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番の溺愛から逃げたい私と、番の偏愛から逃げたい君  作者: 佐倉 百


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番外編 帰る場所

 ウルリカのつわりが落ち着いたころ、狐族の女性が訪問してきた。


 彼女とは初対面のはずなのに、どこかで会ったような気がする。彼女は熱心に話しかけてきたが、外国語だったために分からない。対応に困っていると、洗濯を終わらせたエリクが来た。


 狐族の女性はエリクを見るなり目を輝かせ、ウルリカを押しのけて家の中に入ってくる。嬉しそうにエリクに詰め寄り、また一方的に話し始めた。


「……知り合い?」

「えっと……ごめん。そうみたい。妹だった」


 見覚えがあるわけだとウルリカは納得した。異父兄妹なのだから、多少は顔が似ているのだ。銀髪で紫色の瞳をしたエリクに対し、彼女は赤茶色の髪と金色の瞳を持っている。色が違うと雰囲気も変わるのか、すぐには分からなかった。


 エリクは会えて嬉しいという反応ではなかった。故郷に良い思い出がなく、再会を喜ぶほど妹と仲が良かったわけでもない。わざわざ会いに来た理由も分からず、警戒心が働いているのだろう。


 だが遠路はるばるやってきた妹を、無理やり追い出すのも可哀想だ。ウルリカはお茶を淹れるためにキッチンへ向かった。二人はその間にリビングに移動して、話の続きをしている。


 エリクが外国語を話しているのは初めて見た。ダンジョンがある都市や町は、他所から狩人が集まってくる影響で、共通語とも言うべき言語が使われている。最初にダンジョンを整備して、資源として活用した帝国の言葉だ。地方によって訛りがあるそうだが、意思疎通には困らない。


 妹にお茶を出すと、礼らしき言葉を言ったきりウルリカには見向きもしなくなった。お互いに自己紹介をしていないため、エリクの妻ではなく雇われた家政婦だと思われているのかもしれない。


 異種族間の婚姻を受け入れない地方もあると聞く。妹のことはエリクに任せておくのが無難だろう。


 ウルリカは二人の邪魔をしないように、寝室へ移動した。小さな書き物机は古いシーツを裁断したものであふれている。時間を見つけては生まれてくる子供のオムツや肌着を作っているが、目標枚数にはまだまだ足りそうになかった。



***



 玄関から聞こえてきた言葉は、エリクに懐かしさよりも閉塞感を呼び覚ました。忘れかけていた故郷の言葉を思い出しながら玄関へ向かうと、想像通りの人物がいる。養父によく似た妹のエイラは背丈がだいぶ伸びて、気が強そうな顔立ちに成長していた。


 エイラはウルリカの肩越しにエリクを見つけて、自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。


「ラーシュ兄さん。久しぶり。私のこと、覚えてるでしょ?」


 捨てた名前で呼ばれたとたん、家を出ようと思った時の感情が蘇る。表にこそ出さなかったが、ウルリカには伝わってしまったらしい。エイラの後ろで口を挟むべきか迷っている。


 わざわざエリクの居場所を探し出して会いに来るほどだ。まともな用件とは思えない。故郷の言葉ならウルリカには分からないはずなので、話だけでも聞くことにした。


「僕がここに住んでいるって、よく分かったね」

「兄さんの番って人に会ったのよ。今は別居中なんですって? 兄さんの故郷が知りたいから旅をしてきたって言っていたわ」

「……そっち経由か」


 頭痛がしそうだった。


 ニナはグランフルトを追い出された後も、エリクを諦めていないようだ。狩人の行動力と情報収集力を発揮して、エリクの出身地を探り当てたらしい。


 ――僕の見た目で北方出身だって分かるだろうしなぁ。ダンジョンがある町を総当たりしていけば、残っている個人情報のいくつかは見つけられるだろうし。


 そうしてたどり着いた町で、エイラに会ったのだろう。ニナは家族から説得してもらおうと考えているのではないだろうか。


「それで、彼女も一緒に来たの?」

「いいえ。他にも行くところがあるからって、町を出ていったわ。ダンジョンでお金を稼ぐとも言っていたわ。私がここに来たのはね、兄さんに帰ってきてって言いたかったの」

「帰る?」


 会話が途切れた頃合いを見計らって、ウルリカがお茶を出してくれた。エイラは礼を言ったものの、喫茶店で給仕に言うような表面的なものだった。


「いい暮らしをしているのね。家政婦を雇う余裕があるんだ?」


 エリクが育った町では、異種族間で結婚をしている家庭を見たことがなかった。今も価値観が変わっていないことは、エイラの反応で分かる。


 勘違いを訂正するつもりは全くない。ウルリカが妻だと知ったなら、番のニナをどうするのかと詰め寄ってくる気がした。ウルリカが空気を読んで関わらないようにしてくれたのだから、自分から厄介ごとを増やすのは愚策だ。


「帰ってこいって、どういうこと?」


 話題を元に戻すと、エイラは急速にウルリカから興味を失った。


「二年前にお父さんが亡くなったわ」

「……そうなんだ」


 義父には少しだけ恩がある。家に置いてもらえたことや、猟師の技術を教えてくれた。エリクを助けた動機が、番である母親に良いところを見せたいという下心だったとしても。五体満足に成長して、人並みの生活ができているのは、義父の存在があったからだ。


