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番の溺愛から逃げたい私と、番の偏愛から逃げたい君  作者: 佐倉 百


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番ではない私たち

 約束をしている日は、いつも気持ちが浮ついてしまう。自分で思っている以上に「彼」と会うのが楽しみらしい。


 ウルリカは秤の片方に粉薬を乗せた。秤がゆっくり傾いて平行になったのを確認すると、こっそり壁にかかっている時計を盗み見る。もし店長に見つかったら、気が散っていると叱られてしまう。


 あと少しで勤務時時間が終わる。時計から素早く視線を外したウルリカは、薄紙を畳んで粉薬を包んだ。


 約束の日はどうも落ち着かない。時計を見ても時間の進みは変わらないと分かっているのに、作業が一段落つくと確認してしまう。ウルリカは気持ちを切り替えるために、目を閉じて深呼吸をした。


 残っている粉薬を全て計量し終えたころ、店先に出ていた店長がウルリカのところへ来た。


「今日はもうお客さんが来そうにないし、店じまいしましょうか。明日は定休日なんだから、いつまでも仕事したくないわ」

「やったぁ。道具、洗ってきますね」


 最初に反応したのはキーリアだった。彼女は羊獣人特有のふわふわとした白い髪に、丸まった角を持っている。穏やかな性格がそのまま現れたような顔だちで、店を訪れる客からの人気も高い。


「早く帰りたいからって、乱暴に扱わないでね」


 喜んでいるキーリアに釘を刺した店長は、ウルリカと同じ人族の女性だ。年齢は高齢の域に差し掛かっており、茶色い髪を一つに結んでいる。仕事には厳しいが、性格が悪いところはない。必要以上に私生活へ言及してこないところは、ウルリカにとって付き合いやすかった。


 店長は作業台に近づくと、ウルリカの手元をのぞいた。


「頼んでいた調薬は終わった?」

「はい。あとは包むだけです」

「それが終わったら、あなたも帰っていいわよ。お疲れ様」


 店長はそう言って、店舗のほうへ戻っていった。今日の売り上げを集計するのだろう。店の鍵は店長が管理をしているので、帰る前に声をかければ問題ない。


 大切な薬をこぼさないよう丁寧に包み終え、ウルリカは薬を鍵付きの棚へ入れた。片付けを終えたキーリアが、頃合いを見計らってウルリカに話しかけてくる。


「ウルリカ。今日ヒマ? 新しくできたお店に行こうよ。ブラックベリーのタルトが美味しいんだって」

「今日は先約があるの。ごめんね」

「そっか。じゃあまた今度ね」


 キーリアはあっさりと引き下がってくれた。しつこく誘ったり、断られて不機嫌にならないところも、彼女が好かれている理由だ。


 帰り支度を終えて店長に声をかけると、店長は帳簿から顔を上げた。


「気をつけて帰りなさい。狩人たちが浮かれているわ。十五年ぶりに大規模な更新が来るんですって」


 ウルリカが住んでいるのは、ダンジョンを攻略する狩人のために作られた町、テーレだ。狩人はダンジョンに潜って、様々な魔獣の素材や鉱石などを持ち帰ってくる。町は狩人からダンジョン産の品々を買い取り、食事や宿を提供してきた。


 ダンジョンは世界各地にあり、一定の周期で内部の構造が変わる。変更直後のダンジョンでは希少な鉱石や薬草の宝庫と言われており、一番乗りを目指す狩人たちで町がごった返すのは珍しくない。人が増えるほど小競り合いが発生する確率も上がるので、町の住民は巻き込まれないように大人しくしていた。


「分かりました。夜は外へ出ない方が良さそうですね」


 店の外へ出たウルリカは、店長が忠告してくれたことを無駄にしないよう道の端を歩いた。


 町全体がざわめいている。一攫千金の噂を聞いて、よその町から狩人が集まってきているようだ。もう数日すれば、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているだろう。


