第21話:抱負と補習【1月1日〜3日】
【1月1日・元旦】
深夜4時。
年越しのオンエアを終えた俺は、急いで吉祥寺に向かっている。
真帆と、初日の出を見る約束のためだ。
大晦日は都内の電車がほぼ終夜運転なので移動には困らない。
普段の通勤電車に比べれば空いているが。座席は埋まり、立っている人もまばらにいる。大晦日独特の浮ついた雰囲気があり。車内は静かではなく、酒の匂いや、年越しイベントの高揚感を引きずる若者たちの笑い声が響いていた。
俺は車内の隅で目立たぬように佇む。格好がTV出演の豪華な衣装を着の身着のままに、地味なコートを着てマフラーと帽子で顔を隠してる。なんとも不審者だ。
目的の駅に着く。いつもの知っている街の風景とはやや違う、こんな時間に、普通の家族が行き交う姿は珍しい。
「美桜ちゃん、あけましておめでとう!」
真帆が、モコモコのダウンジャケット姿で、転ばないか心配な風情で駆け寄ってきた。
「おめでとー。でも、よく私って解ったね」
自分の姿を眺めて真帆に問う。
「『わからいでか』」と”美桜”、真帆が胸を張る。
(んーいつかギャフンといわせてやろう)
この格好では悪目立ちするので、先ずはカラオケ店に向かう。
最近のカラオケ店は防犯のためボックス内にもカメラを設置する店が多い。
「じゃーん。ポップアップ着替えテント~」
真帆が、輪っかにカーテンのついた簡易更衣室テントを取り出す。
「ありがとうー」
真帆には私服一式用意してもらった。
結構な荷物になっているので、真帆には申し訳ない。えっちらおっちらやって来たことだろう。
「好きなもの頼んでいいよ」
まだまだ、日の出まで時間があるので、一休みすることにする。外は寒いしね。
俺は手早く着替えると、サングラスだけは着けてラフな格好をする。
飲み物が届いて乾杯。
「お疲れさまー。今年もよろしくね。……昴としても、美桜としても」
『お疲れさまー。今年もよろしく。』
「こちらこそ、今年もよろしくねー」
真帆が数曲、俺は真帆に入れられた例のCMソングを歌った。あれ…カバー曲なんだよね…
午前6時に、井の頭公園へ向かう。
太陽が池と木の間から上るスポットで陣取ることにした。
まあ、東京の初日の出スポットとは違うので、人はまばらだがそこそこ賑わう感じだ。
武蔵野三大湧水池の1つ、井の頭池、大晦日まで働いたあとに、九十九里とか、富士山とかいける訳でもないので十分だ。
吉祥寺は、音楽・芸能の神様、七福神の一つ弁財天をお祀りしている。ちなみに吉祥寺という寺はない。
また、幸福・美・富の神さまである吉祥天(功徳天)とも関係がない。
弁財天は、七福神の紅一点と言われているが、古くは弁財天ではなく吉祥天だったという話も…
吉祥天の夫である毘沙門天に恋をしてしまった弁財天が、七福神から追いだしてしまったとかなんとか。
弁財天は嫉妬深い神様で、カップルでお参りに行くと良くないらしい。
弁財天はサラスヴァティ、吉祥天はラクシュミー、ヒンドゥー教の女神様なのだから仲良くしてほしいものだ。
とか蘊蓄を真帆に言ってみる。
私たちは仲良くしようねって言われた。勿論だ。
空が少しずつ明るくなる。
俺は、真帆の横顔を見る。
その瞳の奥に、“美桜”がいた。
俺は年末進行が終わっても大晦日まで仕事は埋まっていた。
クリスマスイヴは、同じ事務所の先輩のコンサートステージで繋ぎで歌ったり、バラエティ番組に出たりと忙しかった。
やっと年を越した気持ちになれた気がする。
今年はどんな年になるか、皆と変わらず過ごせるそんな日が続けば良いなと思った。
足は井の頭弁財天 大盛寺へ向かう、芸能の神様だから俺に丁度いいからね。
「そういえば、イヴの日すまなかった。傍にいてやれなくて」
『私が、判断したことだから、昴は気にしちゃだめ』
「だって、真帆も危なかったんだろ?」
「うん、まあ、でも私の不注意だし」
『私もヒヤヒヤしたけど、真帆はツヴァイ-昴-に抱っこされたのが嬉しかったみたい』
「ううう」
