私と生きて2
ウルリカと出会ったきっかけは、些細なことだった。
グランフルトへ向かう街道の途中にある町、テーレ。中規模のダンジョンを抱えるこの町は、安定した収入を得られると狩人には有名だった。
テーレには狩人たちの拠り所になるギルドがあり、多種多様な依頼が持ち込まれる。ギルドはテーレを治めるヘルニウス伯の意向で設立された。町にいる狩人たちを間接的に統制し、秩序を乱す者を簡単に追放するためだ。もちろんダンジョンからもたらされる富の一部を、合法的に徴収する目的もある。
依頼は危険な魔獣の討伐から、ダンジョン内のものを持ち帰るような、お使いと呼ばれる難易度が低いものまであるため、自分の能力に合わせた依頼を見つけやすい。ただし出現する魔獣は一筋縄ではいかないものが多く、初心者には厳しい面もあった。
エリクがテーレにしばらく滞在しようと決めたのは、依頼の豊富さを優先した結果だ。
グランフルトまでの路銀には余裕がある。だが旅を続けるのは疲れた。急ぐ旅ではないのだから、少しぐらい寄り道をしてもいいだろう。魔獣の討伐はやりたくない。生息域を割り出す手間に加え、戦った後の処理もある。売れる部位を売り物になるように解体するのが面倒だ。
さんざんえり好みをした結果、目をつけたのは薬草の採取だった。他の依頼に比べるとあまり稼げないが、貯金を減らさず滞在するには丁度良い。しかも薬草採取の依頼を受ける狩人は常に足りていない様子だった。
薬草が生える環境はダンジョンが違っても共通している。過去に扱ったことがない薬草は、ギルドに聞けば特徴を教えてもらえた。依頼がいつまでも達成されずに残っているのは、ギルドとしても気になっていたようだ。
何度か薬草を届けたあとのことだ。帰ろうとしたところを職員に呼びとめられた。不備でもあったのかと尋ねたら、報酬の増額を餌に薬草採取を続けてくれないかと言われてしまった。
「君が採ってくる薬草は状態が良いって評判なんだ。他の奴らにやらせたら適当に引き抜いてくるし、扱いが適当すぎてな。魔獣肉の納品と掛け持ちしていた狩人なんて酷かったぞ。薬草が血で汚染されていて、とても依頼者に渡せる状態じゃなかった」
ギルド職員の男は言いたいことを言い終えたのか、疲れたようにため息をついた。
依頼を受ける狩人は、カウンターにいる職員のところで受注の手続きをする。カウンターにはエリクの他にも職員と狩人がいたが、ほとんどが魔獣の討伐や貴重な鉱石など、高額かつ華々しい依頼ばかり受けていた。たまに薬草採取を希望する狩人も現れるが、他の依頼と兼用で受けている。
薬草採取なんてものは、初心者か偏屈な玄人がやるという固定観念でもあるのだろうか。もしくはテーレにいる狩人は、派手な活躍にしか興味がないらしい。
「そんなわけだからさ、まともな薬草を持ってきてくれる狩人は貴重なんだ。頼むよ。テーレで流通している薬の中には、ダンジョン産の薬草を使っているものがあるんだ。別の薬草でも代用できるそうだが、どうも効き目が違うらしい」
クマのような見た目の男にお願いされても嬉しくないが、ひとまず引き受けることにした。
優先的に依頼を回してもらえるのは、エリクにも利点がある。指名依頼は報酬が増えるし、他の狩人と依頼を取り合うこともない。職員に良い意味で名前が知られるようになれば、狩人同士の諍いが起きても味方についてくれる可能性もあった。
「そこまで言われたら断りにくいなぁ。いいよ。でも無理だと判断したものは引き受けないからね」
「助かるよ。大丈夫、君にできない依頼なんてしないさ。少し待っていてくれ。さっそく受けてほしいものが……」
職員はカウンターから離れて依頼を見繕いに行った。
――あと一ヶ月ほど滞在したら、グランフルトへ出発しようかな。
待っている間のエリクはそう考えていた。通り道のテーレに貢献する理由なんてない。薬草不足で困ろうと、エリクには関係ないことだ。
