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番の溺愛から逃げたい私と、番の偏愛から逃げたい君  作者: 佐倉 百


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私を否定しないで4

 陽が沈んだ頃になって、屋敷にベルトルドが帰ってきた。夕食のために食堂で待っていたウルリカは、入ってきたベルトルドの様子が気になった。朝の刺々しい雰囲気が消え、疲労を漂わせている。


 ――これは理由を聞くべきなの?


 余計なことを聞くなと言われないだろうか。ウルリカが迷っている間に、食堂にはもう一人入ってきた。


「あら兄様。帰っていたの? 相変わらず愛想のない顔ね」


 午前中に会った少女だ。実の兄に対して随分と辛辣なことを言う。


「意味もなく笑えと?」

「意味ならあるでしょう? ここに妹と番がいるのよ。どうして不機嫌な兄様の顔を見ながら食事をしなければいけないの?」


 ねえ、と少女はこちらに同意を求めてきた。


「言いたいことがあるなら、お前もはっきり言いなさいな。無愛想が服を着て歩いているような兄だけれど、話しかけただけでは怒らないわよ」


 ベルトルドに話しかけるのは勇気がいるが、今なら間に入ってくれそうな少女がいる。早めに慣れておくのがいいだろう。


「……あの。仕事が忙しいのでしょうか。かなり疲れていらっしゃるような……」


 こちらを向いたベルトルドの表情が、ほんのわずかに柔らかくなった気がした。


「ダンジョンで騒いでいた狩人たちを大人しくさせてきた。もうすぐ内部が変わるから興奮しているんだ」

「あぁ……」


 番のことで忘れていた。


 ダンジョン内部が変われば、狩り尽くされていた資源が復活する。その資源は最初に発見した者に所有権があった。早い者勝ちなのだ。高価な資源を求めて狩人たちが殺到するのは、容易に想像できた。


 未踏破のダンジョンでは狩人の約四割が死ぬと言われている。魔獣や罠よりも、狩人同士の争いで命を落とす者が多い。鉱石や薬草を採取しに来た狩人を襲うような、卑劣な行動をする狩人もいる。テーレのように管理されたダンジョンですら、犯罪行為が後を絶たないのだ。


 狩人を最も信用していないのは狩人、なんて言葉が当たり前のようにある。


 ――店は大丈夫かな。


 働いていた魔法薬店は大通りから少し離れたところにある。店に来る狩人は顔見知りばかりだが、新規の客が来ないとも限らない。繁盛期に調薬担当だったウルリカとキーリアの二人が店を辞めたのは、痛手だっただろう。従業員は他にもいるので店は続けられるが、新たに人を雇うまで休みがないかもしれない。


「何を考えている?」


 ベルトルドの静かな声で、ウルリカは考え事を中断した。

 じっとこちらを見つめているベルトルドの視線が怖い。心の奥底まで見透かしてきそうだ。


「町は混雑しているのだろうな、と……」

「狩人は増えたが、混乱はない。町で問題を起こした狩人は、許可証を取り上げて追放している。その話が広まったようだ」


 会話がひと段落ついたところで、料理が運ばれてきた。使用人たちは邪魔にならないよう、テーブルに皿を置くと静かに下がる。


 メインの料理は魚だった。テーレは内陸にある町のため、魚といえば湖にいる淡水魚を指す。たまに他の町から海の魚が入ってきたときは、日持ちするように身を開いて乾燥させたものばかりだった。


 ダンジョンにも食料になる魚系の魔獣はいるが、肉に比べると流通量は落ちる。狩人たちは売れる肉ばかり取ってくるためだ。魚はダンジョン内部で狩人たちが自身の食糧として消費してしまう。


 ――そういえばエリクが魚料理を作ってくれたことがあったっけ。


 きっかけは些細なことだった。あまり魚を食べたことがないと言ったウルリカに、エリクが料理を振る舞ってくれたのだ。


 下味をつけたダンジョン産の白身魚に、小麦粉を薄く塗してバターで焼く。エリクが焼いてくれた魚は皮目が香ばしく、身はふっくらと柔らかくて美味しかった。調理法が簡単だからこそ、料理の上手さがよく分かる。


 目の前にある魚料理も美味しい。だが何かが足りない。料理の腕だけでは埋められない差がある。誰が作ってくれたのか、誰と食べるのかという環境も味に影響していた。


「そういえば兄様。番に貴族の名前を覚えさせるなら、この国の歴史も教えてあげないと」

「知らなかったのか?」

「はい」


 ウルリカが素直に答えると、ベルトルドは驚いていた。


「兄様。私たちが勉強をしている間、平民は働いているのよ。知識に差があるのは当然だわ」

「だが、それで生活できるのか?」


 やはりベルトルドとウルリカの間には見えない壁がある。生まれ育った環境の違いは、知識だけでなく価値観にも差が出ていた。


「歴代の王や貴族の名前を覚えていても、テーレの町ではお金になりません。でも計算や薬草の知識があれば、調薬師として働けます。働く時間を削って歴史を覚えるのは、ダンジョンで魔獣を倒すために、機織りを学ぶぐらい的外れな行動なんです」