「大雪が町を襲った時に体調を崩してね。ほら、お父さんってお母さんよりもずっと年上だったじゃない? 体力も落ちてたんでしょうね。寝込んで、そのまま」

「母さんはかなり落ち込んだだろうね。番だったから」


「そう! そうなのよ。ずっと泣いてて大変だったわ。冬になると特に酷くて。だからね、兄さんも家に帰ってきてよ。この頃のお母さん、どんどん弱ってきてるわ。今まで自由にしてきたんだから、少しぐらいお母さんに親孝行してあげなよ。家族だもの。お母さんだって、兄さんが帰ってきたら喜ぶわ」

「……家族か。君は愛されて育ったんだね」


 母親がエリクのことを家族として扱っていたとは言い難い。エリクは母親にとって番に出会う前の過ちを思い出させる存在だ。成長して血縁上の父親に外見が似てくると、家族どころか疎ましく思われていたのを肌で感じていた。


「何を他人事みたいに言っているのよ。兄さんだって愛されて育ったでしょ。家を出てフラフラ出歩いていても、お父さんたちは怒ってなかったもの」

「だろうね」


 鬱陶しい存在が自分から出ていったのだから、怒りはしないだろう。


 エイラはエリクが家出をしたのは、遊び歩くためと思っているらしい。彼女にとって家族への愛情は不変のもので、決して消えることはないようだ。そんな思考になったのも、義父と母親がエイラを慈しんで育てた結果だろう。


 以前の自分なら、そんなエイラを見て暗い感情が浮かんだかもしれない。ウルリカといる今は、素直に良かったねと思う程度だ。


「とにかく帰ってきなよ。家族といつでも会えるってすごく幸せなことなんだからね? 番の彼女と実家の近くに住んでさ、ときどき一緒に夕食を楽しむの。家探しなら私も手伝ってあげるから!」

「帰れって簡単に言うけど、仕事が――」

「もう、最後まで言わなくても分かるわよ。仕事が見つかるかどうかでしょ?」


 仕事があるから無理だと言うつもりだった。エイラは遮ってきただけでなく、こちらが口を挟む前に次々と言葉を投げてくる。


「兄さんがいた頃よりも町が大きくなったし、働き口はいくらでもあるわよ。兄さんも狩人なんでしょ? 出稼ぎに行くって手段もあるんだから。とにかく検討してね。三日後に迎えに来るわ!」


 エイラは言いたいことを全て言い終え、満足した顔で帰っていった。


 嵐に遭遇した気分だ。エリクは手付かずのままだった茶を飲む。すっかり冷めてしまっていたが、いつも飲んでいる味と香りが気持ちを落ち着かせてくれる。


「帰れって言われても、ねえ」


 きっとエリクが考えている通りの結末になるだろう。


「どうだった?」


 寝室からウルリカが出てきた。ひとまず気分転換のために彼女を抱きしめて、エイラから聞いたことを簡単に話した。


「番に先立たれた母親が気落ちしているから、見舞いに来いってさ」

「そう。行ってきたら?」

「行ってきたらって、簡単に言うけど」

「気になるんでしょ? 尻尾の動きで分かるわよ」


 エリクは左右に大きく動いていた自分の尻尾を片手で抑えた。獣人の尻尾は時に言葉よりも雄弁だから困る。


「あなたのことだから、忘れるなんてできないでしょう? 面白くない話かもしれないけれど、何もしないよりはいいと思うわ」

「でもウルリカを置いていくのは不安だな」

「大丈夫よ。つわりはほとんど消えたから。エリクが一度でも里帰りしないと、妹さんは納得してくれないんじゃないの?」

「君がいいなら……」


 心配事は山ほどあるが、ウルリカの言う通りだ。エイラは自分の目で見たものしか信じてくれないだろう。


 翌日、里帰りしたいことを職場に伝えると、しばらく休暇をもらえることになった。母親の容態が思わしくないと、遠回しな表現を使ったのが効きすぎたらしい。大勢に同情され、居心地が悪かった。


 出発する日の朝、エイラは自分の要求を叶えられて満足そうだった。


 乗合馬車は等級を上げて速く移動できるものを選んだ。飼い慣らした魔獣に頑丈な馬車を引かせているもので、高い料金に見合った速度に快適さまで兼ね備えている。


 エイラは二人分の料金を出したエリクに恐縮して、何度もいいのかと尋ねてきた。さっさと実家に行って用事を済ませたら、すぐ自宅に帰りたいがためにやっていることだ。お金で時間を買ったと思えば安い方だろう。


 家族愛について意見が合わないエイラだが、道中は良い話し相手になった。人の善意を信じすぎるところと、自分の常識を疑わないところは欠点だが、聞いていないことも喋ってくるので退屈しなくていい。子供時代を過ごした町の現在についても、彼女を通じて詳しくなった。


 長い道のりを経て、見覚えのある家に戻ってきた。記憶の中の家よりも小さく感じるのは、自分の身長が伸びたからだろうか。


 エイラは玄関を開けると、中にいる誰かに話しかけた。


「ただいま! ねえ、聞いて。ラーシュ兄さんが帰ってきたわよ」


 数年ぶりに家の中へ入ったエリクに、驚いた声が聞こえてきた。


「どうして余計なことをしたんだよ!」


 まずは一つ、予想通りになった。

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