第24話:ファンレター【2月16日】
― 春夏冬SIDE(3人称)―
春夏冬は、雪の上に静かに倒れた美桜の姿に、一瞬言葉を失った。あの完璧な偶像が、まるで張り子の人形のように崩れ落ちている。
真帆が先に美桜に駆け寄り、その身体を抱き上げる。
「冷たい……!春秋冬さん、早く、早く温めないと!」
美桜の唇は青紫に変色し、顔は白いというより、まるで生気が抜けたような蒼白だった。
真帆の悲鳴のような声で、春夏冬は現実に戻された。彼女はすぐに美桜の身体を抱え上げ、アルファードの後部座席に運び込む。美桜の身体は、セーター越しでもわかるほど氷のように冷たかった。
「病院はだめ。騒ぎになる」春夏冬は咄嗟に判断した。このままでは、美桜の無断脱走の事実が世間に知られ、全てが終わる。
「真帆さん、私のマンションへ行きます!」
三軒茶屋にある春夏冬のマンションに美桜を運び込み、真帆と二人で看病にあたった。濡れたセーターを脱がせ、美桜の身体を温かい布団に包む。真帆は美桜の背中を、春夏冬は両手足を擦り続けた。電気毛布のスイッチを入れるが、なかなか美桜の体温は上がらない。
「美桜ちゃんは、親友であり、妹のような大切な存在を亡くしたばかりなんです。極度のショックを受けていて、自分を責めているんです……」
真帆は美桜の事情を全ては話せないながらも、春夏冬に協力を求めた。春夏冬は、美桜がおかしくなった理由を悟り。今はただ看病に徹した。
日付を過ぎたころ、美桜の唇の青みが消えると。ようやく頬に朱がさしはじめた。
春夏冬と真帆は顔を見合わせ、安堵の息をついた。まだ安心はできないが、救急車を呼ぶようなことにはならなそうだ。
「美桜は今後どうなりますか…」真帆は美桜の頬に手を当てながら問う。
須藤には美桜の発見と、状態は既に報告しているが、今日のロケを行える状態ではないだろう。今日どころか真帆から聞かされた話を考えると、明日以降すら危ぶまれる。
「…大丈夫、美桜さんは絶対に私が守って見せる。」美桜の顔を見ながら強く自分を奮い立たせる。
こんなことで潰させない。
「私の夢を背負った美桜さんを、絶対にここで失うわけにはいきません。」
***
翌日の午前中、美桜の容体が安定したことを確認すると、春夏冬は別室で須藤チーフからの電話を受けた。
「どうなっているんだ、春夏冬!美桜は一体どうしている。」
「となりで寝ています。意識はまだ戻っていません」
「今日のロケはストップだな。昨日抜け出したことは俺の方でスタッフに突然の体調不良という事で説明はしているが、今日のロケがストップになると問題が大きくなるぞ。スポンサーへの説明も必要になる」
「申し訳ありません、チーフ。美桜さんは私の監督不行き届きで、一時的に精神的な限界を超えてしまいました。しかし――」春夏冬は、喉の奥から絞り出すように続けた。
「美桜さんの才能は、この数日間の損失を凌駕する価値があります。このチャンスを美桜さんから奪わないでください。美桜さんは必ず復帰します。もし、ドラマが失敗に終わるようなことがあれば……私が責任をとります。」
「お前が辞職した程度ではどうにもならんぞ、例えおれのクビを添えても変わらん」
「私のクビに加え、私の資産の全てを使ってでも、責任を償います!私の口座には特許のライセンス料が入っています。たぶんスポンサー企業を買収できる程度の額ならあります!」
電話の向こうの須藤チーフは絶句した。春夏冬の常軌を逸した決意と、底知れない財力、そしてマネージャーとしての狂気的なまでのプロ意識の前に、彼は沈黙するしかなかった。
「…部下だけに責任とらせられるか、そんな上司に俺はなれん。俺もクビをくくる。美桜に魅せられているのはお前だけじゃないからな。一緒に謝るぞ。」
「はい」
春夏冬はすぐに各関係者へ、「私の責任」として謝罪の電話を入れ続けた。
「私の夢を叶えてくれるのは美桜さんしかいない。山中湖ロケの撮影許可ミスのときには、美桜さんに助けられたんだ。今度は私が絶対に救って見せる!」
疲労と、自分の人生全てを賭けた緊張で、彼女の身体は冷え切っていた。しかし、美桜の未来を守るという使命感が、彼女を動かし続けた。
***
午後の半ば、美桜は静かに目を覚ました。
春夏冬は、すぐに美桜に近づき、無事を確認する。
「美桜さん調子はどう?」
― 美桜SIDE(1人称)―
俺は、朦朧とした頭で、視線を移動する。
知らない部屋、俺を覗き込む春夏冬さん。真帆もいる、感覚が薄いが俺の手を握ってくれているようだ…
「美桜ちゃん」
春夏冬さんが俺を見ている。真帆もそうだ。あれ、二人とも泣いてるのか?