ギルド職員と狩人なんて、お互いに利用し合う関係でしかない。ギルド職員は狩人のことを、金さえ払えば危険地帯へ飛び込んでいく便利屋と思っているところがある。狩人なんて、ギルド職員のことは依頼を持ってくる小うるさい奴としか認識していない。酷い者は、報酬の一部を横取りしていると思い込んでいた。
どんなに優しい言葉を使っていても、本心から仲良くしたいなんて、誰も思っていない。
エリクが他人に愛想よくしているのは、余計な揉め事を避けられるから。後々、情報収集をする必要が出てきた時に、少ない手順で正解に辿り着くための投資だ。感情は入っていない。誰かに心を許して得られるものがあるなんて、信じる方がどうかしている。
周囲の会話を盗み聞きして暇を潰していると、薄茶色の髪をした若い女性がギルドへ入ってきた。不躾に見てくる狩人たちが怖いのか、誰とも目線を合わせないようにしている。足早にカウンターへ向かう姿は、どう見ても狩人ではない。
女性が向かったのは、依頼者用の窓口だった。狩人担当の窓口にいる職員は男しかいないが、こちらは元狩人の女性職員が担当していることが多い。窓口にいた女性職員は、周囲で興味深く見ている狩人たちを冷ややかな視線で牽制した。
女性の様子を盗み見ていた狩人たちが、残念そうに視線を逸らす。服の上からでも分かるほど魅力的な体型をしていたのに、彼女に声をかけてはいけないと判明したからだ。
――狩人じゃない子が、ここへ来た時点で分かるでしょ。
許可なく依頼人と接触することを禁ずる――テーレのギルドが決めた規則には、そう書いてある。
依頼人の大半は狩人ではない。規則ができる前に、狩人に脅されて本来の依頼とは別の「簡単に達成できる依頼」に変更させられる事件があった。他にもギルドを訪れた依頼人が狩人に金銭を巻き上げられそうになったりと、問題行為が目立ったために設けられたそうだ。もちろん問題を起こした狩人たちは、相応の罰を与えられている。
「エリク。とりあえず片付けてほしい依頼がこれだ。好きなものを選んでくれ」
職員が戻ってきた。数枚の小さな紙に、薬草の名前と金額が書いてある。どれか一つでもいいそうだが、きっと心の中では全部こなしてほしいと思っていることだろう。分かりやすい男だ。
「とりあえずじっくり選んでみるよ」
エリクは依頼の内容を確認するふりをして、依頼の窓口に来た女性と職員の声に耳を傾けた。ここから数歩の距離しか開いていない。多少のざわめきはあっても、聞き取りには影響がなかった。
「薬草採取を引き受けてくれた人はいる? 一ヶ月前に依頼したやつよ」
「ウルリカ。あなたって良い時に来たわね。今日、依頼を受けた狩人が戻ってきたわ」
「本当?」
二人は随分と親しげな様子だ。
――何度か同じ依頼を出してるのかな。
依頼受付の窓口へ迷わず行ったのだから、そんな気はしていた。
ウルリカと呼ばれた女性は、カウンターに薬草を並べられると小さく歓声をあげた。その薬草を届けた狩人が、すぐ近くで会話を聞いているなんて思わないだろう。
「良かった……これで咳止めの薬が作れるわ」
「この薬草じゃないと駄目なの? 咳の薬なら、どの店にもあるけど。この薬草を指定しているのは、あなたがいる店だけだわ」
「ええ。こっちの薬草の方が、体の負担が少ないの。小さな子供は特にね。とにかく、ありがとう。採ってきてくれた狩人さんにも、お礼を伝えておいて。すごく綺麗な状態で持ってきてくれたのね。大変だったはずなのに、すごいわ」
感謝されたことにエリクは驚いた。狩人にわざわざ礼を言う人がいる。
状態が悪い薬草は、依頼額を減額されることがある。エリクは評価を上げるためにやっていたことだ。依頼人のことなんて全く考えていなかった。
薬草に限らず、依頼品なんてギルドに届けた時点で興味がなくなる。その後の扱いを気にしたことなどない。ウルリカからの感謝と評価は、依頼者も生身の人間だと気づかせるきっかけになった。
――依頼者がいることを忘れてたなんて。
他人を信用しなさすぎて、視野が狭くなっていたらしい。ひねくれた物の見方しかできなくなっていたことも、恥ずかしくなってきた。
――誰かに感謝されたこと、あったかな?