『何より、皆、生きて今日を迎えてる。それが全て。それが代えがたい幸せだよ』
「そうだね」
「うんうん」
「そう言えば、ツヴァイ-昴-の話って何だったんだ?」
「うん。……整理がつくまで待ってほしいって」
「そっか。……まあ、キープだよね」
『それ、私が言ったやつ』
「…」
『昴も、時が来たらツヴァイ-昴-に向かいあってあげて。真帆を待たせるのはイクナイ』
「ああ…そうだね…でも俺たちの苦労を知らない分、すこし虐めてやりたいよな」
三人で笑う。
【1月2日・社内会議室】
「新年あけましておめでとうございます!」
今日は、会社で新年会だ、といっても、他の社員やタレントは通常5日が新年会だ。
須藤さんを筆頭とする、美桜JCS(統合参謀本部)は明後日4日から活動が開始され、新年会どころではなくなるとの事で、須藤さん個人主催の美桜JCSのみ、内輪の新年会を今日行う事になった。
休ませろよと言いたいところだが、折角みんなも時間を作って労ってくれるのだ、戦友は大事にしないといけない。
会議室では皆もう揃っており、俺が最後だった、大物だな俺。
春夏冬さんは、着物姿だった。
似合いすぎてて、ちょっと笑った。
西田は野戦服だった。コメントは控えようというか…無視した。
「美桜さん、今年の抱負は?」
「……“美桜”として、もっと輝くことです」
「いいね。じゃあ、輝いてもらおう」
春夏冬さんから聞かれた抱負に答えると。
須藤さんが話を引き取り言った。
「美桜の新曲が出来たぞ」
(おお)
「そして――ドラマ出演が決まった」
「え、ドラマ?」
「はい。春からの連ドラです。主演ではありませんが、重要な役です」
「……俺、演技できるかな」
「できます。美桜さんですから」
「そうだ俺のレッスンを忘れたか」とへべれけな演技トレーナーの工藤さん。
いつから飲んでるんだろうこの人…
「新曲は初めての美桜の持ち歌だからね、皆気合入ってるからね」とボイストレーナーの如月さん。
「今年は、今まで以上に忙しいですよ」
と春夏冬さんは、そう言って笑った。
俺は、嬉しい気持ちとげんなりする気持ちを合わせ持ったが。少しだけ胸が踊った。
【1月3日・学校】
「お前さ、俺の正月奪うなよな」
と巌先生が、呆れたように言った。
「追試と補習って言われたんで…」
「まあ、やってもらわん訳にはいかないからな…」
「はい…申し訳ありません、頑張ります」
「俺な」
「はい」
「クリスマスイヴに子供が生まれたんだよ」
「ほんとうですか、おめでとうございます。」
「ほんとうは今頃、俺の実家に嫁さんと一緒に子供見せに行くはずだったんだ…」
「はい…」
「でも、今日寿の追試と補習だろ」
「は…い」
「嫁さんだけ行っちゃったんだ」
(悪いとは思うけど…しらんがな)
教室には、俺と巌先生だけ。
重い空気が流れていた。
追試を受ける、俺は落ち着いていた。
なんせ期末テストまでは記憶にあるから…スラスラと俺は解いていく。
「寿…最近、ちょっと変わったな」
「そうですか?」
「顔つきが、子供って感じじゃなくなった。……女優って感じだ」
俺は、少しだけ笑った。
美桜をずっと演じている、それはまさに女優だ。
それが、きっと顔に出てるんだろう。
***
【帰り道】
校門を出ると、真帆が待っていた。
「お疲れさま、美桜ちゃん」
『お疲れさま』
「補習って、意外と楽しいかも」
『巌先生、優しいもんね』
「そう…だね」
二人で歩く。
雪が、少しだけ舞っていた。
「ねえ、美桜ちゃん」
「ん?」
「今年は、楽しくなるといいね」
「……うん。楽しくなるよ。きっと」
“美桜”が、微笑んだ気がした。
それは、俺の中の“美桜”か。
真帆の中の“美桜”か。
『昴…』
「どうした」
『ううん、なんでもない…呼んだだけ…』
「そっか」
俺の正月休みはこうして終わった。休んだ気がしないのは気のせいではないだろう。
だが、皆して年を越し、今日を迎えた。これからも今日と同じ明日を迎えられれば俺は幸せだと思った。




