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番の溺愛から逃げたい私と、番の偏愛から逃げたい君  作者: 佐倉 百


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私を壊さないで6

 養父は猟師だった。流行病で親を亡くしてから、ずっと一人暮らしだったらしい。父親よりもずっと年上だったが、結婚はしておらず恋人もいなかった。天涯孤独と思っていたところに番が現れたのだから、彼の喜びは相当なものだっただろう。


 彼は番である母親を盲愛していた。仕事も家事もできない母親に失望することなく、代わりに全てを引き受けるほどだ。母親も見よう見まねで料理をするようになったものの、失敗する方が多い。それでも養父は一度も母親に怒ったことがなかった。二人にとって番へ向ける気持ちというものは、永遠に冷めない恋心に近い。


 エリクを養子という形で受け入れた養父は、完全な善意で行ったわけではなかった。番に包容力があるところを見せたかったのだろう。母親の前ではことさらエリクに親切になる。母親もまた、愛情溢れる人格者だと番に思われたいがために、エリクを可愛がっていた。


 歪んだ親子関係なのは理解している。独り立ちできるようになるまで、二人の道具にならなければ生きていけないことも。


 スラムに捨てられるよりはいい。周りの人間が何を求めているのか感じ取って、その通りにしていれば、居場所を確保できるだけ恵まれている。


 養父からは色々なことを教わった。一通りの家事から狩猟用の罠、森や山の歩き方まで、今でも役に立つことばかりだったのは感謝している。


 もちろん養父は見返りを求めていた。本当の親子でもないのに、ただで教えるわけがない。日頃の家事をはじめ、罠の見回りや獲物の回収などは、徐々にエリクの仕事になっていった。


 自分は母親と養父にとって、利用価値があると思われなければいけない。教えてもらったことはすぐに吸収して、実践していった。ただし養父よりも優れたところを見せるのは駄目だ。彼はエリクが一度で成功すると真顔になって口数が減る。反対に失敗すると、穏やかな顔で慰めるところがあった。


 庇護者には追放という最大の切り札がある。機嫌を損ねてしまったら、せっかく得た暮らしの全てを捨てることになるのだ。エリクが父親から捨てられたように。


 この世界は子供だけで生きていけるほど優しくない。いくら大人並みの能力を得ようとも、社会全体から見れば弱者だ。まずまともな賃金では雇ってもらえない。運よく職にありつけたとしても、訳ありの子供なら簡単に辞めないだろうと判断されて、奴隷に近い労働条件に落とされてしまう。だから今の立場を捨てるのは愚策だ。


 家事を担うようになってから、エリクが寝る場所は暖炉の前になった。朝は火を熾して食事を作り、夜は売り物にできなかった毛皮にくるまって眠る。暖炉の残り火のおかげで寒くなく、寝室にいる母親たちを邪魔することもない。翌日に狩猟で使う矢を密かに準備できるなど、良いこともあった。


 買い物はエリクの担当だ。母親はあてにできない。まず金の使い方を知らないし、覚えようともしない。効率よく店を回ったり、騙されないように買うなんて思いつかないだろう。母親に売り物の良し悪しと適正価格を教えるよりも、自分でやる方が早かった。


 エリクは罠猟を覚えると同時に、隠れて弓や剣を使うようになった。練習の手本にしたのは、記憶の中の父親だ。領地の魔獣対策で戦う手段が必要だった父親は、鍛錬を欠かしたことがない。体の動かし方や武器の扱いを真似するほど、一人で倒せる魔獣が増えていった。


 養父は武器の扱いがあまり上手い方ではなく、教師役には向いていない。あくまで護身用として持っているだけだ。


 養父は魔獣がいる痕跡を見つけると、安全に逃げるために利用する。エリクは効率よく魔獣を見つけるために利用した。



***



 月日が経ち、母親は弟を産んだ。母親も養父も弟にかかりきりになり、エリクのことは無関心になった。エリクは偽りの親子から、雑役夫に役割が変わったようだ。


 いずれこうなることは分かっていた。これが本来の姿なのだから、不満を感じてはいけない。彼らにとって子供とは、二人の血をひいた弟を指す。


 エリクは間違った夫婦関係から生まれた結果の産物であり、本物の子供にはなれない。労働の対価として衣食住を与えられているだけだ。


 弟の世話は母親と養父だけでなく、エリクも任されることがあった。母親には食事と睡眠が必要であり、養父はお金を稼ぐ必要がある。育児に関することは近隣住民に教えを乞うて、手探りでやるしかなかった。