どうした。なんで泣いている?泣かしたのは誰だ…?
…
少し経つと思考が戻って来た。
(ああ、そうか。俺は…)
なんだ、俺が泣かしたのか……謝らなきゃ…
「美桜さん」
「美桜ちゃんそのまま、そのままでいて」
俺はベッドから起きようとしたが、起きれなかった。
身体に力が入らない。関節や手足の指先や膝がジンジンと痺れているし。頭痛もひどい…
「…」謝ろうとしたが、うまく声も出せない…
くそ、涙だけが出てくる。
春夏冬さんが、優しく俺の頭を撫でてくれる…
「美桜さん。何も気にせず、今日はゆっくり休んでください」
「ご…ごめん…なさ…ぃ」
それだけ言うのが精一杯だった。
「いいんです、美桜さん。あなたは私の夢です。私があなたを最高の場所に連れて行くと決めたんです」春夏冬の瞳は赤いが、決意に満ちていた。
春夏冬さんは、そう言うと自分のことを話してくれた。自身がアイドルになりたかったこと、俺が春夏冬さんの夢になったという事を…
その話が終わると、春夏冬さんは会社に出かけていった。
「美桜ちゃん。春夏冬さんね」
視線を真帆に向ける。
「会社の人と電話していたのを聞いたんだけど、美桜ちゃんを擁護してくれてたよ。『私のクビに加え、私の資産の全てを使ってでも、責任を償います!』とまで言ってた」
(春夏冬さん…)
「相手の人も、『…部下だけに責任とらせられるか、そんな上司に俺はなれん。俺もクビをくくる。美桜に魅せられているのはお前だけじゃないからな。一緒に謝るぞ。』って」
(須藤さん…)
「あと、美桜ちゃん。私から美桜ちゃんを奪わないで…”美桜”ちゃんがいなくなって…私だって悲しいんだよ。美桜ちゃんが何人も居るようになって、皆大事な美桜ちゃんだったけど…もう、美桜ちゃんは、ここにいる美桜ちゃんしかいないんだよ…」
(真帆…)
ああ、そうだった…な。
「ごめん…ごめん…ごめん」
真帆は何も言わず微笑んだ。そして立ち上がると、部屋の隅にある紙袋を持ってきた。
「これ、春夏冬さんが。ファンレターだって、美桜ちゃんへの」
真帆が読み上げてくれるファンレターには、
「美桜のおかげで病気に打ち勝てた」
「あなたの笑顔が生きる希望」といった、人々の切実な言葉が並んでいた。
美桜という偶像が、どれほど多くの人々の「希望」になっているかを痛感する。
「美桜ちゃん。みんな、美桜ちゃんに元気をもらってるんだよ」
「あ…」
束の中から一枚の手紙を取り上げると。真帆は言葉を詰まらせ、読み上げるのをとめた。
真帆が俺に見えるようにして差し出す。
見覚えのある優しい字で書かれた一枚の封筒。
差出人は…寿 美桜。
それは、”美桜”の意識が消える前に送られた、”美桜”からの俺へのファンレターだった。
真帆が封を開ける。そこには、力強く、そして穏やかな文字で綴られていた。
『美桜。
あなたは、私が歩めたかもしれない可能性の全て。
私はもう美桜の隣にはいられないけど、私の夢を、私の可能性を、私に見せてほしい。
美桜が輝くと私も一緒に輝けます。美桜への声援は、私への声援。
辛いこともあると思うけど、美桜が演じ続けてくれている限り、いつまでも一緒に歩んでいけます。
もう一度言います、私の可能性を見せて下さい。
だいすきです。
寿 美桜』
俺は、真帆から手紙を受け取ると強く胸に抱きしめ、嗚咽する。守るべき存在からの最後の「使命」。それは、悲しみではなく、前を向くための光だった。
「わかったよ、美桜。俺が、美桜になる」
美桜の瞳に、「美桜」の夢と、その責任、そして春夏冬や真帆の献身を背負う、プロとしての強い決意が宿った。




