母の故郷を訪ねて
2026年、真城梨湖が生まれ育った的坂市は市制100周年を迎えた。母方の祖母の3周忌から訪問が途絶え15年の時を経て、人口が200人を切りいつなくなってもおかしくない、母の生まれ育った的坂市・猪ノ津町南区を訪ねることにした梨湖。
それは、母に故郷の今を教えるため――だが、それだけじゃなかった。
2026年を迎え、的坂市は市制100周年を迎えた。市民の1人である真城梨湖は仕事帰りに不意に寄った本屋さんで、100周年であることを知った。ちょっとした展示スペースがあり、母の故郷である的坂市・猪ノ津町南区の昔の写真も掲示されていた。
(昔の、お祭り……)
スマホのメモ帳に祭りの名称をメモ。猪ノ津町は昔、石炭で栄えた町であることを小学校の社会科で学んだ。栄えていたことを匂わせる写真達と、元住民であろうご年配の方々からの当時の懐かしさを匂わせるメッセージカードも目にした梨湖は、是非母にも見てもらいたいと思った。
「本屋さんに、昔の猪ノ津の写真とか掲示されてるスペースがあったよ。今年で100周年だっていうからかな」
帰宅し、母に教える梨湖。
「炭鉱閉山して3年ぐらいしてこっちに引っ越してきたからねぇ……小4の時に出て行ったから、10年の間で何か分かるものあるかねぇ」
とは言うものの、梨湖が仕事休みの日に連れて行くと、母は懐かしそうに見て回っていた。しかし、梨湖が最後にそこへ行ったのは15年前――高校受験を控えた中3の頃。母方の祖母の3周忌の法事で行って以降、訪問が途絶えてしまった。
……梨湖が幼稚園児の頃両親が離婚し、母と2人暮らしを続けてきた。生活をしていくため、母は毎日必死に働いていた。梨湖1人でご飯を作り食べたこともよくあった。そんな中で小4の時に祖父、小6の時に祖母が死去。祖母の3周忌の後、母が仕事中に倒れ救急搬送。これを機に母の故郷訪問が途絶えた。1から10まで手が回らないことを悟った母は病床で、法事の度に行くことをこの先断念しようと決めたのである。
そんな母の姿を間近で見た梨湖は高校卒業後すぐ働いて、母を楽にさせてあげたいとも思ったが踏みとどまった。母にはきょうだいがおらず、親戚がいない中支えてあげられるのは娘である自分だけ。救急搬送という経験から、梨湖は母だけでなく色んな人を救える人間になれたら――と思い、志した道は薬学。6年制で学費もかなりかかる中、母は通うことを許してくれたのだ。それも、1円も使わなかった祖父母の財産を使い奨学金なしで。
大学を卒業した後、梨湖はとある病院の薬剤師として働いている。梨湖の収入が安定してから、母は長く勤めていた会社を退職し、数か月の休養期間を経てパートタイムで働きだし今に至っている。猪ノ津町の人口が減っていく一方で、母が生まれ育った南区は200人を切り、いつ人がいなくなってもおかしくない。母はまだ元気だが、元気なうちに連れて行きたいと思う。
(今度の休み、行くか)
100周年という区切りをきっかけに、梨湖の足が動く。
☆☆☆
週明けの休みの日。母がパートへ行ってから、梨湖は着換え車のエンジンをかけ家を出発。近くのコンビニで昼食用のパンを買った。事前にスマホの地図アプリでルートは確認したが、カーナビを頼りに林と田んぼしかない道のりを行く。猪ノ津町を通るバスは過疎化の影響で数年前に廃線となり、住民への交通手段として市よりコミュニティバスが運行されている。
町並みの記憶は全くない。法事が執り行われた小さな会館の中は何となく覚えている。冬になると床がとにかく冷たくて、お経が読まれている間は電気ストーブをつけていないと凍えてしまう。高校受験前に行ったのが最後だが、中学時代は部活もありタイミングが合わず法事に毎度行くことができなかった。
車で行くこと20分程で、猪ノ津町の入口である北区に入った。多少栄えてくるのは中区で、建物がちらほらしかない。自分が住む的坂市の市街地に比べればこんなにも違うことに驚きを感じた。でも――
