八十五話 心優しいヒト
「我は近距離なら《魔眼拳》が使える。防御も任せろ!」
カイザーは黒くゆらゆらと輝く魔眼に両手を添える。すると黒い輝きが両手に移る。
マナのグローブのような印象だ。
「クハハ。また会ったなヒーロー……!」
伊欲は光葵を見据える。
そして、矢じりに大きな赤い魔石の付いた弓を引き絞っている。
とてつもない威力が出るのが直感で分かる……。
「クッ……。俺が何とかする! 《合成魔法》《氷魔法×闇魔法――氷黒壁》! 《闇魔法――闇霧》!」
光葵はそれらの魔法を防御幕として展開する。
再び、敵の一斉攻撃《刻印雷火》、《強化水龍》、《魔石弓射――赤》が襲い掛かる。
轟音が響き、氷黒壁は崩壊し、闇霧も散ってしまう……。
カイザーは魔眼拳を使い、貫いてきた刻印雷火を何とか相殺する。
まずい……。このままでは耐えきれない。どうすれば……!
「手は緩めんぞ……! 《合成魔法》《刻印魔法×結界魔法――爆撃結界》……!」
至王から炎の刻印の付いた手のひらサイズの結界が四つ投げられる。
光葵は即座にプロテクトを張るも爆撃で破壊される。
「ここまでよ……。《付与魔法×水魔法――強化水龍弾》……」
側面方向より、清宮が創り出した水龍の口から凄まじい水の砲弾が撃ち込まれる。
「あばよ……ヒーロー。《魔石弓射――黄》」
伊欲の矢は放物線を描き、巨大な雷の魔石が光葵達の頭上から着弾する。更に、ほぼ同時に至王の刻印雷火の輝きも見える……。
次の瞬間、最も避けたかった未来が目に映る……。
ルナ姉が分身と共に敵の一斉攻撃を全て引き受けている姿だ……。
もうとっくに動かなくなったであろう身体は損傷し、心臓付近にも穴が開いている。
ルナ姉は一切迷わずに人を助けられる人。それが光葵達との〝人間的な差〟だった……。
「ルナ姉!」
光葵達は叫びながら駆け寄る。
防御として周囲に高速で《氷黒壁》を創出する。
「うふふ……身体が勝手に動いちゃった……。時間もないわ。言葉にしないでも……私の気持ち分かるわよね……?」
ルナ姉の口からは血が流れ続け、今にも消えてしまいそうな声だ……。
「ル、ルナ姉……。俺が回復魔法で……」
光葵が抱き上げる手を伝い、消えゆくルナ姉の存在を感じる……。
カイザーは涙を流し叫んでいる……。
「私はもう…………。ポニテのあなた……勝手に乱入して……頼むのもごめんね……。この子達……お願い……」
最期にいつもの穏やかな笑顔を作り、その瞳の輝きは失われていった……。
「う、嘘だろ……。ルナ姉……こんな……こんなお別れなんて……」
光葵は涙が溢れて止まらなくなる。
光葵はこの瞬間、憎悪の激情に飲み込まれそうになる……。
しかし、パラパラと灰のようになっていくルナ姉の穏やかな顔を見て心を改める。
――俺達三人は必ず生きて帰る――。
「……カイザー、ポニテのお姉さん……。ここから離脱する。カイザー、俺とお前の超高出力の複合魔法で敵にダメージを入れて、追撃を完全に潰す……」
光葵は涙を流しつつも声を絞り出す。
「……くっ。分かった」
カイザーも涙を流しながら拳を握る。拳からは血が滴り落ちている。
次の瞬間、氷黒壁が破壊される。
「俺に温井を殺されたうえで逃げるのか? 腰抜け共!」
至王が挑発的に声を張り上げる。
「黙れ……! カイザーいくぞ! 《複合魔法》《魔眼散弾×灰燼の浸食――散ずる灰燼の厄災》……!」
灰燼の浸食を放った後、魔眼散弾で周囲に撃ち込み、廃墟諸共に焼き尽くす。
強力な弾幕攻撃に敵は防戦一方となっている。その間に《風魔法》で速力を上げ三人は逃走した。
逃げている途中も涙が止まらず、光葵達は無言でアジトに向かった――。
――ルナ姉……。いつも笑顔で俺達を励ましてくれていた……。あんな死に方をしないといけないような人じゃない……。おおらかに俺達を見守ってくれていた優しい人だ。なんでだ……。なんで……。俺は守りたい人を守れない……。俺は……僕は……。ごめんな、ごめんなさいルナ姉――。