「……配慮が足りなかった。後で手頃な本を貸す」


 ベルトルドは素直に納得してくれた。


 ――意外と話が通じる人なのかも。


 言い方が冷たいだけだろうか。


 その後の会話は少女――イングリッドが話題を振って、ベルトルドかウルリカが答えることがほとんどだった。ベルトルドと二人だけで会話をするには、まだ時間がかかるだろう。お互いに何を言えばいいのか分からず手探りをしている気分だ。


 食事が終わると、イングリッドはウルリカたちへ冷ややかな視線を向けた。


「運命の番が対面しているというのに、色気がない話だったわ。番といっても最初から理解し合えるものではないのね。言葉を尽くさなければ、気持ちは伝わらないわよ」


 打ち解ける努力をしろという、彼女の言うことは一理ある。ウルリカは話しかけることを恐れていた。ベルトルドの近寄りがたい空気に気圧されてしまう。この環境を改善しなければと思うと同時に、なぜ一方的に生き方を強制されなければならないのかと、反抗心が捨てられない。


「まあ、私にはどうでもいいことだわ」


 イングリッドが食堂を出ていく。どうでもいいと言いながら、助言をしてくれる程度には気にかけてくれているようだ。歴史の質問に答えてくれたことといい、彼女のことは好ましく思っていた。


「書斎へ行くぞ」


 ウルリカの返事を待たずに、ベルトルドが歩いていく。急いで追いかけていった先には、両開きの扉があった。ちょうど中から出てきた使用人に、ベルトルドが話しかける。


「父上は?」

「今朝、予定通りに王都へ出立なさいました」


 ヘルニウス伯は留守にしているらしい。ダンジョンが変わる時期にテーレを離れるということは、ベルトルドに管理を任せる方針なのだろうか。


 書斎へ入ったベルトルドは、一冊の本を取って戻ってきた。無言で渡してくるので分かりにくいが、歴史の本を貸してくれるようだ。


「ありがとうございます」

「テーレはいま、狩人だらけだ。明日も屋敷の外へ出るな。使用人に言えば、それ以外の本も貸し出す。他に必要なものは?」

「いえ、特に……」


 彼は言い方が悪いだけで、ウルリカのことを気遣ってくれているのかもしれない。確証はないが、意見を聞いてくれる感じはする。


「あ……そういえば、婚約者がいらっしゃるそうですね」

「情報源はイングリッドか」


 ベルトルドの眉間に皺が寄る。


「……婚約を解消すれば満足か?」

「ち、違います。そうじゃなくて」

「不満があるから口にしたのだろう?」

「どうして言ってくれなかったのかと思って」

「教える必要がない」


 部外者は口を出すなということだろうか。確かに家の存続に関わることに、ウルリカの意思なんて関係ない。だが番という縁で出会った相手に歩み寄ろうとした気持ちを、真っ向から否定された気がした。


「……すいません。出過ぎたことを言いました。婚約の解消を願ってるわけじゃないんです」


 ウルリカは書斎から離れた。

 どう言えば自分の気持ちを伝えられるのか分からない。喋った分だけ距離が開いている。


 ――もっと言い方を工夫しないと。それとも貴族のことをよく知れば、あの人が考えていることが分かる?


 翌日からベルトルドと対話しようとしたウルリカだったが、彼はダンジョン管理のため、たびたび外出してしまう。予想通り、ヘルニウス伯は息子のベルトルドにテーレのダンジョン管理を譲渡しようとしているらしい。


 ベルトルドに会えるのは朝食か夕食のときぐらいだ。その短い機会で話しかけてみるものの、彼からの返答はいつもそっけないものだった。


 同じ言葉を使っているのに、ほんの少し解釈が違っているような違和感が拭えない。それが育ってきた背景の違いによるものなのか、性格によるものかすら掴めない。


 屋敷に閉じ込められてから一週間後の夜。イングリッドはおらず、二人だけで夕食を共にしていた。


「この前お借りした本をお返ししたいのですが、時間をいただけますか?」

「もう読んだのか?」

「はい」

「……そうか、時間はあるからな」


 ふと溢れたつぶやきは、ウルリカに聞かせるつもりではなかったのだろう。


 ――誰のせいで時間が余ってると思っているのよ。


 ベルトルドがウルリカを見つけなければ、今頃は魔法薬店で調薬の準備をしていたのだ。ウルリカが望んで引きこもっているわけではない。


「そろそろ家へ帰ってもよろしいですか? たまには掃除をしておかないと」

「そのことだが、家を引き払ったらどうだ。住む場所はいくらでもある。部屋の内装が気に入らなければ、商人を呼んで好きに変えろ」


 その言葉で、違和感の正体が分かった。


 ――この人は私のことを番という記号でしか見てないわ。


 ウルリカが好きなもの、大切にしているものについて、一度も聞かれたことがない。手元に置いていれば、それだけで満足なのだろう。だからウルリカがどう感じようと屋敷に閉じ込め、今まで築いてきた人間関係を断ち切っても平気なのだ。