(こんな長閑な所も、いいんだけどなー。何で同級生達は都会へ行きたがるんだろう)
梨湖は自宅近くの病院に就職したが、同級生のほとんどは的坂市から出ていった。たまに地元に残る者と会うが、それでも3~4人。
「お、ちょっと栄えてきたな」
北区を通過し中区へ。母がいた頃は北・中・東・西・南の5つの全ての区に小学校、中区と南区に中学校があったと聞いていたが、今は南区に小学校1校がポツンと残るだけ。それも、今年度で閉校すると事前に調べて知った。
「石碑――ここに学校があったんだな」
取り壊され今は跡形もない小学校があったことを記す石碑を、道中に見かけた。
中区を出て南区へ。交番の前を通過すると、こじんまりとした本屋さんが見えた。母が小さい頃よく行っていたという『大田書店』だろうか。それらしき看板が見え、書店の前で車を停めて降りた梨湖。
「街の中、本当に覚えてないなぁ」
中学生の頃まで何回か来ていたはずなのに、初めて来たかのような感覚に陥る。本屋さんと逆方向にある登り坂を不意に見ると……
「あの坂をお母さんの車で駆け上がって、行ったんだっけ」
外の景色は、そこだけ覚えていた。梨湖の背後から、誰かが声をかけてきた。
「珍しい。若い子がこんな所に来るとは」
60代と思われる、ここの住民の女性だろうか。
「実はここ南区が、母の故郷なんです。中学生の頃まで法事で来ていたんですが、母が体調崩してからお預けになってしまって……。的坂市が今年で市制100周年ということもあり、この機会に訪問してみようかな、と……」
女性は、何か思い出したかのような素振りで梨湖に尋ねる。
「……もしかして、園子ちゃんとこの娘さんかい?」
「はい、娘の梨湖です。母のご友人のお家が本屋さんで、よく行っていたと以前母から聞きまして」
この女性の正体は、大田書店の店主・大田佳恵だった。
「園子ちゃんは元気にしてるかい? 年賀状送るのやめたからどうしてるか全然分からなくて」
「元気ですよー。私が大学卒業して暫くの間までバリバリ働いてましたね。仕事辞めて一時は専業主婦やってましたけど、今はパートで働いてますよ」
「周りに親戚もいない中、園子ちゃん1人でよくやってきたと思うよ」
書店の中に入ると、レトロでどこか懐かしい匂いがしてきた。佳恵の祖父母の代からだから、創業120年になろうとしているだろうか。
「私は生まれも育ちも猪ノ津町南区。炭鉱閉山して、園子ちゃんはじめ同級生達がどんどん出て行った。私の父も炭鉱で働いていたけど、閉山して間もない頃に創業者の祖父が亡くなって。両親も市街地へ引っ越すことを考えてはいたんだけど、『母さんを1人にしておけない』という父の言葉があったから、私は残ることになった」
佳恵の父と、梨湖の祖父――園子の父が同じ炭鉱で働いていたから、母とはその繋がりだったと自然と理解できる。
「高校出てそのまま就職したんだけど、今度は父が倒れちゃって。就職して10年ぐらいかな、仕事辞めて帰ってきた。結婚してまだ数年で、主人の仕事の関係で通い婚みたいな感じが続いた。園子ちゃんの大変さに比べたら、朝飯前かもしれないんだけどねー」
佳恵の両親も一時、梨湖の祖父母と同じ選択をすることを考えた。だが、事情が事情だったのだ。
「ここの町が変化していく様子をずっと見てきたと思うんですけど、住民の1人としてどう見てきたんですか?」
母に故郷の今を伝えたい――その思いで、この町に残り続ける佳恵に尋ねる梨湖。
「本当に、どんどん人がいなくなった。映画館も、八百屋も、何もかも店がなくなっていった。交通手段として鉄道は通っていたんだけど、とっくの昔になくなって。バスもなくなった。梨湖ちゃんみたいな若い子は学校卒業すればすぐ都会に出ていくから、この町は次第におじいちゃんおばあちゃんばかりになっていった。私はまだ車の運転できるから、全然自由に動けるけど……」
「あと10年20年たてば……」
「そうねぇ。子供いないから、この書店もどうしようかと思って」