おそらく、あったのだろう。自分が偏屈になっていたせいで、分からなかった可能性が高い。
自分がやったことを感謝されて、心が落ち着かない。顔見知りのギルド職員からかけられる感謝の言葉とは違う。よく知らない相手だからこそ、忖度しない正直な気持ちがこもっている気がした。
女性を見送った職員に目を向けると、口角を少しあげただけの笑みを向けられた。
「良かったわね。あなたに感謝しているんですって」
「あんなに感謝されたら、他の依頼もやってあげたくなるね」
「……依頼者の情報は教えないわよ?」
先回りをされてしまった。絶対にナンパの手助けはしないという、強い意思を感じる。
おそらく過去に依頼の受注を条件にして、依頼人に迷惑をかけた狩人がいるのだろう。依頼人が若い女性なら、十分にあり得ることだ。一人の狩人のせいで依頼者が減ってしまったら、商売にならないのだ。無理もない。
「分かっているよ。僕からは何も聞かない。規則は守るから」
聞かなくても、彼女が持って帰った薬草で目星はついている。
テーレに限らず、ダンジョンがある町に到着した時は、どこに何の店があるのか覚えるようにしていた。薬を扱う店のうち狩人だけを対象にしたところは、傷薬や解毒薬などダンジョン内で使える薬ばかりを置いている。咳止めの薬は該当していない。ウルリカは住民が利用する店から来たのだろう。
彼女に興味がわいた。薬の副作用が減るからと喜ぶ姿は、自分の仕事の影響なんて考えなかったエリクにはない視点だ。
提案された依頼を全て引き受けたエリクは、ギルドを出て薬屋を探してみようかと思った。だがすぐに自分がやろうとしていることの異常性に気がつく。
――よく考えたら、狩人なんかに居場所を探されたら迷惑だよね。興味を持ったきっかけなんて、盗み聞きだし。気持ち悪……やらなくて良かった。
逆の立場だったら、距離を置いて二度と関わらないようにするだろう。エリクの外見に興味を持って近づいてきた者は、例外なく避けてきたくせに、同じことを彼女にやろうとしている。そのことに気がついてもなお、強行できるほど傲慢になれなかった。
――……諦めるか。
最初から縁がなかったのだ。彼女はこの町の住人で、エリクは一時的に滞在しているだけ。仲良くなったとしても、すぐに別れが待っている。そもそも真っ当に生きているウルリカが、流れ着いた狩人の相手をさせられるのは可哀想だ。
引き受けた依頼の準備をするために、借りている宿へ向かうことにした。その道の途中に見つけた薬屋で、不足している薬を買おうと思い立つ。店の佇まいは地元の人間しか寄らないように見えるが、狩人向けの商品も扱っていることを示す赤い札が看板にぶら下げてあった。
扉を開けると軽やかな鈴の音がする。
「いらっしゃいませ」
深く考えずに中へ入ったエリクは、声をかけてきた店員の顔を見て、一瞬だけ呼吸を忘れた。探そうとして諦めたウルリカがいたのだ。