 ただ愛想よくしていても、他人は助けてくれない。だからほんの少しだけ相手の心に侵入して、良い印象を植え付ける。言葉だけでなく、時には物を贈るのも有効だ。町で生活する中で、人間関係は損得の上に成り立っているのだと知った。エリクと関わると良いことがある。そう思われると生きやすい。


 日々を忙殺されながらも弟の世話を続けられたのは、何も知らない弟がエリクに懐いてくれたからだ。成長するにつれエリクを兄と認識し、屈託のない笑顔を向けてくれる。弟だけがエリクを家族として見ていた。


 父親と一緒に暮らしていた頃のエリクも、きっとこんな顔で世界を見ていたのだろう。


 さらに月日が流れ、母親が妹を出産した時のことだ。仕事を終えた産婆がエリクを捕まえて言った。


「あんた、番を壊す星を持っているね」


 最初に思い浮かべたのは、父親に拒絶された瞬間だった。

 産婆はシワだらけの顔をしかめて続ける。


「いずれこの家を出ていかなきゃいけない。知恵を授けてあげるから、あたしのところへ通いな」


 産婆はエリクの返事を待たずに、帰っていった。


 番を壊すとは、どういうことだろうか。父親がエリクたちを追い出したのは、本物の番が見つかったからだ。両親は本物の番ではなかったのだから、エリクは壊していない。あれは早かれ遅かれ発覚しただろう。


 時間を見つけて産婆の家へ行くと、説明もなく小さなテーブルの前に座らされた。産婆は色とりどりの石を出して、エリクにいくつか選択させ、テーブルの上に落としていく。何度か同じことを繰り返し、産婆は薄青色の石をエリクの目の前に置いた。


「まず、あたしが言うことは絶対に守らなきゃいけないことじゃない。あんたがどう生きるのかは、あんたが決めることさ」


 薄青色の石に続いて、産婆は茶色や赤い石も等間隔に置いていく。


「あんたも分かっているはずだよ。自分があの家に歪みをもたらしていることぐらい」

「番を壊すって、どういうこと?」

「そのままの意味さ。番と相性が悪い。番そのものなのか、番との関係についてかは知らないよ。あんたの番かもしれないし、よその番かもしれない。とにかく番とは長く付き合うことができないのさ」


「どうして? 番の絆って永遠に続くんじゃないの?」

「そりゃ番を最高のものだと思いたい奴は、そう言うさ。あたしに言わせりゃ、番なんてものは本能に頭をやられた奴らだよ。番同士の子供は強いのが生まれやすいんだ。優秀な子供を残したい本能が、無意識で相手を選別しているのさ」


 明け透けに言った産婆は、紫色の石をエリクに押し付けた。


「覚えておきな。幸せってのは、番がいるかどうかじゃない。どんな環境に生まれようと、足掻いて探すものなんだ。でもあんたはまだ子供で、探し方を知らない。だから、あたしが道を照らしてやろう」

「どうして僕を助けてくれるの?」


 要求される対価が自分に払える額だと助かる。エリクには自由に使えるお金が少ない。仕留めた獲物や魔獣を売った金は、ほとんど家族の生活費に消えているのだ。


 産婆は、いらないよと答えた。


「あんたが番を壊す星なら、あたしは導く星を持っているのさ。あんたみたいな厄介な星を持った奴に、道を示さなきゃならん。さあ、話は終わりだ。時間は無駄にできないよ。まずは魔法について教えようかね」


 最初に言った通り、産婆は教育費を受け取ろうとしなかった。教えてもらえるのは魔法だけではない。文字や法律、国のことなど産婆が知っているのが不思議なことばかりだった。


 なぜ知識層に匹敵することを知っているのか、産婆は一切語ろうとしない。彼女もまた、エリクのようにどこかから流れてきたのだろう。そう思うことにした。彼女の背景を知らなくても、得られる知識に変化はない。


 何度か産婆のところに通って、自分にも魔法が使えることが分かった。言われた通りに内側の力を放出させると、目線の高さに氷の結晶が浮かぶ。その時の自分は、魔法の出現を喜べばいいのか、胸の内に渦巻く感情を口にすればいいのか分からなかった。


 幼少のころ、父親にねだって見せてもらった魔法に、あまりにも似ていたのだ。

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