子供がいない=後継ぎがいないことを意味する。母の小さい頃の思い出の場所の1つでもある、大田書店もいつまであるかも分からない。
もしそうなれば、母も悲しむだろう。そうなる前に1度でも、散歩がてら母を連れて行きたい。
「……珍しいかもしれないんですが、私……こういった何もない、長閑なところも好きですよ」
「珍しいとは思うけど、どうだろうねぇ……」
「私の同級生達はほとんど的坂市から出ていきましたね。地方だとなかなかいい仕事がないみたいなので」
梨湖は大学を卒業してからは、実家を出て都会でやっていこうという思いには最初からならなかった。親戚がおらず、シングルマザーでもある母が自分の学業を支えてくれたから、今度は自分が母を支える番だという思いに無意識になっていた。
「母は私のために毎日働いて忙しそうでしたけど、学校の夏休みや冬休みに必ず1回、どこか連れて行ってくれましたよ。母の影響かもしれませんね」
「うん、そうかもしれないね」
時刻は間もなく正午。車の中に置いたままだった昼食を持ってこようとする梨湖へ、
「休憩スペースそこにあるから、ゆっくり食べていったら?」
「いいんですか? ……では、お言葉に甘えて」
佳恵からの提案で、書店内の休憩スペースで昼食をとることにした梨湖。コーヒーも頂いた。
「……店長さん」
「うん?」
「私は的坂市内の病院で、薬剤師として働いています。仕事に慣れてきて、母からここの町のことを聞いてから――ふと考えたことがあるんですが」
「何?」
「ここに移住して、こういう人口の少ない町で、薬局を作って経営してみたいな……と。ここ何年かで、猪ノ津町に移住してきた人が何人かいるって話をどこかで知ったので、私にも何かできるかもと思った次第です」
「おお、いいんじゃないかな。荷物の運搬が大変そうだけど……でも梨湖ちゃん、車持ってるから問題ないか」
「問題ないです。もし叶えば、母と一緒に住もうかなと」
「お母さん……園子ちゃん、きっと喜ぶよ。いい親孝行になると思う」
そんな頃、佳恵のご主人が帰ってきた。お母様も一緒だったことから、通院の付き添いだっただろうか。
「私のお母さんだよ。中心部行かないと病院ないから、私や主人のように車ある人が連れて行くしかないのよね」
「皆さんで協力し合いなんですね」
「そうねぇ。もし梨湖ちゃんがここに薬局を作ってくれたら、少しは楽になるかもね」
「私の大学時代の友人がお医者さんなので、私と友人の2人体制で経営できれば、移動がかなり楽になると思います。友人は時間ができれば森林公園へピクニックしに行くぐらい、森に囲まれた場所が好きなので。ジャンル関係なく読書も好きですよ」
「お友達次第になるけど、猪ノ津町も十分森に囲まれてるからちょうどいいかもね」
「ですね。帰ってから聞いてみます」
「もしお友達がよければ、この書店のことも込みで話し合いができたらいいかなー」
「分かりました」
昼食を食べ終えた後……
「梨湖ちゃん、この後どうするの?」
「南区の地図を見た時に猪ノ津温泉があるのを見つけたので、見に行こうかなと思ってました」
「せっかく来たんだから、昔法事で行ってたお堂でも寄ってみたら? そこのおじいさんは10年ぐらい前にがんで亡くなっちゃったけど、息子さんが後を継いたから今でもやってるよ」
「それでは、お参りできますね。……行ってみます」
佳恵と2人で、登り坂の先にある小さな会館へ向かう梨湖。会館の中にあるお堂に入ると、ぶわっと記憶が蘇ってきた。
「……おじいちゃん、おばあちゃん。全然来れなくてごめんね。今度お母さんも連れて来るから、待っててね。それとね――」
亡き祖父母に語りかける梨湖。
――ここ猪ノ津町南区に薬局を作る。その決意をしっかり固め、猪ノ津町を後にしたのだった。
―完―
最後までお読みいただきありがとうございました!
母の故郷がなくなってほしくないという思いから、ここに移り住み薬局を作り経営する選択をする――決して平坦な道ではないでしょう。残された地元住民と共に、活気を取り戻すきっかけになるといいですね!