 ベルトルドが任された仕事に忙殺されていることは察している。その合間を縫ってウルリカに時間を割いていることも。けれど、それだけだった。


 一緒にいるだけでは駄目なのだ。投げかけた言葉に返ってくるのは、冷たい一言だけ。これでは交流なんてできない。ウルリカだけの努力でどうにかなるなら、とっくに良い関係になっている。


「……あなたは簡単に手放せって言うけど、私には両親が遺してくれた家なのよ。どうしてあなたの都合で捨てなきゃいけないの!?」


 動揺したのか、ベルトルドがフォークを皿に落とした。


「私から仕事と恋人を奪っておいて、次は思い出も捨てさせるのね。あなたの番は中身が空っぽじゃないと務まらないなんて知らなかったわ」


 ウルリカは勢いよく立ち上がって食堂を出た。呑気に食事を続ける気にならない。嫌味を言うつもりなんてなかった。これ以上、ベルトルドの近くにいると何を言うのか自分でも予想できない。


 頭を冷やす時間が必要だ。部屋に戻ったウルリカは真っ先に寝室を目指した。途中で声をかけてきたアンには、務めて冷静に言う。


「いかがなさいましたか?」

「ごめんなさい。一人になりたいんです」


 寝室の扉に鍵をかけようとしたが、強い力で阻まれた。無理やり扉を開けたベルトルドが押し入ってくる。


「すまなかった」

「それは何に対しての謝罪?」

「君に配慮が足りなかった。君が持っているものは、君だけのものだ。勝手に手をつけることはしない」

「じゃあ家に帰ってもいい?」

「駄目だ。貴族の番は狙われやすい。君が俺の番だと知られているから」


「あなたのせいでしょ。大勢で私を探して、犯罪者みたいに連れ去ったじゃない。もっと穏便にしようって思わなかったの? そうすれば私があなたの番だって知られずに済んだわ」

「早く会いたかったんだ。番に会いたいと思って何が悪い? 君こそ何も感じないのか!?」


 ベルトルドに腕を掴まれて、引きずるようにベッドへ連行された。乱暴に押し倒されたウルリカは抵抗したが、両腕をしっかり押さえつけられている。


「番と離れる苦痛を一度も感じたことがないのか。湧き上がってくる衝動は? 毎日、感じている飢えすらないだと?」

「ないわよ。あなたからは恐怖しか感じない」

「嘘だ。なぜ分からない!?」

「分からないわよ! 誘拐犯のことなんて!」


 腕を掴む力が緩んだ。


「あなたは番を保護したつもりでしょうけど、いきなり武装した人たちがやってきて、ここへ連れてこられたわ。あの人たちが私をどんな目で見ていたのか分かる? あなたを薬で誘惑したって思われてたわよ。あなただってそうでしょ? 番が人族だと知って失望したじゃない」

「それは……」


「メイドが私を攻撃したのは、あなたの態度も原因だったわ。私と一言も話さずに帰ったでしょ。だから冷遇してもいいんだって思われたのよ」

「だが、君を攻撃したメイドは解雇した。他の使用人にも……」

「力で押さえつけただけよ。あなた自身は何も変わってない。番の体は欲しいけど、私とは会話したくないんでしょ。だからもう、こんな生活やめようよ。私とあなただけじゃない、あなたの婚約者にだって失礼だわ。誰も幸せにならない」


 ベルトルドが片手でウルリカの両手をまとめて頭の上で固定した。暴れてもびくともしない。

 馬乗りになったベルトルドは、痛みを我慢するような顔でウルリカの上着に手をかけた。

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― 新着の感想 ―
ど、どーなるんでしょう? 8の最後が、ここに合流、ですよね。 毎晩、続きを楽しみにしてます。 とても面白いお話ですね。 妹ちゃん、ツンデレで公平ないい子ですね。 伯爵やお兄さんはどんな人かな? 伯…
やっぱりモラハラDVクソ野郎だわー。 妹もそのあたり似てそうだけど番が絡んだら同じようになりそうだな。 兄貴の方は番がからまなければもう少しまともなんだろうか?
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