない。
怒鳴られたことはあるかもしれない。
注意されたこともあるかもしれない。
だが、本気で怒られたことはない。
逃げ場のない怒りを向けられたことがない。
人は、本気で怒られた時にだけ、初めて止まる。
言い訳が通じない瞬間を知る。
どれだけ言葉を並べても、もう誰も聞いてくれないと知る。
その時、人は初めて自分の形を見る。
だが、この女はそれを知らない。
怒られても、きっとこう言ってきたのだろう。
いや。
違う。
なんで?
そして周りの誰かが、
「まあまあ」
と言って場を流してきた。
教師も。
上司も。
友達も。
誰かが空気を丸めて、怒りをなかったことにしてきた。
だから彼女は学ばなかった。
怒りには意味があるということを。
人は怒りによって輪郭を知る。
ここから先は越えてはいけないという線を知る。
だが、その線を教えられないままここまで来てしまった人間は、
線を知らない。
だから、どこまででも踏み込む。
そして踏み込んだことにすら気づかない。
「いや、でもさ」
彼女はまだ喋っていた。
「なんでそんな言い方するの?」
やはり、何も聞いていない。
言葉を理解する前に、拒否している。
その瞬間、はっきり分かった。
この女は、もう成長しない。
成長というのは、知識ではなく衝突の記憶だ。
誰かの本気の怒りを、真正面から受けた記憶だ。
それがない人間は、いつまでも逃げ方だけが上手くなる。
のらりくらりと、その場を流し、適当に笑い、
適当に言い訳をして、また同じことを繰り返す。
そして年を取る。
年齢だけが積み上がり、中身はそのまま残る。
人はそれを、大人とは呼ばない。
ただの、怪物だ。
人の形をした、言い訳の塊だ。
「ねえ、聞いてる?」
彼女が言った。
「いや、だから違うって」
俺はそこで、初めて笑った。
そして思った。
ああ。
関わらない方がいい。
この女に何を言っても、届かない。
言葉は、届く相手にだけ使うものだ。
そうでないなら、沈黙の方がずっといい。
雨はまだ降っていた。
窓の外の水の筋は、さっきと同じ形で流れている。
世界は何も変わらない。
ただ一つだけ、確かになったことがある。
関わらない人間を、決めること。
それもまた、人生の技術なのだと、静かに思った。