 活気と言えば聞こえはいいが、喧嘩っ早く武器を持った狩人の集団は、ウルリカのような一般人には脅威でしかない。


 待ち合わせ場所の広場に着いたとき、大きな武器を背負った集団が近くを通った。狼か犬の獣人達だろう。髪と同じ色の尖った耳と太い尻尾が目立つ。


 ウルリカは広場の隅で獣人から目線を外し、見つかりませんようにと祈った。周囲を威圧するように歩いている者が、紳士的な態度で話しかけてくるとは思えない。現に広場の一部では、狩人同士でちょっとしたケンカが始まりそうになっていた。


「ウルリカ」


 人混みの間を縫うようにして、銀狐の獣人が駆けてきた。彼を見つけたウルリカは、安心のため息をつく。


 銀色の髪と大きな耳は遠くにいても目立つ。彼も腰の両側に片刃の剣を下げていたが、先ほどすれ違った狩人集団のような威圧感はない。綺麗な顔立ちと優しい表情のおかげか、警戒心を抱く人は少ないだろう。


「エリク」

「遅くなってごめんね」

「大丈夫。さっき来たばかりだから」

「巻き込まれる前に行こう」

「うん」


 ウルリカはエリクと手を繋いで広場を離れた。

 エリクが見つけた店で夕食をとり、ウルリカの家で一緒に過ごす。それが今日の約束だった。


 二人で会う日は、いつもウルリカの休日の前だ。狩人のエリクは休みが不定期だから、月に一度か二度しか会えない。だがエリクと会う約束があるだけで、生活が満たされていると感じる。家と職場の魔法薬店を往復するだけのウルリカにとって、大きな変化だ。


 エリクが案内してくれた店は、大通りから少し外れたところにあった。店内はテーブル同士が離れているので、落ち着いて会話ができそうだ。


 客の中には数人の狩人がいたが、みな静かに食事を楽しんでいる。


 ――狩人で一纏めにしたら失礼だけど……あんな人達ばかりだったらいいのに。


 一部の乱暴者が目立っているだけで、一般人との揉め事を好まない狩人もいる。悪質と判断されたら、町から追放されて仕事ができなくなるからだ。


「ダンジョンが更新されたら、エリクも奥へ行くの?」


 料理を待つ間、ずっと知りたかったことを尋ねた。エリクはすぐに首を横に振る。


「行かないよ。僕は攻略よりもダンジョン産のものを売る方が合ってるからね」

「でも誰かに誘われたら?」

「相手次第かな。信用できない人とダンジョンに潜るのは自殺行為だよ」


 エリクは本当に怖いのは魔獣よりも人間だと言った。


「ダンジョンでは、お金や装備目的の強盗が出るんだ。目撃者さえいなければ、魔獣に殺されたことにできるからね。だから一緒に組む相手は慎重に選ばないと」


 最深部を目指すようなパーティは、すでに信頼関係が出来上がっている。そこに誘われることは滅多にない。もし声をかけられたとしても、一人で全員を相手にする技量がなければ、誘いに乗ってはいけないそうだ。


「なんだか町の生活よりも気が抜けないのね」

「そうだね。でもダンジョンの恩恵は大きいから、挑戦する人が絶えないんだろうね」


 それ以降は仕事に関する話は出なかった。


 食事を終えて店を出ると、とっくに日が落ちて暗くなっていた。一人なら怯えながら歩く帰り道でも、エリクがいるなら安心だ。


「エリクがいて良かったわ」

「急にどうしたの」

「だって夜道に怪しい人がいても、見つかる前に回り道しようって言ってくれるでしょ?」


 人族のウルリカよりも、狐族のエリクの方が物音に気が付きやすい。さらに狩人という職業柄、人の気配にも敏感だ。彼と一緒にいれば大抵の危険から回避できるだろう。


「せっかくの休みを邪魔されたくないからね」


 ウルリカが住んでいるアパートに到着した。共同の出入り口から階段を上がり、三階にある部屋を目指す。二人とも黙ってしまったので、木の階段が軋む音しかしない。


 玄関の鍵を開ける最中、エリクはウルリカの髪を軽く引っ張った。指先に髪を巻きつけて遊んで、口付けてくる。早く開けてと言う代わりに、いたずらを仕掛けてくるのは、いつものことだ。


 家の中へ入ってすぐに、エリクが玄関の鍵を閉めた。そのまま肩を抱かれたウルリカは、期待で胸が高鳴る。


「ウルリカ」


 暗い部屋の中で唇が重なって、ウルリカは目を閉じた。週末の休みのうち、やはりエリクと会える日は特別だ。

 手探りでオイルランプに火をつけると、柔らかい色の光が室内に広がった。


「ねえ。喉乾いてない?」


 ウルリカは換気のために少しだけ窓を開けた。遠くから狩人たちの喧騒が聞こえてくる。


「キッチンに果実酒があるの。二人で飲まない?」

「いいね。持ってくるよ」


 キッチンへ消えたエリクは、すぐにグラスと果実酒が入った瓶を見つけて戻ってきた。彼はこの家に何度も来ているから、どこに何があるのか熟知している。


 赤紫色の果実酒を二人で飲んでいると、特別な休日が始まる実感が出てきた。大抵の場合、外出せずウルリカの家で引きこもっているだけだが、誰にも邪魔されず二人きりになれるのは嫌いではない。


 予定をしっかり立てない緩さが心地よい。正確さを求められる調剤を仕事にしている反動だろう。


「明日はどうする?」


 キーリアが言っていた店へ行ってみるのもいいかもしれない。ウルリカが提案する前に、エリクが答えた。


「明日は昼から外せない用事ができたんだ。ごめんね」

「仕事?」

「うん。僕から情報を買いたいんだって。断ると厄介なんだ」


 エリクは狩人の傍ら、情報屋として活動していた。誰とでも親しくなれて、顔が広い彼らしい仕事だ。


「そう。じゃあ今日は早めに休む?」

「いや、夜更かしする。久しぶりにウルリカと会ったのに、寝るだけで終わるなんて耐えられない」


 エリクはウルリカの肩に頭を預けて、わざとらしく甘えてくる。


 ――これはこれで嫌いじゃないのよね。


 一緒にいると飽きない。今だけの関係なのが惜しかった。本気で好きになったら後悔すると理解しているのに、ウルリカの心はエリクしか受け入れたくないと言っている。


 エリクが自分に興味を持っていると知った時は嬉しかった。客としてエリクが魔法薬店に来た時は、美形の獣人が来たとしか思っていなかった。ウルリカが恋愛対象になるなんて考えたこともない。そんなものは恵まれた容姿の獣人に与えられた特権だ。


 だからエリクが来店するたびに仲良くなり、最初の食事に誘われた時は、一晩の遊び相手が欲しいのかと聞いた。たまには毛色が違う子と付き合いたくなったのかもしれない。女性には困らない外見をしているのだから、わざわざウルリカを選ぶ理由といえば、それしか考えられなかった。


 最終的には、一晩の遊び目的ではないと必死で説得してきたエリクに、ウルリカが折れる形で付き合いが始まった。今では体目的ではなく、ウルリカという一人の人間を好きになってくれたのだと分かっている。だからこそ、二人の未来について考えてしまう。


 ウルリカはエリクの耳を裏から撫でた。ぴくりと大きく動いて、ウルリカの頬をかする。耳の根元に近いところを軽く押さえて揉んでやると、エリクは気持ちよさそうに目を閉じた。


 ――いつかエリクも番を見つけたら、そっちへ行くんだろうな。


 人族は番を見つける力が弱いが、獣人は番に強く惹かれる。しかも番と出会うのは至上の幸福と捉えるところがあった。今は恋人として付き合っていても、番が現れた途端に見向きもしなくなるかもしれない。


 ――番だったら良かったのに。


 エリクの番ではないことは、付き合う前から知っている。ある日突然、番として覚醒するような奇跡はない。この先もウルリカがエリクの番になれないことは確定していた。

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